万葉集で詠われたコケ
コケを表す字には「木毛→蘿or薜→苔」があります。奈良時代末期に成立したとみられる日本最古の和歌集『万葉集』にも、苔の登場するものがいくつかあります。以下に上げた十首のうち、コケに「蘿」を当てたものが八首、「薜」「苔」が各一首ずつ見られます。この時代にはコケといえば「蘿」と表記するのがふつうだったのでしょう。それはともかく、いにしえびとがどのようにコケを詠ったか、この機会にぜひ鑑賞してみましょう。
妹之名者千代尒将流姫嶋之子松之末尒蘿生萬代尒
妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに蘿生すまでに
(いもがなは ちよにながれむ ひめしまの こまつがうれに こけむすまでに)
→その乙女の名は長きに渡り伝えられるだろう、この姫島の小松の枝先が苔むすまで
巻2-228 河辺宮人(かはべのみやひと)
何時間毛神左備祁留鹿香山之鉾榲之本尒薜生左右二
いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に薜生すまでに
(いつのまも かむさびけるか かぐやまの ほこすぎがもとに こけむすまでに)
→いつのまにか神々しくなった、香具山に鉾を立てるように聳える杉の根元が苔むすあいだに
巻3-259 鴨足人(かものたりひと)

奥山之磐尒蘿生恐毛問賜鴨念不堪国
奥山の岩に蘿生し恐くも問ひたまふかも思ひあへなくに
(おくやまの いはに こけむし かしこくも とひたまふかも おもひあへなくに)
→奥山の岩が苔むすように畏れ多いお尋ねではあるものの、何も思いつきはしない
巻6-962 葛井広成(ふぢゐのひろなり)
三芳野之青根我峯之蘿席誰将織経緯無二
み吉野の青根が岳の蘿席誰れか織りけむ経緯なしに
(みよしのの あをねがみねの こけむしろ たれかおりけむ たてぬきなしに)
→み吉野の青根の山の苔のむしろは誰が織ったのか、経(たて)糸も緯(よこ)糸もないのに
巻7-1120 作者未詳

安太部去小為手乃山之真木葉毛久不見者蘿生尒家里
安太へ行く小為手の山の真木の葉も久しく見ねば蘿生しにけり
(あだへいく をすてのやまの まきのはも ひさしくみねば こけむしにけり)
→安太へ向かう小為手山の真木(槙)の葉が、久しく見ぬうち苔むしていた
巻7-1214 作者未詳
奥山之於石蘿生恐常思情乎何如裳勢武
奥山の岩に蘿生し恐けど思ふ心をいかにかもせむ
(おくやまの いわにこけむし かしこけど おもうこころを いかにかもせむ)
→奥山の岩に生えている苔は貴いけれど、慕い思う気持ちはどうにもならない
巻7-1334 作者未詳

敷細布枕人事問哉其枕苔生負為
敷栲の枕は人に言問へやその枕には苔生しにたり
(しきたへの まくらはひとに こととへや そのまくらには こけむしにたり)
→敷栲(寝床に敷く布)の枕は人に言問いなどするだろうか、苔むしているというのに
巻11-2516 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)
結紐解日遠敷細吾木枕蘿生来
結ひし紐解かむ日遠み敷栲の吾が木枕は蘿生しにけり
(ゆひしひも とかむ ひとほみ しきたへの わが こまくらは こけむしにけり)
→結んでくれた紐を解く日が遠いので、敷栲の私の木枕は苔むしてしまった
巻11-2630 作者未詳

吾妹子不相久馬下乃阿倍橘乃蘿生左右
吾妹子に逢はず久しもうましもの阿倍橘の蘿生すまでに
(わぎもこに あはず ひさしも うましもの あべたちばなの こけむすまでに)
→私の妹子に逢わず、久しい。りっぱな阿倍橘が苔むすまでに
巻11-2750 作者不詳
神名備能三諸之山丹隠蔵杉思将過哉蘿生左右
神奈備の三諸の山に斎ふ杉思ひ過ぎめや蘿生すまでに
(かむなびの みもろのやまに いはふすぎ おもひすぎめや こけむすまでに)
→神奈備の三諸の山にて崇められる杉を忘れることなどあろうか、苔がむしても。
巻13-3228 作者不詳

「蘿」の字の意味
この「蘿」という字は、音読みで「ラ」、訓読みで「つた」「つたかずら」で、少なくとも現代ではふつう「こけ」とは読みません。ただし『動植物よみかた辞典』(日外アソシエーツ,2004)では「蘿 (コケ)」として「植物。蘇苔類、地依類、菌類などの総称」と解説しています。生物学的には蘚苔類(コケ植物)ではない、小さくてよくその正体がわからない植物らしきものの総称として使われていた言葉であったことがうかがわれます。また同書では「蘿 (ヒカゲ・カゲ)」として「植物。日陰蔓の別称」とあります。「日陰蔓」とはヒカゲノカズラのことであり、これはコケ(蘚苔類)ではなく、つる性のシダ類です。このように字義的に「蘿」とは、つる性植物の総称の意味合いの強いものです。なのに、万葉集では大半の作品にこちらが用いられているというのはなぜなのでしょうか。ちなみに「薜」は音読みで「ハク」または「ヘイ」、訓読みで「まさきのかずら」です。「まさきのかずら」とは、テイカカズラもしくはツルマサキを指すものとされています。どうも、「蘿」にせよ「薜」にせよ、いわゆる蘚苔類というよりも、樹幹や岩上に絡みついている緑色のもの的な意味あいが強いようです。地衣類のサルオガセなども明らかにそのひとつでありましょう。また、「薜」にはセリ科の多年草であるトウキ(当帰)の意もあるとのことで、こうなるとますます本来のコケ植物からは遠ざかってしまいます。

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『万葉集』の中で「苔」の字が使われているのは、ただ一首のみ。それは「敷細布枕人事問哉其枕苔生負為」で、作者は柿本人麻呂です。「枕」が苔むすのだから「苔」なのかとも思いましたが、作者未詳の「結紐解日遠敷細吾木枕蘿生来」では、同じように枕が苔むすシチュエーションながら「蘿」の字を用いています。というより『万葉集』に収録された約4,500首のうち、「苔」の字を用いたのは人麻呂だけなのです。こうなると、彼は何か意図があって、あえて「苔」の字を使ったのかとも考えてしまいますね。
どの作品も、コケが「苔むす」という表現でうたわれていることがほとんどなのは、なさに文字通り「苔むす」までの長い歳月、もしくはそのようすの神々しさ、深遠さのメタファーとなっているからでしょう。平安時代前期の歌集である『古今和歌集』に「よみ人しらず」としてある「わが君は千世に八千世にさざれ石の巌となりて苔むすまで」は国歌としてあまりに有名ですが、これも「小さな石が大きな石となり、やがてその岩に苔が生えるまで」を意味しています。
改めて「コケみたいだけど、コケじゃないもの」
「コケ」という名前が付けられていても、いわゆる「本家のコケ」(=蘚苔類)ではないものがたくさんあります。シノブゴケは蘚苔類ですが、コケシノブはシダ類です。ウメノキゴケ、センシゴケ、コアカミゴケなどはいずれも地衣類です。このあたり、一般の方はまず「別のものだ」という意識がありません。「なんだ、ずっとコケだと思ってました」という人がほとんどではないでしょうか。クラマゴケはシダ類なのに、クラマゴケモドキは苔類です。モウセンゴケは多年草・種子植物です。こうなってくるともう、いちいち「コケ」なんて名前付けるなよ、という感じです。また、チドメグサも種子植物ですが、パッと見にはゼニゴケの仲間と間違えやすいですね。『万葉集』の作品に登場する「コケ」が、実はいろいろなものがごちゃまぜになっている感が強いのもさもありなんです。
◎ハナゴケ、ウメノキゴケ、サルオガセなど=地衣類
◎イシクラゲなど=藍藻類
◎スミレモ、鮎の食べるコケ、水槽に付くコケなど=藻類
◎コケシノブ、ウチワゴケ、ヒカゲノカズラなど=シダ植物
◎モウセンゴケ、サギゴケ、チドメグサなど=種子植物

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コケとカビは一緒ですかっていう、すごく初歩的なことを、意外に皆さんご存知ありません。そうご案内すると「それじゃコケとどこがどう違うんだ?」という質問もよく受けますね。「コケは茎があって、ちゃんと葉っぱがついてますよ。仮の根とはいえ、根っこもありますよ」とご説明すると、びっくりされることもあります。コケに茎があって、葉っぱがあるということも、実は案外と知られていないのです。つまり一般的には、それくらい「意識されていない存在」なのだということですね。
でも、この「驚き」から興味を持ってくれる人もいるわけですから、地道なご案内は大事です。話の続きを聞いてくれそうな感じであれば、さらにここから「コケ植物は、必ず光合成を行います。そして水を吸い上げ、栄養を体全体に行き渡らせる器官である維管束がありません。人間でいうと血管にあたるものですね。仮の根である<仮根>は、その場に張り付くための器官で、水を吸い上げる機能はありません。それから花を咲かせません。花を付けませんから、種子(タネ)はできません。胞子で増えます。でも、ちゃんと雄と雌があって受精をします」と一気に説明していきます。すると、さらに関心度を上げてくれる人もいます。