危険生物―ダニに喰らい付かれたらどうするか 危険生物―ダニに喰らい付かれたらどうするか リスクマネジメント講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

質問 ①ダニに喰らいつかれてしまいました。どうしたらよいでしょうか?感染症の危険はありますか?
②ダニに喰われないためには、どのような対策が有効ですか?
回答 ①ダニに喰われた後は、すみやかに適切な処置(ダニの除去)を行い、2週間程度の経過観察をしましょう。稀にマダニが媒介する感染症に罹り、危険な状況になることもあります。もし発熱や発疹などの症状が出たら、すぐに医療機関へ相談しましょう。 ②森に入る時は肌の露出を避け、特にズボンの裾(すそ)を開いたままにしないよう注意しましょう。ズボンの裾口やシャツの袖口などの開口部は、ダニの格好の進入経路となります。事前にダニ除けスプレーを散布しておくのも効果的です。シカやイノシシなど野生動物が多い場所には、当然ダニも多く生息しているものと心得ましょう。野外から帰ったら、衣服や体にダニが付着していないか、必ずチェックしましょう。

ダニとはどんな生きもの?

<シュルツェマダニ(出典 国立感染症研究所HP)>

ダニとは節足動物門というグループに属する、クモやサソリに近い仲間です。一般的な昆虫とは体のつくりが少し異なります。日本で知られているダニは約230科で、種数は約2,000種にものぼります。全てのダニが吸血性で人に害を及ぼすわけではなく、深刻な咬傷をおこしたり、人体に寄生したりするようなダニは種全体の3%程度です。人に悪影響を及ぼすダニもいれば、落葉を食べて森の分解者として働いているダニもいます。

人に影響を与えるダニの仲間は、大きく分けると以下のようになります。

▪刺されると痒くなる=イエダニ類・ツメダニ類
▪食品や畳に発生する=コナダニ類
▪人の老廃物を好み、死骸がアレルギーの原因物質となる=チリダニ類
▪吸血寄生性で、感染症を有する=マダニ類

私たちの家の中にも多くのダニが生息しています。ダニは意外と身近な存在なのです。今回は野外活動中に被害を受けることの多い、吸血性のマダニ類についてお話いたします。

何のために人へ喰らい付いてくるの?

マダニ類は卵が孵化して幼虫となり、若虫を経て成虫へと成長します。その各齢期に1回ずつ哺乳類、鳥類、爬虫類の皮膚に食いついて吸血し、血液から十分な栄養を摂取しようとします。マダニは、森の下草や地表付近に潜みながら人や動物が近寄ってくるのを待ち伏せし、第1脚にある感覚器官を用いて、生きものが発する熱や二酸化炭素、アンモニア、硫化水素などの臭気物質に反応し、「獲物見つけた」とばかりに飛び移ってくるのです。

<出典 国立感染症研究所HP>

感染症を引き起こす

ダニ類によって媒介させる感染症を「ダニ媒介性感染症」といます。マダニ、ヒメダニ、ツツガムシが吸血・咬傷することにより人に伝播されます。病原体はネズミなどのげっ歯類、鳥類、大型哺乳類によって保有されていることが多く、それらの動物の血をダニが吸うことで病原体に感染し、そのダニがまた別の動物を吸血した際に感染を伝播させます。マダニ類が媒介する病原体は多様で、ウイルスや細菌、病原微生物、毒物質も含んでおり、それらの一部が人体に入り込むことでダニ媒介感染症が引き起こされるのです。

もしマダニに喰われたら?

できるだけ早く取り除く

吸着して間もなくであればピンセットや指先で簡単につまみ取れることがあります。特に幼虫や若虫、チマダニ属など口下片が短いダニであれば比較的簡単に除去できるケースが多いです。マダニに喰われたら、そのままにして医療機関で治療を受ける――と世間一般ではよく紹介されているところですが、短時間でダニを除去した方が、それだけ迅速に感染のリスクを減らすことになりますので、まずは自力での除去を試みることをお勧めします。容易に取れない場合にはピンセットや専門の除去器具を用い、食いついたダニの口器付近をつまんで虫体を回したり捻じったりしながら慎重に取り除きましょう。その際、体の部分は押しつぶさない様に注意すること(ウイルスが体内に注入されてしまいます!)。マダニ咬傷は時間との勝負です。身体の一部に違和感を覚えたら、すぐに確認して対処するべきです。なお、昔からワセリンやハンドクリームなど油分を含んだものを塗るとダニが肌から離れる、といった事例が紹介されていますが、10時間以上吸血している場合にはあまり効果がないようです。除去後は清潔な水で患部を洗い、消毒を行います。

強引に引き剥がさない

マダニ類の口器には「逆向きの歯」がたくさん生えています。そのため、吸着から時間が経過し、口下片がしっかりと皮膚に喰い込んでしまっている場合には、容易に取り除くことができません。何度かトライしてもダニが取れない場合には、無理をせず医療機関を受診した方が良いでしょう。強引に引っ張ってしまうと、ダニが口器からちぎれて口下片が皮膚の中に残ってしまい、それがもとで「異物肉芽腫」という慢性的な炎症によって生じる瘤(こぶ)となってしまうことがあります。素人目では分からないこともあるので、心配であれば専門家医に診断してもらうのがいちばんです。ただし、近年はダニを知らない若い医師もいるとのことなので、ご注意を。

経過観察を忘れない

マダニ咬傷後、2週間程度は何かしらの症状(発熱、倦怠感、発疹など)がないか、経過観察を怠らないようにしましょう。マダニが病原体を持っている確率はそれほど高くはありません。ですが吸血したダニが万が一、重篤になる病原体を持っていた場合には、身体に危険の及ぶ可能性があります。「ダニに喰われるのは慣れているから」といった過信から重症化するケースも見られます。ダニに咬傷された後は体調の変化に注意してください。

マダニに喰われないための予防策

肌の露出を防ぐ

森を散策する際には、長袖か長ズボンを着用し、肌の露出を防ぐのが基本です。特にマダニは地面付近の低い所に潜んでいることが多いので、下半身には十分気を付けましょう。藪漕ぎを伴う登山などでは、背の高いササをかき分ける時に上半身にもマダニが付くことがありますし、また、時に風に乗って運ばれてくることもあります。

侵入経路を塞ぐ

マダニは衣服の隙間から侵入し、皮膚に喰らい付いてきます。ズボンの裾(すそ)やシャツの袖口から侵入するケースがほとんどです。よって対応策として以下のような工夫は効果的です。

   ●ズボンの裾を靴下に入れる

   ●シャツの裾はズボンの中に入れる

   ●シャツの袖口は軍手やグローブの中に入れる

マダニの多い地域での山歩きでは、足丈の長い登山靴や長靴にスパッツを着用するスタイルがお薦めです。

<出典 国立感染症研究所HP>

ウール素材など毛羽立った服は避ける

起毛素材にはマダニが付着しやすくなり、化繊素材で表面がツルツルした服には付着しにくくなります。藪漕ぎなどの際には、透湿性のレインウエアの着用がよいでしょう。

野外で着用した服の家屋への持ち込みに注意する

マダニが付着したままの上着やズボンで屋内に入ってしまうと、そこから移動したマダニによって被害を受けるというケースもあります。自宅に限らず、観光地のホテルでもそのような事例報告がありますので、屋内に入る際には衣服にダニが付着していないか念入りに注意しましょう。

<出典 国立感染症研究所HP>

忌避剤を使用する

マダニに対する虫除け剤は2013年から認可され、ディートやイカリジンンという2種類の有効成分入りの忌避剤が販売されています。ディートは12歳以下の子供には副作用として皮膚、呼吸器官への副作用がある為に敬遠されがちでしたが、最近ではイカリジンを配合したものが子供向けにも市販されています。ただし忌避剤の成分は薬剤であるゆえ、副作用が否定できません。ユーカリ油やハッカ油、アロマオイルなどにも過敏に反応する人がいるので、自分の体質をかんがみてから使用の是非を判断しましょう。

<出典 国立感染症研究所HP>

最近のマダニによる疫病の傾向

マダニは、吸血の対象となる哺乳類、鳥類、爬虫類の多い環境に高密度で生息しています。特にニホンジカやイノシシなどの大型哺乳類、アライグマなどの野生化した哺乳類の生息密度が高い場所には、それらに吸着するマダニもまた当然多くなるわけです。自然散策に出かける際には、その場所がどういう環境なのかを見定め、それに応じて対策レベルを引き上げるべきでしょう。

ダニ類の多くは、人の血を吸っても卵を産んで増え続けることはできません。人体への被害は一過性であり、私たちの日常の生活圏においてマダニが繁殖して増え続けるということはありません。しかし最近では私たちの生活環境や行動様式が変化しているため、一昔前よりはマダニに接触する機会が増えています。被害増加の原因には以下のようなことが考えられています。

・高齢化と人口減による限界集落の出現などによって、里山や田畑の森林化が進み、野生動物の個体数を増加させている

・山菜やキノコ採りを目的に、予備知識なく気軽に野山へ入る人たちが増えている

・アウトドア志向の高まりにより、キャンプやハイキングを楽しむ人が増加している

・自然度の高い場所での宅地造成が増えている

さらに近年では海外への旅行先でマダニ咬傷に遭うケースも増えています。また渡り鳥などにマダニが付着し、私達の生活圏にマダニが侵入するといった事例も報告されています。マダニが保有する未知の病原体は多数存在しています。日頃からの予防意識は大切です。

代表的なダニ媒介性感染症

▪SFTS(重症熱性血小板減少症候群)―媒介生物:マダニ

2013年1月に国内初の患者が発生して以来、徐々に感染者数が増えており、SFTSを発症すると6.3~30%と高い致死率を持つことで恐れられています。6日~2週間の潜伏期を経て、発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)、その他頭痛、筋肉痛、意識障害や失語などの神経症状、リンパ節腫脹、皮下出血や下血などの出血症状などを起こします。60代から80代の高齢者に感染者および死亡者が多いのが特徴で、現在では有効な薬剤やワクチンはなく、治療は対症的な方法しかありません。感染者数は西日本で多くなっていますが、全国からSFTSウイルスを持ったマダニが見つかっており、近年、これまでの西日本を中心とした感染地域が少しずつ東日本・北日本へ拡大しつつあります。感染者が出ていなくても、病原体を持ったマダニは北海道を含む全国で見つかっているため注意が必要です。

▪ツツガムシ病―媒介生物:ツツガムシ

現在日本で発生しているダニ媒介性の感染症の中で最も患者数が多い疾患です。リケッチアという細菌よりも小さな病原体によって引き起こされます。ツツガムシと呼ばれるダニの幼虫の吸液によって感染し、かつては秋田・山形・新潟で夏季に蔓延することの多い疾患でした。病原体を保有するツツガムシの刺咬後、1~2週間の潜伏期を経て、頭痛・関節痛などを伴う発熱をもって急激に発症し、全身性発疹、刺口の痂皮が主微となります。播種性血管内凝固、多臓器不全によって死亡するケースもあります。現在では有効な治療法が確立されているので、早期に医療機関を受診する事により、重篤にならず完治することができます。

▪ダニ媒介脳炎―媒介生物:ヤマトマダニなど

病原体は日本脳炎と同じくフラビウイルス属の多種のウイルスで、ヤマトダニによって媒介されます。人への感染は1~2週間の潜伏期を経て、頭痛、発熱、筋肉痛、悪心および嘔吐が1週間程度続き、けいれんやめまい、知覚異常などの中枢神経系の症状が現れます。脳炎を起こすため、麻痺などの後遺症が多く残ることも問題となっています。国内では北海道で2例のみの発生が報告されておりますが、世界各地では年間に6千~1万人の以上の患者が見られ、有効な治療薬がなく、死亡率が高いことからも注意が必要です。

▪日本紅斑熱―媒介生物:マダニ類、チマダニ類

マダニにより媒介されるリケッチア感染症です。2000年頃から急激に患者が増加しており、年間で50~140人前後の発症が認められています。吸血されてから発症までの期間は2~8日と短いのが特徴で、症状はツツガムシ病と似ていますが、発疹は手足に比較的多く見られるのが特徴です。ツツガムシ病と同じく、有効な治療法が確立されています。

<参考>国立感染症研究所HP

https://www.niid.go.jp/niid/ja/sfts/2287-ent/3964-madanitaisaku.html

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