コケのはなし(その3) コケのはなし(その3) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

コケのはなし(その3)

コケときのこは似ている?

<コケときのこの共演>

日本人には、岩の上とか木の上とか、土の上なんかに生えている、小さくてよくわかんない植物(あるいはそうでないけどそれっぽいもの)を、まとめてひとくくりにして、全部「コケ」「こけ」と呼ぶ文化があります。また、北陸地方などで「コケの観察会をやります」というと、皆さん、大きな籠をもって集まってきたりなさる。きのこの採集会だと思って来られるんです。あちらでは「コケ」というと「きのこ」のことを指すそうなんですね。

でも菌類であるきのこ(きのこは植物ではありません)と、植物であるコケとは、似ているところもあります。それは「花を咲かせない」ということです。コケも、きのこも、いずれも種子ではなく胞子で殖えます。花を咲かせる植物を「顕花(けんか)植物」といいます。花を顕にする、という意味です。花を咲かせるというのは、これすなわち、種子を作るということです。なので、顕花植物というのは、いいかえれば「種子植物」であるともいえます。

対してシダとかコケとか藻類の仲間、それらは花を咲かせません。花がない。これを花が隠れる、と昔の人は表現しました。それで「隠花(いんか)植物」と呼ばれるようになりました。花を咲かせるか、咲かせないか。この違いで、植物を大きく二つに分ける。これは博物学の時代からの大きな伝統です。

蘚類と苔類

コケは日本に概ね二千種、世界に概ね二万種が生育しています。世界の十分の一が日本で見られるわけです。「蘚苔類」と呼ばれる通り、「鮮類」と「苔類」に分かれています(あと「ツノゴケ類」というものがあります)。蘚類というのは大きく四つに分けられます。ミズゴケ、クロゴケ、ナンジャモンジャゴケ、マゴケです。マゴケというのは「真ゴケ」つまり「本当のコケ」という意味ですね。これが蘚類のほとんどです。

<「立つ」蘚類 オオスギゴケ>

蘚類は、葉っぱが四方八方に付いています。そしてその多くが尖がってます。小さな鋸歯が出ますが、あまり大きな切れ込みはありません。そして茎が「這う」タイプのコケと、茎が「立つ」タイプのコケに分れます。例えばスギゴケなんかの仲間は、茎が立って生えているグループです。立つコケは、岩の上などに固まりをつくって生えてることが多いです。肩を寄せ合っているような感じです。這うコケは、どんどん這って広がっていきますので、岩や木に当たると、そこを這い上がっていったりします。環境が変わるごとに対応して形を変えていったりします。パッと見では、種名を間違って認識してしまうことが多いので注意です。

<奥入瀬を代表する苔類・ジャゴケ。ベタッとしたタイプの苔類>

一方、苔類は、ベチャっとした形状のものと、茎があって葉っぱがあるタイプがあります。苔類というとゼニゴケのような、ベチャタイプを連想する人も多いと思いますが、実は茎のあるタイプの方がふつうです。こちらは葉っぱの先が大きく切れ込みます。

コケをさわってみる

奥入瀬では、エビゴケやコツボゴケなどが素晴らしい群落をつくっています。ツアーガイドで案内する時には、とても解説しやすいでしょう。その時、ただそれらを眺めるだけにとどめるのではなく、ゲストにはぜひコケに触れてみてもらいましょう。「これ、ぜひさわってみてください……いかがですか、手ざわりいいでしょう?」なんていう感じで。感覚的な親しみをもってもらうこと。これはとても大事なんです。ゲストとコケとの距離が一気に縮まります。そういう時間を入れていくとよいと思います。

<奥入瀬のコケの群落>

最近では、特に若い女性の方が「コケっていいですね、キレイですね、さわりごこちがいいですね」という方が、すごく増えてます。奥入瀬には、そういう感性をもった方を呼び込むべきなんですね。京都へ行くと、あちこちのお寺にコケが生えてますが、それを女の子たちが座り込んで撫でてるんです。地面に膝をついて、コケをさわってるんです。ひと昔前なら考えられませんでしたが、いまはそういう時代です。

<コケをさわって手ざわりのよさを楽しむ>

そこからゲストがもっと乗ってきてくるようであれば、今度はルーペで見てもらいましょう。するとまた違う世界が広がってくる。「わー、なにコレ、すごーい」ということになれば、大成功です。「奥入瀬で、とっても綺麗なコケを見てきたよー」という体験。コケの観光利用は、そこが第一歩です。自分がいいと思ったものは、他の人にも教えたくなります。そういう気持を持って頂くことが、いちばん大事なことです。

コケと向きあう

〈ルーペでコケを観察>

コケの魅力を伝えるには、まず自分がコケを楽しまなくてはなりません。それには、まずは相手の特徴をじっくり観てみることがたいせつです。「あっ、こいつ、葉っぱがこうこうこんなふうになっているんだな」みたいなことからでOKです。「この葉っぱ、先が尖ってるな」「シュッと伸びているな」「丸いな」「棘が出てるな」……そういう見方ができるようになってくると、だんだんそれが楽しくなってきます。意識して相手と向きあっていることで生まれてくる楽しさです。

<ルーペで目にした時のコケ>

コケの同定をする時にポイントになるのが葉の形です。葉っぱ全体の形がどうなってるかをチェックする。茎が真中にあって、そこから枝が出ている。茎の上には茎の葉(茎葉)というのが付きます。枝には枝の葉(枝葉)が付きます。茎の上に付く葉と、枝に付く葉とは形が違っているので、それぞれ区別して見る必要があります。鋸歯の形がどうなってるのか、というのも大事なポイントになります。ルーペで鋸歯があるかないかを、きちんと確かめる必要があります。10倍のルーペではなかなか厳しい面もありますが、20倍のファーブル・ミニで覗いてみると、ハッキリ見ることができます。

<ファーブル・ミニを使って拡大して観察>

葉っぱの真ん中に一本、葉脈のようなものがあります。これを中肋(ちゅうろく)と呼んでいます。これがあるかないかというのが、区別するときの大きなポイントになります。中肋以外の部分は葉身(ようしん)といいますが、その部分は細胞一層からできています。乾いてる時は光を反射します。濡れると光を通して色が変わります。乾いている時と濡れてる時では見た目の印象がかなり違うんです。乾くと縮れてきますから、形状の感じもかなり異なります。

コケも生きていますから、いくら小さくても、新芽を出したり、若葉を出したり、胞子体を出したり、枯れてきたりなど、ちゃんと変化しています。つきあえばつきあうほど楽しさが増していきます。

肉眼ではまず無理なコケの識別

コケの観察会などをやると、立ったまま見つけたコケを指さして「これは何というコケですか?」と尋ねてくる人がいます。でもそれは、遠くの山に生えている木を指差して「あれは何の木ですか?」と聞いているのと同じことなんです。よほどその地域の植生に詳しい人でもなければ、ただぱっと見た状態で、正しく答えられるものではありませんよね。樹形や葉の形状、幹の感じ、花の特徴など、そうした情報がなければ、いくら大きな樹であっても遠目には判断できません。

コケも、ただ立ったまま、見おろしているだけだったら、同じことです。なので、コケを見る時には、まず顔を近づけて観察してみる、そしてルーペで見ることが肝要なんです。それがコケの世界です。「コケは分からない」という人は、たいてい肉眼で見ていて、その種の特徴を覚えようとする人です。でも、それではダメなんですね。もちろん慣れてきたらわかるものもあります。奥入瀬なら、例えばネズミノオゴケとかエビゴケとか、慣れてきたら、すぐに肉眼で見分けられる種類もあります。でも、その他の多くのコケは、種名を正しく知るためには、ルーペや顕微鏡で葉や細胞の形を見る必要があるんです。肉眼でパッと識別できる種類なんて、きわめて少ないのです。

<肉眼でもじっくり見較べてみよう>

コケの分類をやってる先生と一緒にフィールドを歩くと、そういうことがよくわかります。「先生、これ〇〇ゴケですよね」と尋ねてみる。先生も「うん、そのようだね」とは言われますけども、これこれこういう種類であるなら、これこれこうした特徴があるはずだから、それを必ず確認して下さいねと、必ずおっしゃる。研究者は、皆そうです。その分野の世界的な権威であっても。その場で、それは○○ゴケだなんて断定はまずしませんね。コケは環境に応じて色を変えたり、形を変えたり、大きさを変えたりするからです。そういうことを熟知している専門家ほど、慎重になるというわけです。

北川尚史先生という、有名なコケの先生がいました。この先生は、学生に種名を聞かれても絶対に答えなかったそうです。そのかわりに「君はこの本を読んだことがあるかね」「この論文見たことがあるかね」そういう答え方をなさる。決して、答えそのものを答えなかったということです。

<北川尚史『コケの生物学』(2017)>

自分の目で確かめる

観察会に参加している方は、気になったコケを採ってきて種名を聞きたがります。でもそこで「はい、これは○○ゴケですよ」と答えてしまうと、その人の中には、まずなんにも残らないんです。他人から簡単に教えてもらったものは、簡単に忘れてしまいます。安易に得た知識は、容易に忘れ去ります。なにも残らない。まずは、自分が気になった相手ととことんつきあってみる。知っている人から名前を教えてもらうその前に、まず、これがこうなってるな、あーなってるな、ここはこうなんだな、というのを自分の目で確かめていく。それが自分のものになるんですね。

<スケッチも「コケとつきあう」のに有効な観察手段です>

その積み重ねが、やがて「ああ、そういうことなのか」という納得につながっていくわけです。名前を知ることよりも、そちらの方がまずは大事です。学問というのは、問うことによって学ぶ、と書きます。つまり「これは何だ?」です。「これは何だ?」と思ったら、すぐに「先生これは何ですか?」ではなくて、まずは自分で調べてみる。調べるってことは「これは何だ?」という対象が、どんなふうになっているのか、それを徹底的に自分の目で確かめるということです。そして図鑑を見て、得られた情報を総合しつつ、「もしかしたらこれなんじゃないのか?」というところへたどりつくわけです。それを実際に経験するかしないかは、大違いです。

そうすれば、相手の特徴も見えてきます。それぞれ種類ごとに、ちゃんと名札代わりの特徴を持っていますから、そこに目を向けていくというのが「コケとつきあう」ということなんですね。地道にコケとつきあっていけば、だんだん「コケを観る目」が養われます。すると「自然を観る目」も変わってくるんです。小さな存在を通して、大きな自然のこともまたよく観えてくる。「広い視点」に立って自然を理解することができるようになっていきます。

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