コケのはなし(その4) コケのはなし(その4) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

コケのはなし(その4)

コケ植物の特徴

その1.小さい

コツボゴケの葉をルーペで観察してみましょう。真中に一本、葉脈のようなものが見えますね。中肋(ちゅうろく)と呼ばれるものです。それから葉の縁は、ちょっとギザギザしています。これを鋸歯といいます。こうして観てみると、形も、葉脈も、葉の縁のギザギザも、普通の木の葉とよく似ていることがわかりますね。

ところが実物を肉眼で見てみると、とてもそうは見えません。「コツボゴケの葉には、鋸歯があります」なんて言われても、ぜんぜん分かりません。あまりに小さいからです。ただ<見続ければ、慣れてくる>ということは確かです。ひたすら見続けていれば、だんだん色だとか、艶だとか、そして鋸歯についても見えてくるようになります。

その2.維管束と根を持たない

「コケって、シダ植物や種子植物とどこが違うの?」というお尋ね、よく受けますね。維管束と根がない、ということがいちばんです。コケの茎の基部の方には、茶色い毛みたいな塊がありますね。これを根っこだと思ってしまいがちなんですが、仮根というものなんです。どうしてこんなものがくっついているのかというと、体を基物に付着させるためなんです。水を吸収するもためのものではなくて、体を固定する役割なんです。

その3.光合成をする

「えっ、コケって光合成なんてするの?そもそも、光なんて必要ないんじゃないの?」というヒト、結構多いと思います。それが、たぶん一般の人のイメージなんだと思います。ジメジメして、暗い所に生えてるんだから、光なんいらないんじゃないか。そう思ってしまうわけですね。しかし「コケ植物」と呼ばれるように、どんなにサイズが小さくたってやはり植物は植物なんですから、それも緑色植物なのですから、光と水を得て、それを糧にちゃんと光合成をしています。

おそらく現在の陸上植物のうち、最も暗い場所に生える種類は何かと問われたら、それはおそらくヒカリゴケなのではないかと思います。洞窟みたいな環境、穴の中の暗い場所で生育している種類です。「皆さん、自分の知っているコケの名前を三つあげてみて下さい」と問うてみると、答えは概ねゼニゴケ、スギゴケ、ヒカリゴケです。それぐらい、ヒカリゴケは知名度が高いです。武田泰淳という小説家に「ひかりごけ」という作品があるのですが、どうもそこから有名になったようです。でも最近では、こういう作品があったことも、ヒカリゴケというコケがあるということも、若い世代では知らない人の方がほとんどなのかもしれませんが。ヒカリゴケは、国の天然記念になってます。国指定天然記念物のコケは、ヒカリゴケと猪苗代湖のマリゴケだけです。

顕微鏡で葉を拡大して観察してみると、細胞の形が見えてきます。内部に、緑色の粒が見えます。断面で見てみると真中に多層の部分があります。これが中肋です。葉のほとんどの部分は細胞が一層です。だからコケは乾燥しやすいわけですね。こうした体の作りは、肉眼で眺めているだけではなかなかわかりません。種類によって中肋が1本だったり2本だったり、あるいは無かったりと、そういう違いがありますが、これも肉眼では認識できません。

その4.胞子で増える

コケは胞子で子孫を残します。胞子を飛ばす時は、風で飛ばします。風に胞子を乗せて、より遠くに飛ばす。遠くに飛ばすことで、自分の子孫を広めたいわけです。なので胞子を飛ばす時には、なるべく高い位置に持ち上げます。それが胞子体の役目です。奥入瀬の木製の橋桁の上には、クサゴケがたくさん暮らしています。見れば、胞子を散布するための蒴(さく)が伸びているのがわかります。これは苔類も同様です。なるべく高い位置から胞子体を飛ばしたいわけです。例外的に、木の幹に付いてるオオギボウシゴケモドキとかアツブサゴケ、エゾヒラゴケなどは、植物体からそれほど長く柄を伸ばしません。それなりの長さの柄は付いているのですが、もともと木の幹上に生えていますから、わざわざエネルギーを投じて柄を長く、高く伸ばさなくても、風をじゅうぶん利用できる高位置に自分が生えているからです。柄を伸ばす必要がない環境に適合して、柄が短めになっているわけです。

<胞子を風の乗せ、より遠くへ飛ばすため、胞子体を大きく生長させます>

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その5.配偶体が優勢する

「配偶体って、何?」という質問はとても多いです。「配偶者」ならよく知っているけれども「配偶体」なんて知らないよ、と。配偶体とは、なにか。コケの生きる道は、まず胞子から出発します。胞子が発芽して、糸状の原糸体になります。そして、その上に芽が出てきて、それがふだん私たち目にしている緑色の体になるわけです。これを「配偶体」と呼ぶのですね。♂の体には造精器ができ、精子ができます。♀の体には造卵器ができ、卵子ができます。精子が「水」を介して卵子に辿り着き、そこで受精が行われます。すると受精卵ができます。この精子と卵子を「配偶子」といいます。配偶子を作る体であることから「配偶体」と呼ばれるのです。受精卵が発達すると「胞子体」ができます。受精してできた体は、胞子を作る体です。胞子を作る体であるから「胞子体」と呼ばれるのです。

<目にしているシダの姿は「胞子体」です>

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ではシダはどうでしょうか。シダも胞子で増えますね。シダの場合、胞子が発芽するとハート形の前葉体ができます。その前葉体の上に、造卵器と造精器ができます。造卵器で卵子が、造精器で精子ができます。精子は水を介して卵子に辿り着き、受精が行われます。そしてその受精卵が発達して胞子体ができるわけです—と、ここまではコケと同じですね。ですが、シダがコケと違うのは、配偶体はここで枯れてしまって、消滅してしまうという点です。無くなっちゃうわけです。その後、胞子体が独立して生活をする。すぐ胞子を作るのではなく、生長して大きな体になって、それから胞子を散布する。つまり、ふだん目にしてるシダの姿というのは「胞子体」なのです。そしてコケは「配偶体」です。コケは配偶体が優勢しています。反対に、シダ植物や種子植物は胞子体が優勢しているというわけです。種子植物になると、もう受粉や受精に「水」は必要なくなります。陸上という環境に、完全に適合しているからです。

コケはどうして湿ったところが好きなのか?

コケは細胞がそもそも一層ですから、それぞれ葉を作ってる細胞が、すべて外気に接しています。水は表面から逃げるので、すぐに乾いてしまいます。栄養は雨水に含まれた水分と一緒に、それぞれの細胞が吸収します。したがって乾燥した場所だと、せっかく得た水がすぐ失われてしまう。水がなくなると休眠状態になってしまう。しかし休んでいると栄養を得ることができません。すると生長できません。自分が得た水を長く保ち、光合成をしていくためには、まわりの空気の中の湿度がより高い場所にいた方がいい。その方が長い時間、光合成をすることができます。

熱帯の高い山に行くと、雲霧帯と呼ばれる、一日中霧がかかっている場所があります。気温が高いので上昇気流が起こりますね。それが高い山に上がり、そこで気温が下がることで雲ができ、霧が発生します。それで終日、湿っているのです。そういう環境はコケの天国となります。樹幹、枝、林床、倒木、岩といったすべてがコケで覆われています。霧に濡れた状態で光があたることで光合成が促進されます。霧によって湿度が維持されているため、大きなコケの群落ができるのです。

<流水環境を好むアオハイゴケ>

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しかしそうではない環境下では、乾いたり湿ったりを繰り返しています。その場合、コケは水をどうやって得てるのでしょうか。雨が降らないと水は得られません。いくら空中の湿度が高くても、それだけではだめで、やはり水蒸気で水分を得る。液体でないとコケは利用できません。雨が降らない時はどうしているのか。朝露を利用するのです。晴れた日でも、朝に散歩をして、普通の道はいいんですが、ちょと草の生えているようなところだと靴が濡れるという経験があるかと思います。晴れた日であっても、草葉には水滴が付いている。朝露です。氷を入れたグラスにまわりに水滴が付くのと同じ原理です。夜間に気温が下がる。冷えたものにまわりの水蒸気が触れると、露になる。コケはそういう露によって水分を得ているというわけです。

コケだけではありません。藍藻だとか、地衣類だとか、みなこういう性質を持っています。進化の過程において、植物が海中から陸上に進出した際、いちばんの課題はいかに乾燥に耐えうるか、ということでした。気温差による露を利用するというのは、そのひとつの重要な方法だったのです。乾燥し、干からびて死んでしまう。それを繰り返しているうちに、だんだん干からびても休眠して生き延びることができるようになり、再び水を得られた時に復活するという特質が備わっていったのでしょう。この特質が、植物が水中から陸上に進出するための必要条件となったのです。乾燥と湿潤を行き来できる、こうした性質を「変水性」といいます。

観察のポイント

コケには3つの見方があります。集団(全体)・個体・細胞(組織)です。野外観察ではまず集団レベルでの観賞となりますよね。「あ~コケがあるなあ。緑が奇麗だなあ」という感じのアプローチです。この時、コケのひとつひとつを観察しているのではありませんよね。全体レベルで眺めている。それでも、目が慣れてくると色とか艶、芝状なってるとかマット状になってるとか、そういう違いがだんだんと見えてくるようになってきます。これが最初の段階です。「苔庭観賞レベル」といってもいいかもしれません。

<橋の欄干の上に広がるクサゴケのマットを観察しています>

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次が個体レベルです。一本一本を見比べてみようということです。例えばミヤマリュウビゴケとコフサゴケでは「葉の付き方」が違うなとか、葉が順番で螺旋状に並んでるとか、下の方に茶色い仮根が付いてるとか、そういう観点です。「ルーペレベル」ですね。

そして細胞レベル。これは顕微鏡の世界です。先程のコツボゴケの縁に鋸歯があるとか、鋸歯が一重じゃなくて二重になってるとか、細胞のかたちや配列が異なるとか。このレベルになりますと、コケの世界がどんどん広がってきます。そして他の種類との識別が次第に容易になっていきます。

おそらく、主にはこの「ルーペレベル」でコケ観察を楽しまれる層が厚いのではないでしょうか。その際、着目すべきは次のような点でしょう。
<茎葉体か葉状体か> 体が葉状体か茎葉体かを判別します。ジャゴケなら葉状体、ツボミゴケなら茎葉体です。
<群落の色や形> 植物体が密生し、上向きに立っているものが芝状。疎らに生え、寝そべっているような、這っているような、フワフワしたものがマット状です。
<枝分かれの仕方> 奥入瀬の代表種でいえば、植物体が立ち上がって、枝分れしてないのはコツボゴケ。植物体が這い、枝分れするのはトヤマシノブゴケです。
<葉の付き方> 螺旋状に茎に付くか。背面に2列、腹面に1列の、規則正しい配列の仕方をするか。
<何に生えているか> コケは種類によって生えているもの(基物)が異なります。木の根元、倒木の上、石の上。生えてるものが何かというのは重要なポイントです。例えば石の上に生えるものには、これこれこういいう種類があるよな、と絞り込めるわけです。

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