カジクブンシって、何ですか
「コケ植物最大の特徴とは何か?」という質問を受けたとします。蘚苔類のことを(生かじり程度とはいえ)いろいろ学んできますと、そのぶん、いろいろなことが頭に浮かんできて、とても一言では言えないな、という気になります。以前、コケの専門の先生がこんなお話をされていました。コケ植物の特徴を一言で説明するとするなら、それは「胞子体が仮軸分枝しない植物」である、と。
カジクブンシ? なにそれ? コレが受講した筆者の率直な感想でした。ふつうの人は知らない言葉なんじゃないかな、と思いました。それともシラナイなどというのは、もしかしたらワタシだけ? と不安にもなりましたが。生物の授業でやっているハズ? すいません、ぜんぜん覚えてません。聞いたことあるな、という程度すらの記憶もありません。こんな植物用語をきちんと説明できる人なんて、そんなにいないんじゃないかな、とも思いました。自分の無知を完璧に棚に上げているので、こういうのは「激恥ズ発言」なのかもしれませんけれども。
仮軸分枝とは、植物の枝分かれのパターン(様式)のひとつです。分枝というのは、植物体が複数の軸に分かれることをいいます。主軸の先端(=頂芽)が花を咲かせたりして成長を止めると、そのすぐ下の葉腋の側芽が代わりに伸び、主軸の役割を引き継ぎます。そして、その生長が止まると、また下の側芽が伸びていきます。これが繰り返されることで、軸がジグザグに伸びていくのです。生長しなくなった主軸の立場を、側芽が伸びることで引き継いでいくわけです。こうした分枝のパターンが仮軸分枝と呼ばれます。多くの植物において定常的に見られる枝分かれのパターンです。なぜ「仮の軸」なのかというと、側方から出てくる軸がそれまでの主軸にとって代わるからなのでしょう。見かけ上の主軸なので、仮軸というわけです。ややこしいですね。
胞子体が「枝分かれしない」ということ
胞子体が仮軸分枝しない植物がコケである、ということは、ごく簡単にいえば胞子体が「枝分れしない」ということになります。でも、それがコケの特徴なんだといわれても、なんだかちょっとピンと来ませんね。それよりも、やはりクチクラ層のような保護組織がなくて全身で吸水するとか、乾燥すると仮死状態になるとか、根はなくて仮根があるとか、種子でなく胞子で増えるとか、受精には水が必要であるとか、そういう特徴の方が、コケとは何かをイメージしやすいし、伝えやすいのではないかと思います。
コケの配偶体世代(n世代)は枝分かれします。でも、胞子体世代(2n世代)では枝分かれが見られません。現在の地球上で繁栄している陸上植物は胞子体世代です。それも枝分かれして大きく育つ種子植物です。種子植物、シダ植物、蘚苔類いずれも、遺伝子を用いた系統解析から、その祖先は共通しているといわれます。しかし陸上植物共通の祖先の胞子体の化石が見つからないことから、どのように進化していったのかが不明でした。現生の陸上植物はタイ類→セン類→ツノゴケ類→ヒカゲノカズラ類→シダ類→裸子植物→被子植物の順に分岐することがわかりました。

このことから、陸上植物の共通の祖先(=陸上植物の初期の胞子体世代)というのは、タイ類に似た配偶体を持っていたのではないかと考えられてきました。現生のタイ類、ツノゴケ類、セン類の胞子体は枝分かれせず、先端にひとつの胞子嚢を付けることから、これらの祖先も同じような形態をしていたと推定されてきたわけです。枝分かれしない単純な胞子体であり、それがその後、次第に枝分かれするようになっていったと考えられてきたのです。しかしコケ植物の化石は、シダ植物のように維管束を持つ枝状構造体を持った植物の化石よりも、後の時代にならないと出てきません。ここから、コケ類はシダ類から<退行進化>したのではないかという仮説が出てきました。退行進化仮説です。シダは進化して維管束を獲得したのに、コケはわざわざそれを捨てて、元の維管束のない姿に戻った、というものです。
あえて枝分かれしないよう「進化」した
しかしその後、維管束を持たないのに枝分かれした形状の植物の化石が見つかり、しかもそれは、蘚苔類よりもずっと古い時代に生育していたことが明らかとなりました。さらに実験により、セン類の遺伝子のひとつを取り除いた受精卵からは、枝分かれした胞子体が現れることが明らかとなりました。ひとつの遺伝子の働き方が変わるだけで、胞子体が枝分かれして成長するのです。つまり、セン類は枝分かれ「できない」のではなくて、あえて枝分かれ「しない」ことを選択していたということです。胞子体の枝分かれを、遺伝子によって抑制していたというわけです。蘚苔類という植物は、何らかの理由によって枝分かれが抑制されているのだと仮定すれば、これまでずっと定説とされてきた「コケ植物の胞子体は枝分かれしない」という前提が崩れます。
陸上植物の祖先、すなわち「維管束を持たない枝分かれしていた植物」は、そこから維管束を発達させ、シダ植物へ、そして種子植物へと進化していったグループと、あえて胞子体を枝分かれさせないように退行進化していったグループとに分かれたわけです。前者は現在の多くの植物へとつながっていきました。そして後者が現在の蘚苔類となっていきました。前述の退行進化仮説が「維管束を持たず、枝分かれもしていなかった胞子体」が、その後、次第に枝分かれするようになり、維管束を持ったシダ植物へと進化したその後に、あえて維管束構造を捨てて、コケ植物へと「戻った」という説でした。しかしここで述べているのは「維管束を持たないが枝分かれはしていた胞子体」が、維管束を持たないままさらに枝分かれすることもやめてシンプルな胞子体に戻った(=退行進化した)ということですので、かつての退行進化仮説とは意味が異なってきます。
それぞれの胞子の飛ばし方
コケすなわち蘚苔類は、蘚類・苔類・ツノゴケ類に分かれていますが、それぞれ胞子体の特徴が異なります。胞子体のしっかりとしたものが蘚類。軟らかいものが苔類。角(つの)状のものがツノゴケ類です。また、蘚類は茎と葉の区別があります。苔類の場合は、茎と葉が区別のあるものもいますが、ゼニゴケみたいなベタっとした平べったいものもいます。ツノゴケ類はすべてベタっとしています。なので、シュッと伸びた角状の蒴が出ていない時は、苔類とほぼ見分けがつきません。もともとは苔類に分類されていたようなのですが、後になってツノゴケ類に分けられたという経緯があります。なんで、歩いていて目につくのは、だいたい蘚類か苔類かのどちらかです。

蘚類は、蒴(さく)の蓋(ふた)が外れることで、胞子を蒴歯の間から撒きます。苔類は、蒴の黒い部分がパンッと爆発して四分裂します。中に弾糸(だんし)というバネがあるんですが、それが爆発することで弾かれます。その勢いを利用して胞子を飛ばします。奥入瀬を代表する苔類であるジャゴケの胞子体は、傘の下にひょろひょろっと出てくるのですが、胞子を撒いてしまうとすぐになくなってしまいます。なので見られるのはほんのわずか。なので、好きな人はその時季に合わせて見に行くんです。

ツノゴケ類は、角状に立ち上がる胞子体が裂け、その時の爆発力(裂ける時の勢い)で胞子を撒きます。胞子というのは軽いものですが、ツノゴケ類は地面スレスレの所に撒かれます。そんなに飛ばないのです。せいぜい10センチかそこらくらい飛べばよい方だといわれています。胞子が広範囲に散布されないがゆえに、在るところでは見られても、あちこちでは見られない、という分布の仕方になるのではないかと考えられます。奥入瀬ではほとんどツノゴケ類を目にしません。そういう繁殖生態ゆえのものなのかもしれません。
植物界の両生類
有性生殖というのは、水が必要です。無性生殖あるいは栄養繁殖と呼ばれる方式を、コケは結構得としています。高等植物でやっているのはちょっと珍しいんです。でもコケではそれがフツーです。栄養繁殖というのはクローン繁殖のことで、これができるというのは再生能力が高いということですね。葉っぱをこすったら、葉っぱが折れて落ちて、そこから増えるという種類もあります。いわば、これ「分身の術」ですよね。そういうタイプもあれば、無性芽と呼ばれる芽をつくって、それで増えていくタイプもあります。
コケ植物が現れたのは4億年前から5億年くらい前といわれています。藻類から進化したとされます。藻類の時代なら、水中生活なので、精子をパッと水中に撒くだけで受精が可能となります。しかしコケはその後、陸上に上がって来ちゃいました。陸上には精子を媒介してくれる水が少ないので、これまでのようなわけにはいきません。それで水辺や湿地といった水分が豊かな環境を選択したり、雨が降るのを待って繁殖したりするようになりました。こういった特徴から、コケは「植物界の両生類」と呼ばれたりもするのです。

コケの生存には水分が必要ですが、生育に関しては土がなくても大丈夫です。「霞を吸って生きる」存在ですので、岩の上だろうがどこだろうが生きていける。むしろ、コケが生えることによって土壌が生成されます。風に飛ばされてきた砂とかホコリとかをキャッチして、それが積もり積もって土壌になります。また、自身の下方にある腐食した部分から土壌ができていくのです。
どうして大気汚染に弱いのか
コケの葉を顕微鏡で見ると細胞が透けて見えます。人間でいうところの皮膚に相当する部分がありません。皮膚というカバーがないので、水分がそのままストレートに細胞の中に入ってきます。コケは根で吸水せずに、空気中の水分(=湿気)を全身で取り込むために細胞を保護するカバーを持たないのです。奥入瀬のような渓流や川沿いでは、川面から水蒸気が上がってきます。それが風で流れて流域の森へ入っていきます。よって湿度が高くなります。その湿度を、皮膚を持たない特徴を生かして取り込んでいくわけです。
ただ、その特徴は、大気汚染に対して無防備であることも意味します。排気ガス等の大気汚染が進めば、そうした毒素をコケは全て細胞に吸収してしまいます。そうすると耐性の弱いものから死滅してしまい、多様性が失われていくことになります。
高等植物を目指す(?)スギゴケ

スギゴケは変わった葉の断面をしています。細胞内に縦板があるのです。植物の柵状組織と同じようなものだといわれています。植物の表皮をめくってみると、短冊状の細胞が並んでいます。光合成(炭酸同化作用)をする際、そうした細胞の形状であると表面積が増えて二酸化炭素を取り込みやすくなり、効率がよくなるとされています。スギゴケは、どうもそれと同じことをやっているのではないかといわれています。コケ全体のグループの中で、スギゴケだけが柵状組織と同じ、薄い板が並ぶ構造を持っているのです。スギゴケはコケとしては珍しく、仮根束といって仮根が束になっています。これによって水を吸い上げているんじゃないのかとも考えられています。もしかしたらスギゴケは、コケから進化しようとしている最中なのかもしれません。