また、歩道沿いのところどころに「監視木」という札の掛かっている樹があるのですが、あれは何を意味するものですか?
実は先日、遊歩道を歩いていたら、いきなり上から木の枝が落ちてきました。幸いぶつからずにすみましたが、かなり太い枝で、もしこんなものが頭に当たっていたらと思うとゾっとしました。このような危険を避けるためには、どうしたらよいですか?
あるいは自分や同行者がそういう被害にあった場合、どのような処置・対応をしたらよいのでしょうか?
危機意識を、常に頭の片隅に
奥入瀬渓流は国立公園の特別保護地区です。原生的な自然環境を維持するため、枯れた樹木や枝でも、基本的にはそのまま残すことになっています。
つまり奥入瀬の森の中とは、常に「落枝」や「倒木」の危険と隣り合わせの場所なのです。
したがって、散策する際には「頭上から枝が落ちてくるかもしれない」「倒木に巻き込まれるかもしれない」という危機意識を、常に頭の片隅に置いておかなければなりません。
特に風の強い日などは、枯木の近くにはなるべく近寄らない、という心構えが必要です。
また、長雨が続いて、枯木がたくさんの水分を含んでいる時などはより注意です。重みで、枯枝が落ちやすくなるからです。冬から春にかけ、湿った重い雪が大量に降った時も同様です。
落枝にせよ、倒木にせよ、これらが恐ろしいのは、なんの前ぶれもなく起こることでしょう。
メリメリとかバキバキといった音がすることなど稀で、なんの気配もなく、突然に、音もなく落ちてくる・倒れてくることがほとんどなのです。また、必ずしも荒天時に起こるわけではありません。ごくおだやかな天候の日であっても、突如、巨木が倒壊したり、枯枝がどすんと落ちてくることもあります。
「注意しろ」というのは簡単ですが、事前予知ができないわけですから、完璧な危機回避は不可能といわざるをえないのです。
もし被害にあったら
頭上から太い枝が落ちてきて、それが身体に直撃した場合、かなり大きな力が加わります。よって最も恐れるべきは脳や脊椎へのダメージです。
頭部や脊椎へのケガは命に関わりますし、一時的あるいは永久的な麻痺を引き起こす可能性もあります。
重症が予見される場合は、すぐに119番に通報して救助要請を行いましょう(市外局番は必要ありません)。
被害のあった場所にもよりますが、当面安全なようであれば、救助が来るまでは体位を安定化させます。
無理に動かしたりせず、そのままの体位にしておくのが最善です。
意識不明の場合や救命措置が必要な場合は、体位安定よりも気道確保*1やCPR*2を優先させます。
あなたが現場を離れ、救助要請に行く場合などは、要救助者を回復体位*3という横向きの体勢にして、常に気道を確保できる状況にしてください。
脊椎への損傷
明らかなケガの兆候が見られない場合でも、大きな力が身体にかかった場合は、脊椎の損傷を疑うのが最善です。
無意識の状態で身体に強い衝撃を受けた場合、首や背骨にかかるダメージは想像以上に大きなものであるからです。
脳への損傷
頭部への強い打撃により、頭蓋骨内の脳が損傷を受けて、腫れや出血を生じた場合、頭蓋骨内の内圧が高まり、繊細な脳の組織を損傷することがあります。
急速に症状が悪化する時もあれば、ゆるやかに悪化する場合もありますので、頭部に強い衝撃があった場合は、早目に病院での診察を受けましょう。
ファーストエイドの現場では、頭部にダメージを受けた時、記憶を失くしたかどうかにより、軽度か、それ以上かを判断することがあります。
もしケガをした時の前後の記憶が失われているようであれば、脳が強いダメージを受けている可能性が高いです。
このような場合はなるべく早く病院に行き、専門的な診察を受けなくてはなりません。
意識があっても、途中で症状が悪化するかもしれないということを留意する必要もあります。
野外では専門的な医療を受けるのに時間がかかります。
リスクとの向き合い方も、市街地とは全く異なるという認識を持たなければなりません。
危険木へのマーキング
渓流遊歩道には、赤や青テープが巻きつけられた樹、あるいは「監視木」と書かれた札のかかった樹が目につきます。
これは「落枝・倒木の危険がある樹」を示すマーキングです。「監視木」とは、菌類による腐朽が内部まで進行し、幹の部分が空洞化し、倒木の危険性が高い、と見なされている樹のことです。
これらは、青森県・環境省・林野庁・自然公園財団十和田支部・十和田湖国立公園協会・十和田市の共同で、年に数回実施されている、危険木点検で選出されます。
倒壊・落枝の危険性があると思われるものを樹木医が特定すると、そこに伐採処理するための目印がつけられるわけです。そして後日、樹や枝の伐採作業が行われるのです。
散策中に赤テープや青テープ、監視木の札を見つけたら、その場所ではなるべく立ちどまらないようにし、なるべく頭上に注意を向けるようするべきでしょう。
行政の危険木点検には限界がある
冒頭で「奥入瀬は国立公園特別保護地区であり、環境保全のため、枯木や枯枝も基本的にはそのまま残されている」と述べました。
ですが、年間たくさんの人が観光に訪れる場所において、車道や遊歩道にかかる明らかに危険と思われる樹木を放置しておくわけにはいきません。危険木点検はそのために実施されています。
しかしこうした行政のチェックにも、おのずと限界があります。
いくら優秀な樹木医でも、遊歩道および車道沿いのすべての樹木の状態を、それも伸ばした全ての枝の一本一本の盛衰状況まで確実に掌握することなど不可能です。
すなわち、落枝や倒木という危険性は、奥入瀬の原生的な自然を楽しもうとするすべての人が、好むと好まないとにかかわらず引き受けなければならない(留意せざるをえない)リスクであるといってよいでしょう。
【補足】
危険木伐採に対しては、渦状伐採ではないかという懸念と共に、本来であれば保全を最優先しなければならない特別保護地区というエリアにおいて、大勢の観光客を誘導することを前提としたこのような整備はそぐわないのでは、との疑問もあります。これは奥入瀬の自然公園としてのあり方を考えていく上での根本的な問題です。
ただし現状では、「保護を前提とした観光利用」ではなく、あくまでも「観光利用を推進・維持するための対応」となっています。こうした状況下におけるリスクマネジメントとしての危険木伐採は、公園本来の在り方(そもそも論)が問われない限り、当面、不可避なものといわざるをえません。
*1 気道確保
傷病者が息をしやすいよう、顎先を上げ、額を軽く押し下げて、気道を確保すること。意識が無くなると、身体の筋肉が弛緩し、舌根が下がって気道を塞いでしまうおそれがあります。
*2 CPR
(Cardio Pulmonary Resuscitation)の略で、心肺蘇生法のこと。心肺機能が停止した状態の傷病者に対し、心臓マッサージ・気道確保・人工呼吸・AEDの使用を組み合わせて、自発的な血液循環と呼吸を回復させることを指します。
*3 回復体位
傷病者を横に寝かせ、嘔吐物により窒息を防ぐポジションのこと。意識はないけれど呼吸をしている傷病者に対して用います