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見つけてうれし北限の鷹

北限のサシバ

十和田湖外輪山の上空を、一羽のサシバが悠々と舞っていました。すがすがしい初秋の青空のもと、気持ち良さそうにゆっくりと旋回しています。サシバは中型の猛禽類。毎年、初夏の頃になると国内各地の里山に渡ってきて、子育てをしています。秋になると南下し、南西諸島や東アジアなどで冬を越す渡り鳥です。

ここ青森では、過去にいちど弘前での繁殖例があるのみとなっています。なので、サシバの繁殖地の北限は、いまのところ日本海側では秋田、太平洋側で岩手となっているのですが、その詳しい実態はまだあまり明らかにされていません(※津軽海峡を越えた北海道への渡来記録もあることはあるようなのですが繁殖については未確認のようです。北海道では通常、目にする機会はありません)。かつて私は十和田湖の秋田側で、鳴きあいながら飛んでいる2羽のサシバを観察したことがあるのですが、残念ながら繁殖の確認までには至りませんでした。津軽地方の里山などには、もっといてもよさそうな気もします。

サシバが2羽で飛翔している場合、両羽とも尾を広げて旋回していれば「渡り」、1羽が尾を広げ、もう1羽が尾を閉じて旋回していれば、それはなわばりのヌシが侵入してきた個体を追い払おうとしているところ。そして、両羽が共に尾を閉じて舞っていれば、雌雄ペアの可能性が高い──そんな、実に興味深い話があります。私の見た2羽は、どちらも尾を閉じたまま、鳴き交わしながらくるくると上空を旋回をしていました。なので、あるいはもしかしたら、と思ってしまった出来事でした。

以後、この地域でサシバに出逢うことはなかったのでしたが、昨年(2022年)の9月16日、弊会の会員が焼山の北西部上空を舞う若いサシバを確認しました。快挙です。若齢個体ということは、八甲田山麓か、それより北で繁殖で生まれた個体である可能性もあります。まさに「北限のサシバ」です。少数ながら、おそらくは県北でも繁殖している個体が渡来しているのではないでしょうか。奥入瀬でも、この時季、常に上空に注意を払っていれば、どこかでサシバの渡っていく姿を見ることができるかもしれません。焼山のみならず、馬門橋や子ノ口など、上空が開けている場所で期待できそうです。

<2022年9月16日焼山北西部上空に現れたサシバ若鳥—撮影・丹羽裕之 3点とも>

谷津田に生きる

十和田湖を囲む森の上空を飛んでいたサシバは、はたして湖の近隣で繁殖した個体だったのでしょうか。それとも、ただ飛んでいただけの個体だったのでしょうか。サシバは、谷津田(やつだ)とか谷戸(やと)と呼ばれる、丘陵の水田を好みます。田んぼと雑木林(またはアカマツ林やスギ林)がセットになった、谷あいの環境です。近年では、そうした里山景観の減少により、渡来数が減っているともいわれます。岩手・秋田の両県においても「準絶滅危惧種」などに指定されているようですが、逆に、以前から変わっていないとする見方もあるようです。こちらも実態不明です。サシバがそのすみかを里山の谷津田環境としているのは、彼らの食生活に関係があります。それは主にカエルなどの両生類やヘビなどの爬虫類、そして各種の昆虫およびネズミなどの小型哺乳類を捕えて食べている猛禽類であるからです。

岩手県は北上盆地東部にあたる花巻市郊外では、そんなサシバの好む里山が、まだ比較的多くみられる地域です。ここで実施された生態調査の報告によれば、サシバは5月下旬から6月中旬くらいまでは、水田周辺を主としてカエルやヘビを、盛夏には丘の林の中へと捕食場所を移し、そこで樹林性のカエルや昆虫類などを食べている、ということです。サシバというタカが、里山環境に大きく依存していることがわかります。

ひるがえって、ブナの森の広がるここ八甲田山の環境を見てみると、サシバの生息に適していると思われる環境が、ほとんどないことに気づきます。実際、ノスリやハチクマ、クマタカの姿は見かけても、サシバの確認はほとんどありません。しかし十和田西部から七戸、野辺地にかけての丘陵域、また津軽平野や青森平野の丘陵地には、少数ながらも子育てをしているサシバが、あるいはいてもおかしくはないような気もします(繁殖しているかどうかはともかく、六戸から小川原湖にかけての平野部では確実に少数が生息しているようです)。焼山北西部上空に姿を見せた若サシバも、位置的に推測すれば青森平野南部の丘陵地からの移動個体ではないかという見方もできるのです。

見つけてうれし

十和田湖の外輪山上空で出会ったサシバは、南へ向かって渡っていきました。はるか遠く沖縄方面へ、もしくはさらに南方へと長い長い旅をしていくのでしょう。中部太平洋側、渥美半島先端の伊良湖(いらこ)岬では、秋の渡りのサシバがいったん集結することで知られています。渦を巻くように空の高みへと舞い上がり、滑るように海を越えていくさまは圧巻です。

こうした「鷹の渡り」を目的に、全国から熱心なバード・ウオッチャーが集まります。かつて私も見物に出かけたことがありました。それは実に素晴らしい風物詩でしたが、北国の蒼穹(そうきゅう)に声を響かせ、ただ一羽きり、ひっそりと南へ去っていく十和田湖のサシバも、またなんともいえず魅力的でした。やがていつの日か、大好きな芭蕉の句「鷹ひとつ 見つけてうれし いらご崎」をもじり、奥入瀬においても「あれサシバ 見つけてうれし 奥入瀬の谷」などと戯言を口にしつつ、サシバの渡りを見送りたいと期待しているのです。

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