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清流に棲む、小さな銀色のけもの

「銀ねずみ」

ランブリングツアーの最中、ごくまれに、水面をすばしっこく泳いでいく、小さな銀色の動物に出逢うことがあります。カワネズミです。「あッ、あッ!」と大声を出して指し示すのですが、あまりにも敏捷なので、ともすると参加者の何人かは、残念ながら目にすることさえできぬまま。まさに一瞬の邂逅です。そうかと思えば、逆にサービス精神満点の時もあり、しばらくのあいだ、ゆっくりとその姿を川面に披露してくれることもあります。のほほーんと、水のながれに身を任せるように流れていくこともあります。岸辺に座り込んで、なにやら熱心に食事しているようすを目にすることもあります。

でもたいていは、餌を探しながら、流れに沿ってスピーディに動いていく姿の方が多いでしょう。目にもとまらぬ素早さで流れの岸辺を走り、声をあげる間もなく、参加者の足下をするりと通りぬけていくようなこともあり、びっくりさせられることもあります。あまりのすばしっこさに、まったく気づかないままの人もいます。忍者を想わせるような動きです。その俊敏さゆえか、山あいの渓流に棲まう、この小さな動物を知る人は、一般にはあまり多くないと思われます。ただ渓流釣りの好きな人ならば、おそらくはどこかできっといちどは目にしたことがあるのではないでしょうか(ただし、北海道と沖縄には分布していません)。標準和名ではカワネズミですが、地方によって、また釣り人の間などでは「銀ねずみ」とか「銀毛ねずみ」などと呼び慣わしているところも少なくないようです。

岩魚釣りに出かけ、釣果をビクに入れておいたら、いつのまにかカワネズミが現れ、網を破って中へ侵入、ガリガリと魚をかじっていた……そんなおとぎ話みたいなエピソードもあります。カワネズミの特徴は、その俊敏な動きもさることながら、目にした誰しもがきっと印象づけられるであろう、その美しくなめらかな、銀色に輝く毛皮にあるといってよいでしょう。ビロード状の短く柔らかい毛を全身にまとっているのは、冷たい水中の生活に耐えるための仕様なのです。その毛皮は、水の上では暗褐色か灰色にしか見えません。ところが水中では、毛と毛の間に空気の泡がたくさん取り込まれ、それが光を反射するため銀色に輝いて見えるのです。また、毛が水をはじくことによって、水玉がキラキラ光り、それが銀毛の美しさをいっそうひきたてるというわけですね。

水に棲むモグラ

ネズミという名がついていますし、渓流沿いをチョロチョロ動き回る姿もまたネズミそのものなのですが、実のところカワネズミはネズミの一種ではなく、なんとモグラの仲間なのです。食虫目とはモグラの属するカテゴリーですが、カワネズミもそのグループに属しています。そして、そのうちの「トガリネズミ科」に分類されています。トガリネズミとは、山道などでコロリと転がって死んでいる姿をよく見かける、やはり「ネズミ」という名のつけられたモグラの一種。細長い顔、とがった口先は、カワネズミに共通しています。水生のトガリネズミあるいは川に棲むモグラの仲間。それがカワネズミなのです。

川(というか清流)に棲む哺乳類といっても、カワウソやビーバーに見られるような「水掻き」は持っていません。そのかわり手足の指の縁に沿って、ブラシ状の白い剛毛が生えています。泳ぐ際、指を大きく広げると、それが水掻き状になって役に立つというわけです。また耳は小さく、耳たぶを倒すとぴったりと耳孔をふさぎ、水の浸入を防ぎます。撥水性に優れた体毛は、先に御紹介したように、水の中で空気を閉じ込める構造となっていますから、冷たい水の中でも体の熱を奪われないよう、巧みな工夫が施されているわけです。美しい銀色は、なにも外見を飾るためではないのですね。

かように水中生活に適した体を持ったカワネズミですが、やはりモグラの一種、その目はとても小さく、せいぜい明るさを感じられるくらいの働きしか持たない、といわれます。獲物が近づいても気づかないこともあり、そんな様子を観ていると、ああ、本当に視力が弱いのだなあ、と思ってしまいます。けれど顔には長いヒゲが生えていまして、それが触覚やアンテナの役割を果たしています。ヒゲに触れた獲物を感知すると、すばやく捕食行動に移るのです。はるか昔、モグラやトガリネズミらと同じように土の中で暮らしていた彼らの祖先が、渓流での生活に適応するよう進化してきたもの。それがきっと今のカワネズミなのでしょう。

決まったルートを巡回

カワネズミのサイズは頭からお尻まで概ね10センチくらい、太めの尾が体とほぼ同じくらいあります。重さは約30グラムほど。本家のモグラ同様、常に動きまわっていてエネルギ−を消費していますので、多量の餌を取る必要があります。おもに夜間に活動しているのですが、昼間にも動いている個体の目撃や捕獲例が多いので、おそらくは昼も夜も活発に動いているものと思われます。せっせと食べて、あとは休息に専念しているのでしょう。半日程度絶食すると、すぐ死んでしまいます。

水生昆虫(カワゲラ、トビケラ、カゲロウなど)、ミミズ、小魚、カエル、サワガニなどを捕まえて食べています。一方では、山あいの養殖場にも頻繁に出没し、自分よりも大きなニジマスやイワナをかすめていくこともあるので、アオサギやイタチ同様に、養魚場では嫌われものです。彼らは隠れ場所と採食場所とを兼ねている岩や倒木などが多く見られる川に棲み、水の流れを利用して暮らしています。流れの縁を泳ぎ、岸辺を走って上流へ向かい、下りは水の流れに身を任せながら降りていきます。

このように紹介すると、いかにも広い範囲を動いているように思われるかも知れません。でも実際のところは個体ごとにナワバリを持っており、その行動範囲は川沿いに約100メートル前後と、きわめて狭いエリアを巡回しているにすぎないという報告もあります。流れの岸に沿って、毎日ほぼだいたい同じルートを通っているともいわれます。獲物を求め、岩の隙間やよどみの底にたまった落ち葉の重なり、淵や岸辺にできた落ち葉や枝の層などで餌探しをしています。そしてタヌキよろしく、概ね決まった場所に糞や尿をして、いわゆる「ため糞」を作るそうですが、残念ながら私はまだそれを目にしたことがありません。

<奥入瀬黄瀬エリアの支流。いかにもカワネズミが出てきそうな雰囲気です>

奥入瀬渓流では、これまで下流から上流域に至る何箇所かで、何度か目視例があります。しかし遭遇率は低く、逢えれば幸運な野生動物です。黄瀬の細流、白銀の流れの細流など、本流以外の支流が観察ポイントです。蔦の森での目撃例もあります。かつて、十和田発電所の北側にある沢筋で観察の機会に恵まれたことがありましたが、巨大な砂防堰堤が出現したことで、その後は姿を見かけなくなりました。たまたま遭遇していないというだけで、実際はいまもひっそりと暮らしているとよいのですが。そうであることを願っています。

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