森の水鳥オシドリ(その一) 森の水鳥オシドリ(その一) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

森の水鳥オシドリ(その一)

鴛鴦(えんおう)=オシドリ

「おしどり夫婦」で有名なオシドリ。おもに北日本で繁殖し、関東以西で越冬する淡水性のカモです。奥入瀬渓流、十和田湖、蔦の森の水辺で、毎年子育てをしている水禽類(カモやガン、ハクチョウの仲間)のひとつで、春から初夏の散策時に目にする機会は少なくありません。奥入瀬渓流なら下流域の川幅の広めのところ、十和田湖畔ならば樹木の多い入江、蔦の森であれば蔦沼や菅沼、長沼などが観察ポイントでしょうか。この界隈のカモ類ではおなじみさんでありましょう。厳冬期に入ると南下してしまうようで姿が見えなくなりますが、春になるとまた戻ってきます。そして雪の降る頃まで暮らします。春の十和田湖では、美しい羽色のオスと一見地味なメス(でもよく見ると和風の美あり)の混じった小さな群れが見られ、やがてペアごとに分散していきます。冒頭の写真は、奥入瀬の紫明渓で毎年見られる仲睦まじいオシドリの夫婦です(6月1日撮影)。

オスの絢爛な羽色はよく知られています。英名はマンダリン・ダック。中国は清朝の高級官吏の正装に見立てられた名称ですが、同じ仲間のアメリカオシドリは、ウッド・ダック(森のカモ)と呼ばれています。オシドリそのものは東アジアの特産種であり、現在ヨーロッパで見られるものは、古い時代に日本から「輸出」されたものであるといわれます。見た目派手ではありますが、案外と和的な要素の濃い鳥なのです。

<美しいオシドリのオス>

漢字名で「鴛鴦(えんおう)」と書かれることも、よく知られています。鴛鴦とは、すなわち雌雄のこと。「鴛」がオス、メスが「鴦」。ただし古名は現在と同じ「オシ」。これは「愛」を表す古語「ヲシ」に由来するといいます。つまりオシドリとは「愛の鳥」を意味する名称だったわけですね。古来、この鳥が「相思相愛の鳥」であるとされてきた理由が、このことからもわかります。ただ、なぜオシドリだけが昔から、ことのほか夫婦仲の良い鳥とされてきたのでしょう。カモのオスの色は概ねいずれも美しく、メスはいたって地味というのが相場です(もちろんそうでないものもいますが)。奥入瀬とその界隈でよく見られる水禽類にしても、ほとんどがそうです。しかしオシドリの場合、オスの美しさがひときわ際立っていることも事実でしょう。誰の目にも、ひと目で雌雄とわかるそのデザインと、いかにも仲むつまじく寄り添いあう雌雄のようすから、「夫婦愛の象徴」になったのでしょう。また、樹洞で子育てをすることから、他のカモ類に較べてペアで寄り添う姿がより目立ったからだろうとする指摘もあります。

<オシドリのペア。左がメス>

「鴛鴦の契り」の真偽

つがいのオシドリのオスを射ると、メスはあやめられた相手を思うあまり、自らの嘴で腹を刺してオスの後を追う……そんな物語があります。『古今著聞集』に代表されますが、同じ内容の噺は日本全国に分布しています。いわゆる「鴛鴦の契り」です。北海道のアイヌ民族にも、この鳥を獲ったならば、必ずその相手も一緒に獲らなければならない、というよく似た伝説が残っています。しかもオシドリを射ると、その後六代に渡って祟るとか。時代と地域を問わず、いかにこの鳥が人びとに愛されてきたのか、いかにこの鳥の雌雄の寄り添いあう姿に人々が夫婦愛を重ねてきたのかがうかがわれます。

近年「鴛鴦の契り」は果たして本当か、という話題は珍しくなくなりました。カモ類のオスは育児をしません。メスが卵を産むと、さあこれでお役御免とばかり、さっさとオス同士で集まり、のんびりと過ごします。また、そこで新たなメス──繁殖しなかった、あるいはそれに失敗したメス──に向かって求愛したりなどしています。できるだけ多くのメスと交わり、我が子を残す確率を高めようとしているのでしょう。こうしたカモ類の繁殖生態は、「鴛鴦」と呼ばれるオシドリでも同じであるとされているのです。

<蔦の森の菅沼で繁殖したオシドリ一家。オスの姿はなく、ヒナの面倒は全て母鳥のみがみます>

オシドリのペアは冬の間に形成され、早春までにペアリングが完成。産卵は春から初夏。産卵後はメスのみが卵を抱き、約ひと月ほどでヒナが孵ります。オスはといえば、メスが産み終えた卵をあたためはじめると、しばらくは巣の近くにおり、メスが採食に出かける時にはそれに付添うという行動をとるものの、換羽(メスに似た地味なデザインの羽に変化します)が始まる頃にはペアリングを解消、オス同士の群れで暮らし、また冬を迎えると雌雄共に別のパートナーとペアを形成して繁殖を行うというサイクルで生活します。そのため1年ごとにパートナーを替えて繁殖する=結婚相手は毎年変わっている、とされ、「一生を添い遂げる夫婦愛に満ちた鳥」というのは、人間側のつくったエピソードといわれているのです。いったいこれのどこが「鴛鴦の契り」なのかということで、巷間でもよく話題になるというわけです。

「通説」の根拠はどこに?

ただし異論もあります。安部直哉『野鳥の名前』(山と渓谷社2008)収録のオシドリの稿には以下のような興味深い一文があります。
『最近のバード・ウオッチャーのなかには「このたとえは誤り。番いの雌雄関係はほかのカモ類と同じで毎年相手がかわる」と、確かな根拠もなく強調する人がいる。/私の推察では、オシドリのうち留鳥性のものでは、渡り性の多くのほかのカモ類に比べて雌雄の結びつきは強いだろう。/雌雄が体をくっつけて休むことが多いのは、オシドリの特徴である』
一年を通じて移動せず、ずっと同じ地域に留まるタイプのオシドリと、季節移動するタイプのオシドリとでは生態が異なるのではないか、という指摘は実に鋭いと思います。

カモ類における、メスの産卵以降の「夫婦解消」については確かなことですが、その後、再びペアが形成される冬に、「それまでとは別の相手とペアリングしている」という現在の「通説」を実証するためには、本当に毎年パートナーを替えているのかどうか、繁殖ペアに標識を付け、その個体を数年間にわたり継続して調査してみる必要があるでしょう。しかし残念ながらオシドリが毎年繁殖パートナーを替えているという説の根拠となる調査報告を見つけることはできませんでした。ペアを解消した翌シーズンは別の相手とペアリングという「通説」が、ただのイメージからくる推察あるいは思い込みであったなら、それは「根拠のない話」と見なされても仕方がないように思います。オシドリの繁殖に関する状況や越冬期における生息状況などについて、そのすべてが明らかにされているわけではありませんから、繁殖後もペアリングを解消しない個体群がいる可能性についても十分考えられるでしょう。

<十和田湖で見つけた秋のオシドリたち>

この指摘を裏付けるような、実に興味深い研究がドイツで実施され、その成果が2018年に報告されています(Mädlow 2018)。その報告によれば「6年間、同じつがいだった例がある」「つがい相手が生きている限り、つがいが解消された証拠は今のところない」とのこと。調査地であるポツダムのオシドリは留鳥でかつ移入種であるため、日本のオシドリとは生態が異なるかもしれませんが、少なくともこれは「鴛鴦の契り」は偽りであるという「通説」を支持しない事例ということになるでしょう(引用先/佐藤望2019 バードリサーチニュース カモ最前線 「オシドリ夫婦」は実話か?)。

確かに、十和田湖のオシドリを見ていると、繁殖期がとうに過ぎた頃であっても、雌雄で寄り添う姿を見ることがあります。その状況・背景についてはよくわかりませんが、単に聞きかじり・読みかじりの知識だけで、生きものの世界のことをすべてわかったようなつもりでガイディングしたりすることは自戒しなくてはなりませんね。

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