季節の流れを先読みしながら計画的に生きている 季節の流れを先読みしながら計画的に生きている ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

季節の流れを先読みしながら計画的に生きている

キブシという樹をご存知でしょうか。漢字では「木五倍子」と書きます。ふつうに読んだら「きごばいし」。これでキブシと読ませるのですから、なんだか名前からしてややこしい感じがします。五倍子とは、ウルシ科のヌルデに寄生するアブラムシの虫瘤(むしこぶ)のこと。時間の経過と共に、だんだん大きくなっていくさまを「五倍の大きさになる」と表現したもの(とされますが、ホントに「5倍」を感じさせるものなんでしょうか)。いずれにしても、これで「ふし」とは読めません。この虫瘤、タンニンを多量に含むことから染料の原料として重宝されたそうですが、キブシの果実はこの五倍子の「代用品」として使われたことから「木五倍子」と呼ばれるようになったといわれます。他の表記に「木附子」「木付子」がありますが、「附子」「付子」はトリカブトの根の生薬を表す字としての方が有名ですので、こっちの代用品でもあったのかと誤解してしまいそうです。どうやら附子は五倍子の別称でもあるらしく、ややこしいですね。おもに「木五倍子」の表記が用いられるのは、そんな混乱を避ける意味合いもあるのでしょうか。釣り鐘型の小さな花がいくつもついた穂状の花を、枝からぶら下がるようにつけるさまを藤の花に見立てた「木藤」、黄緑色の花の色から「黄藤」とする説もあるようで、実物は特に藤の花を連想させるほどのものではないような気もしますけれども、名のいわれとしてはこちらの方がすっきりしていて、腑に落ちやすい。もっとも、これは誤った説なんだそうですが。

<名のいわれとしては「木藤」や「黄藤」の方が似合っている?>

さて、それはともかくキブシ。キブシ科キブシ属。雌雄異株の落葉樹。先述の通り、花は淡黄色の鐘形で、1本の花茎にたくさんの小さな花が付く穂状となり、短冊のように垂れ下がります。雄花は淡黄色、雌花はやや強めの緑色を帯びるともされますが、実際にはどっちもどっちでよくわからないことの方が多いような気がします。日本固有種で、ほぼ全国の山地の明るい場所で生育。先駆植物(パイオニアプランツ)的低木で、荒れ地などにもよく出現するとか。生育環境は幅広く、海岸線から内陸の川沿いまで見られます。あまり大きな樹ではありません。まさに低木です。しかし人の背丈くらいは越すサイズのものは割と目にします。奥入瀬でも陽当たりのよい、明るい環境でよく見かけます。マンサクなどと一緒に、他の木々がまだ葉を開いてさえいない春早くの明るい季節に、いち早く花を咲かせるのです。この時季は当のキブシ自身もまだ葉を伸ばしていません。花の方が、葉より先に咲くのです。淡い萌黄色をした釣鐘型の小さな花が身を寄せ合うようにして居並んだ花穂が鈴なりになって垂れ下がるようすは、いかにも春らしいながめです。そのひとつひとつは、なんだか若い娘さんのかんざしのよう。華やかで、にぎやかな雰囲気。それでいながら、上品で楚々とした美しさ。そばを通っても、注意していないとついうっかり見逃してしまうような、どこかひっそりとした印象もあります。まわりの木々が新しい葉を開く頃には、早くも花のさかりは終わり。やがて雌花は黄緑色のまるい果実をつけます。たわわに実り、秋までぶらさがっているのですが、ごく地味な色あいのせいなのか、目立ちません。春の花期をすぎてしまうと、この木は存在すら忘れられてしまいがち。特になんということのない、ちょっと桜に似た感じの葉っぱをつけているだけ。秋にはいちおう紅葉したりもするのですが、なんとなくくすんだ色あいで、やっぱりあまりぱっとしません。

<キブシの実。9月撮影>

そんなキブシの冬の姿を目にしました。裸木です。赤っぽい枝をしています。若い枝なのでしょうか。すぐにはピンときませんでした。はじめのうちは、なんだか変わった形をした枝ぶりの木だなあ、と思っていただけです。透き通った冬の青空のもと、ややしばらく眺めていて、やがてアア、と気づきました。あれこれキブシじゃないか。枝先に、細い穂状の花茎を、髭のように垂れ下げているのです。まさしくキブシです。でもすっかり忘れていたのです。春の花の姿しか、ちゃんと意識したことがなかったので、その冬装束は、まるでドライフラワーのような印象でした。花のかたまりがそのまま枯れて枝先にぶらさがっている……そんなイメージです。でも考えてみれば、春まっさきに咲く花が、いつまでも残っているわけもないような。花がついていたとおぼしきところに見える、節くれだったようなふくらみ。コレはなんだろう……しげしげと眺めてみれば、なんとそれは花芽だったのでした。「かが」とか「はなめ」とかと読まれるそれは、やがてつぼみになり、花になる芽です。なんと枯れ花どころか、これから咲こう、咲きましょうという、花の予備軍だったというわけです。花の赤ちゃん、といってもよいかも知れません。

でも、そんなキブシの花芽がいつできたのかというと、実は夏の終わりの頃なのです。ちゃんと姿を見せていたはずなのです。けれどやっぱり地味なので、緑の季節にはぜんぜん目立たなかったのでした。もとい、気づくことがなかったのでした。よおく見てみないと、目にも入りません。夏のうちに花芽をつくり、それからしばらくのあいだは、ただ静かに眠っているのです。秋を過ぎ、冬を越し、そして春の訪れと共にほころびます。春の目覚めが早いから、準備もひときわ早いのでしょうか。フトそんなふうに思ってみたくもなってしまいます。ところが実際には、そのほかの多くの樹木が、花芽をしっかり夏のうちに拵えているのです。季節の流れを、いつもちゃんと「先読み」しながら、実に計画的に生きているんですね。寒い寒い冬の森の散策で、いち早く気持ちだけはぽかぽかしてきそうな、小さな「春の気配」を見つけてしまったのでした。ちょっとした収穫でした。冷え込みはこれからが本番を迎えるわけなんですが、こんな視点で森を見ていけば、季節の感じられ方にも、ちょっと深みが出そうです。

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