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侘び寂びを感じさせる冬の森の飾りもの

冬枯れのブナの森で山繭(やままゆ)を見つけました。ヤママユガ(山繭蛾)と呼ばれる、大形の蛾の一種がこしらえた繭です。ヤママユガは、日本在来の代表的な野蚕(やさん)で、天蚕(テンサン)ともいいます。野蚕というのは、家蚕(かさん)に対する言葉。絹糸を生成する野生の蛾のことです。いわば天然の蚕(かいこ)です。

チョウ目ヤママユガ科に分類されるヤママユガは、北海道から九州の森に棲んでいます。学名は Antheraea yamamai で、最後の「ヤママイ」とは「ヤママユ」のラテン語読みです。つまり世界各国共通の名称である学名に、日本の標準和名がそのまま使われているというわけです。

幼虫は春から初夏に現れ、夏から秋に蛹(さなぎ)になります。その時に蛹を保護するための繭を作るのですが、できたてのそれは緑陰にまぎれ、目にする機会はなかなかありません。木々が裸になって、はじめて「あ」という感じで、ようやくその存在に気づくというパターンが多いのです。葉の繁る季節にはほとんど目につかなかったものが、突然のように姿を見せてくれる。それが冬のよいところです。もっとも、ただ単に注意力不足を突きつけられているだけ、というような気もしますけれども。

枯れた森でヤママユガの繭を目にするたび、中ではヤママユガの卵だか幼虫だか、あるいは蛹だかが、じっと冬越しをしているのだろうなあ、と、ずっとそんなふうに思ってきました。寒空のもと、裸木からぶら下がる繭は、ぽやぽやとして、とってもやわらかそうなのです。見るからにあったかい、シェルターのような印象すらありました。ところがある時、それが「もぬけのから」なのだ、ということを知りました。がーん。ヤママユガは、「繭」ではなく「卵」の状態で寒さをしのぎ、春を待つ昆虫だったのです。

卵で冬を越すわけですから、この季節に見つかる繭は、幼虫が出た後のものか、あるいは繭の中で、蛹のまま死んでしまった(羽化に失敗した)もの、というわけです。よく見ると、繭の上の方がふわふわ毛ばだっているのがわかります。それは成虫が繭を抜け出た跡なのです。ときどき、地面に落ちた繭を拾うことがあります。ぽっかりと、大きな穴があいています。

では、ヤママユガの「卵」は、いったいどこで冬を越しているのでしょうか。 実は、幼虫の食樹であるブナ科の樹木の「小枝」に産みつけられているのです。卵は、春の新緑を待って孵(かえ)ります。出てきた幼虫は旺盛な食欲で、生まれてから即座に、その場で葉(=餌)を食べはじめますから、すぐにごはんにありつけるようにとの親の思い(あるいは作戦)で食草の小枝に産み付けられるのでしょう。

幼虫(イモムシの姿)は成虫(蛾の姿)になるまでに、なんと4回ほど脱皮し、2ヶ月ほど経つと、蛹になるための準備として繭をつくりはじめます。それから1週間ほどで蛹になるのです。成虫が羽化するのは8月から9月にかけて。大きくて、とっても見事な蛾です。その後、相方を見つけ、交尾をすませたメスの成虫は森で産卵、そこでその生を終えるのです。

ヤママユガは鮮やかな緑色をした繭をつくるのですが、どういうわけか、目にするものはいつも色あせた繭ばかり。薄いクリーム色だったり、薄黄色のものであったり。たまに、やや緑がかった薄茶のものを見かけることもありますが。空繭ゆえに、色あせたものばかりなのかなあ、と思っていました。ところが、どうもそのせいばかりでもないらしい。野生の山繭というのは、そもそも色がまちまちだったのです。なんとまあ。ならばそのうちきっと、目を瞠(みは)るほどに綺麗な、緑色の繭を観賞できる機会もあるでしょう。あまり過剰な期待は持たず、その出逢いの時を静かに待ちたいと思います。でも私は、冬の森でよく目にする、あわいクリーム色の山繭も、結構好きなのです。あまり派手な色あいは、冬枯れの季節にはあまりそぐわないような気もするのです。ひかえめな彩りの方が、なんとなく安心できるような。いたって地味なぬけがらがゆらゆら風に揺られているさまは、なんだか季節の侘び寂びを感じさせてくれる、ちょっとシブい森の飾りもの、という感じがするのです。

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