不思議な名を持つ麗しき渓流のカモ(その一) 不思議な名を持つ麗しき渓流のカモ(その一) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

不思議な名を持つ麗しき渓流のカモ(その一)

「しのり」ってどういう意味?

深みのある濃い藍色に赤栗色。鮮やかな顔の白紋。シノリガモの美しさは群を抜いています。奥入瀬の森と水と共に生きる、このたいへん美しい水鳥は、春から初夏にかけ渓流に姿を見せます。そして盛夏を迎える前には、生まれたヒナをたちと共に、いずこへともなく去っていく、ちょっとナゾめいたカモ類です。

シノリガモ——ちょっと変わった名前です。そもそもシノリとは、いったいどういう意味なのでしょう。初めて聞く言葉です。さっそく、このカモの漢字名を調べてみました。すると「晨鴨」とあります。しかし「晨」という字の読み方は「シン」「ジン」もしくは「あした」であり、漢和辞典等にも、特に「しのり」と読ませる用例は見当たりませんでした。アテ字だったとしても、そもそも「しのり」って、どういう意味なのでしょうか。

かれこれ15年くらい前のことになります。ネットで「しのり」という言葉を検索してみました。すると、どこかの何かのページに「山形地方の方言で日和(ひより)のこと」とあったのを見つけました。その時は「へえ、そうなのか」と、特にウラをとるということもなく、そのままそれがシノリガモの名称の由来なんだろうと安易に認識してしまいました。その後、それがはたして本当なのかどうか、改めて確認してみようと思い再検索してみたところ、どういうわけかまったくヒットしませんでした(現在も同様)。というわけで、その真偽はいまもって不明なのですが、シノリガモが「日和鴨」という異名(もしくは方言名)を持つということは、既存の資料を見る限りにおいてはどこにも見当たりません。そもそも「日和の鴨」って、どういう意味なのかわかりませんし。まさか「日和見するカモ」ってことはないでしょうし(笑)。まあそんな冗談はともかく、どうもシノリガモの名称の由来については、その筋においてもいまひとつ判然としないようで、どの本を開いても、いずれも歯切れの悪い解説ばかりです。ネット上では「しのり」とは夜明けの空を意味する古語、なんて、もっともらしい解説も散見するのですが、そんな「古語」はないんじゃないかと思います。

面白いのは、体の白斑のデザインが「しのり」と綴られているように見えるから、という「説」。もちろんこれは「説」に値するようなものでもなんでもなく(専門家はこういうことをいいません)単に愛鳥家たちの間で交わされているジョークです。とはいえ、そういう心づもりでシノリガモの(オスの)姿を見てみても、アアなるほどそういうことね、と納得させられたことはありません。きっと見る角度とか奇抜な発想による着眼などが必要なのでしょう。野外観察に裏打ちされた、卓越したユーモアなのだろうと思います。先達たちのこうしたセンスには「さすが」と感心させられます(ここにあげた写真でも、ぜんぜんそんなふうには見えないと思いますが)。

漢和辞典で「晨」の字義を調べてみると「太陽が奮い立って昇る朝」とあります。ゆえに「晨」の字は「あした」とも読まれるわけです。ここまできてようやく、ははーん、と思いあたります。シノリガモの顔には、良く目立つ丸い白斑があるのです。おそらくは、それを「日の出の太陽」に見立てたがゆえに「晨」なのであろう、と。雌雄ともに、この鳥の顔の白紋は実に際立っています。ただ、これでは漢字名の意味が判明しただけなのであって、どうして「シン鴨」が「シノリ鴨」と呼ばれるようになったのか、その経緯は相変わらず不明です。

「晨」の字義的な解釈には、別の見解もあります。「晨」とは中国で「星」を示す言葉です。具体的には、二十八宿の東方第四宿である房星(そいぼし)のことで、蠍(さそり)座の頭部にあたる四つの星からなる星座を指します。つまりシノリガモの白斑を星座に見立てたもの、という解釈です(『野鳥の名前』安部直哉2019)。全身の濃い藍色が、夜明け前の空を表している、ともいわれます。なるほど。また異説として「晨」とは「日の出前の濃藍色を指す言葉」ともされます。ほうほう、さらになるほどです。夜明け前の空に浮かぶ星座。うーむ、いいですね。しかしこれらもまた、「晨」の字義からくる解釈どまりで、<しのり>の解釈にはなっていません。

<奥入瀬渓流のシノリガモ。手前がオス、後がメス。馬門橋上流付近にて>

旧名「沖の褰帳」説

実は「しのりがも」という名称は、それほど古いものではないともされています。『図説鳥名の由来辞典』(菅原浩・柿澤亮三2005)によれば、この鳥が文献上で認識されるようになったのは江戸時代中期のこと。それまでは「をきのけんてう」と呼ばれていたといいます。天保2年(1831)頃、江戸幕府の若年寄を務めた堀田正敦(1755-1832)が編集した『観文禽譜』に、現代の鳥類学の知見を加えて解説した『江戸鳥類大図鑑』(鈴木道男2006)に収録されているシノリガモの項では、この古名で紹介されています。図は二つあり、原文には「オキノケン鳥」「おきのけん鳥」と記されているとのこと。「けんてう」の「てう」が「ちょう」すなわち「鳥」と表されています。「けん鳥」とは、なんでしょうか。玄鳥(げんちょう)といえば、ツバメのこと。でも<けん鳥>は出てきません。この「けん」がよくわからなかったのですが、先の菅原・柿澤辞典によれば、これは褰帳(けんちょう)を意味するものではないか、とあります。

褰帳とは、即位礼や朝賀の際、高御座(たかみくら)の御帳台(みちょうだい)を褰(かか)げ開くこと、または、その役を行う女官(褰帳命婦)のこと。でも「けんてう」が「褰帳」の意であるならば、堀田正敦はなぜ「~ケン(けん)鳥」と記したのでしょう。なんだか釈然としません。案外と、この時代の人にとっても「けんちょう=褰帳」の意が曖昧になっていて、単純に「てう(ちょう)」に「鳥」の字をあてただけなのかもしれません。あるいは「帳」と「鳥」は同音だから、テキトーに(ノリで)「鳥」と付しておいたのでしょうか。まあ、案外そんなものなのかもしれないな、という気もします。

文化鳥類学に明るい八戸在住のネイチャーガイド関下斉氏によれば、シノリガモの名称とは、まさにこの「褰帳」に基づいているとのこと。海上のシノリガモの紺と紅の配色を「夜明け前の空の色」に見立て、そこから宮廷行事をつかさどる女官の服装になぞらえたことから「沖の褰帳」という名が与えられた、と解釈されています。たとえば「四方拝」という元旦の宮中祭祀。これは天皇が宮中の庭で天地四方の神を拝し、年災消滅、五穀豊穣を祈る儀式ですが、これが行われるのはまさに夜明け前。この「四方拝」は宮中だけではなく、広く一般でも行われていたということから、この行事(および褰帳)の知名度は低くはなかった。ここからシノリガモに夜明け前の空を表す「晨」という字があてられたのであろうと推考されています。

教養のない筆者には、いきなり「褰帳」などと言われましても、あまりピンときませんでしたので、さっそく褰帳および褰帳命婦、そして高御座、御帳台などがどんなものなのかを調べてみました。なるほど、と思い至らされる点がありました。御帳台の色です。まさに紺と紅ではありませんか。そして古代女官の服装にも、同じ配色のものがありました。これはまさしくシノリガモに通じる配色です。紺と紅の組み合わせというのは「高貴なもの」を示す配色なのでしょうか。それにしても、沖合の海上に漂う水禽の色彩から、宮中の御帳台を連想する想像力と、そこから「褰帳」と命名するセンスには、もはや嘆息するしかありません。沖合海上を雄飛するアホウドリを「沖の大夫」と呼んだ人びとよりもはるかに文学的というか、貴族的なセンスを感じます。

<高御座と御帳台>
<古代宮中女官の服装>
<シノリガモのオスの紺色と紅の配色>

こうして、はからずも「おきのけんてう」の意味はよく理解できました。また「晨」の字は、「太陽が奮い立って昇る朝」というよりは、むしろ「夜明け前」をイメージしているものだということも、よくわかりました。それでも、なぜ「しのり」と呼ばれるようになったのかという点については相変わらず不明なままです。しかも「おきのけんてう」という、かくも立派な名称が、江戸後期になってどうして「しのりがも」に変わってしまったのか。そんな新たなギモンまで出てきてしまいました。「シン」もしくは「あした」と読むのが普通の「晨」の字が「しのりがも」の漢名としてあてられているのは、この「しのり」という言葉が「夜明け」を意味するからに違いありません。いったい、「しのり」とはなんなのか。結局のところ、なにもわからないままなのです。

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