ブナの森に潜む高貴なるタカ(その1) ブナの森に潜む高貴なるタカ(その1) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

ブナの森に潜む高貴なるタカ(その1)

能あるタカは

奥入瀬渓谷の上空で、一羽のクマタカがハシブトカラスの群れに追いかけられていました。カラスの方は数羽ほどの小さな群れでしたが、自分たちより大きなクマタカに、執拗にちょっかいをかけています。

わりとよく見る光景です。カラスは(特にハシブトガラスは)タカ類と見ると、すぐにこうして追いかけまわすのです。もちろん本気の「タイマン」ともなれば、カラスはすぐクマタカに負けてしまうでしょう。しかしよほどのことがなければ、タカはカラスを相手にしません。

そこがわかっているからこそ、カラスたちはからかい半分に手を出してくるのです(正しくは「手」ではなくてクチバシとか脚ですけれど)。なんだか見ていてあまり気持ちの良いものではありませんけれど、もしかしたら、こういうところから「能ある鷹は~」といわれるようになったのかもしれません。

カラスに追われるクマタカ(円内)

「そのう」のふくらみが示すこと

「そのう」のふくらみがわかる

クマタカの胸のあたりが大きくふくらんでいます。これは「そのう」と呼ばれる部分です。食道(消化管)の一部が変化した器官で、ここがふくらんでいるということは、このクマタカが餌を食べたばかりだということがわかります。「そのう」は、丸呑みにした獲物を一時的に蓄え、少しずつ胃に送る役割を果たしているのです。成鳥では、ここに250グラム以上の肉を収めることができるといわれています。

このクマタカは、おそらくちょっと前に、運よくハンティング(狩り)に成功し、つい先ほどまでご機嫌に獲物を賞味していたのでしょう。満腹になって、きっといい気分で飛び上がったところへ、今度は運悪く、「空のヤクザもの」たちに見つかって、からまれてしまったのでしょう。

各種の鳥類や哺乳類、そして爬虫類など、森の生きものを広く捕食することで知られるクマタカですが、さて、この個体はこうして空に舞い上がる直前まで、いったい何に舌鼓を打っていたのでしょうか。クマタカは「熊鷹」あるいは「角鷹」と書かれます。

「熊」の字は、森に棲む大形で屈強な猛禽類であることを示しています。実際、クマタカはウサギやヤマドリといった大型の鳥獣を捕らえます。その猛々しい姿を「熊」になぞらえられたのも納得です。獲物に襲いかかるクマタカの躍動は迫力満点で、地上へ強引にねじ伏せ、荒々しく肉を喰らうさまは、まさに猛獣的。奥入瀬ではウサギのほかテン、ムササビ、リス、ヘビなどが餌動物となっています。

捕えたリスをつかんで飛ぶ成鳥(画像解析で判明)撮影・木村育子

高貴で優雅な存在

一方の「角」という字は、このタカの後頭部にある冠羽(かんう)と呼ばれる、角ばった羽毛のことを示しています。クマタカの冠羽は、樹上に静止している時などにまれに見られるもので、たいていは寝かされており、なかなか認識することがかなわないものではありますが、この羽毛を逆立たせている時は、どこか高貴な印象があります。

そして、森の上空を舞っている姿の、そのなんと優雅なこと。黒と白を基調とした端整な羽の模様の、なんと見事なことでしょう。逆光で羽が透け、黒い紋がくっきりと浮かび上がるあたり、意匠を凝らした自然の芸術そのものです。

そのくせ、野武士のように勇壮で、きりりとした精悍な面構え。これも大きな魅力のひとつ。野生の逞しさと高貴さをあわせもったこの鳥は、いにしえの時代より人びとの心を魅了してきました。位ある武士は、クマタカの羽を矢羽として重用してきましたし、東北では「鷹使い」による鷹狩り用の鷹として、大切に扱われてきました。

現代においても、美しく力強いクマタカは、自然愛好家たちの憧れでありましょう。しかも滅多に見られないという鳥であるとのイメージが、さらにこの鳥に神秘性を付与してきたのです。

まるで森の忍者

人里はなれた深山幽谷に生きる神秘的な鳥としてのイメージ、そして僅少な特殊鳥類という現実的な位置付けから、かつてクマタカは「幻の鳥」という印象のことのほか強い存在でした。しかし近年になって、これまで考えられてきたような「遠い存在」でもないということが、次第にわかってきました。人口の集中している平野部などをのぞけば、いわゆる「裏山」と呼ばれる、人の生活圏に隣接した森でも子育てをしている地域もあるのです。

クマタカ、イコール「絶滅危惧種」。ゼツメツという言葉が、まるで枕詞のように付随して語られる存在でもあったのです。実態とは、いささか異なっているようです。食物連鎖の上位種である猛禽類は、もとより数の少ない存在ですが、たとえばイヌワシのように、全国の主要な繁殖地がほぼ掌握され、長期にわたる調査によって、その生存の危機的状況が証されている種もあります。

クマタカについては、地方ごとの生息状況や生態など、いまだ知られざる部分がたくさんあります。おそらくはクマタカが、狩りの際には森の一部になったかのように何時間も動かず、また移動する際には森の中を潜行し空へ舞い上がることの少ない、まるで忍者のような鳥であるため、なかなか人目につきにくい、ということも影響しているのでしょう。「見えない」存在であるがゆえに「少ない」存在なのだろうといった印象的な判断に、高貴な鳥という神秘性も加わって、クマタカの「本来の姿」もまた見えにくくなっていたのかもしれません。

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