ブナの幹の「模様」は生きものである(その二) ブナの幹の「模様」は生きものである(その二) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

ブナの幹の「模様」は生きものである(その二)

引き続き、ブナの樹幹に見られる「模様」こと地衣類のおはなしを続けます。地衣類は、その外形によって大きく3つのタイプに分けられています。

    ➊ 葉状(ようじょう)
    ➋ 樹枝(じゅじょう)
    ❸ 痂状(かじょう)

<ブナ林を代表する葉状地衣類のひとつカブトゴケの仲間>

上の写真はブナ林を代表する葉状地衣のひとつ、カブトゴケの仲間です。このタイプは「葉状地衣類」と呼ばれます。見た目の第一印象は「緑色をしたコケ」ですね。でもさわってみると薄い紙状で、ぺらぺらした印象があります。表と裏の区別がはっきりしていて、裏面のを見ると仮根(かこん)とか偽根(ぎこん)と呼ばれる、ヒゲ状の根に似た器官で、着生先(基物といいます)にゆるくくっついているのがわかります。引っ張るとすぐに取れます。内部構造は上皮の層、藻の層、髄の層、下皮の層の4層に分かれていて、髄の層の部分に菌糸があります。藻と菌を、上皮と下皮でサンドイッチにしているような感じです。

<全体に白い葉状地衣類カラクサゴケの仲間か?>

こちらも「葉状タイプ」の地衣類です。でも緑色をしていません。このタイプもよく見かけます。ウメノキゴケと呼ばれる仲間が代表ですが、実際にはとても種類が多く、きちんとした分類・識別となりますと、シロートにはちょっと荷が重くなります。少なくとも写真の印象だけではなかなか判断がつきません。さて、これウメノキゴケ科ウメノキゴケ属のカラクサゴケの1種でしょうか?

<基物から槍のように立ち上がる樹状地衣類。ハナゴケ科の一種か?>

一方「樹状地衣類」は地衣体が枝状に分岐しています。基物から立ち上がったり、垂れ下がったりしているのが特徴。よく知られているサルオガセなどは、この仲間です。ブナの森の「食べられる地衣類」として知られるバンダイキノリなども、このタイプに属します。写真は奥入瀬渓流沿いの岩の上に着生していたもので、ハナゴケ科の1種と思われます。コンパクトデジカメのマクロモードで拡大してみると、なかなか面白いデザインをしていることがわかります。

<モジゴケの一種。象形文字を想わせる黒い子器が特徴>

上の写真はモジゴケ科モジゴケ属の一種です。痂状(かじょう)地衣類あるいは固着地衣とも呼ばれるタイプ。前回(第46回)の写真も、同じく痂状地衣類のはりついたブナの幹です(おそらくチャシブゴケ科かトリハダゴケ科の1種であると思います)。木の幹や岩肌にべったりと張り付いてるため、まるで元来の模様のように見えるものです。地衣体が非常に薄いため、そのように見えるのですね。このタイプは皮層が発達しておらず、髄層の中の菌糸が、基物である樹皮内や岩石中に「入り込む」ことで付着しています。痂状の「痂」は「かさぶた」を意味するものですが、樹皮に食い込むとは、なんとなく刺青を思わせる着生の仕方ですね。

さてモジゴケの仲間は、その名の通り「文字」を描いたようなデザインが特徴です(「文字」というよりは、むしろ「象形文字」ですが)。この文字のように見える部分は、地衣体の上にできる皿状の器官で子器(しき)と呼ばれる生殖器官です。ここに菌類の胞子がつくられます。

地衣類の繁殖は、胞子で増えていく方法と、地衣体の表面に粉状の塊(粉芽)や小さな突起(裂芽)をつくり、そこからクローン=無性生殖で増えていく方法とがあります。粉芽(ふんが)は、菌糸と藻類細胞とがからまりあったもの。名の通り粉状をなしていて、風などで飛散していきます。裂芽は、分離して新しい地衣体をつくっていきます。

雨水を集め集約しやすい、両手を挙げて広げたような樹形。樹幹流がはしりやすく、樹皮の剥がれ落ちない、すべすべした幹──ブナに地衣類が多く見られる要因は、こうしたブナという樹の性質によるところが大きいのでしょう。

八甲田山麓の広大なブナの森の、そのほとんどすべての樹に、見渡す限りの白い樹肌に、地衣という菌類と藻類の共生体が付着し、樹と共に生きているのですから、ダブル共生、とでもいうべきでしょうか。この事実には、なんともはや、驚愕せざるを得ません。森とは、まさしく生命の坩堝(るつぼ)なのです。

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