ブナの幹の「模様」は生きものである(その一) ブナの幹の「模様」は生きものである(その一) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

ブナの幹の「模様」は生きものである(その一)

ブナの幹の「模様」を観る

ブナの森に魅せられるようになって最初に驚いたことのひとつ。それは、あの美しい幹の模様がブナ本来のものではない、ということでした。白っぽい樹皮につけられた、モザイク状の独特のデザイン。美しいです。同じもののひとつとしてない、とてもユニークなものです。ところがブナの樹皮というものは、本来はあのような模様ではない、というのです。ブナの樹肌の感じがことのほか好きだった私は、そりゃいったいどういうことかいな?と首を傾げてしまいました。

ブナの幹には、たくさんのコケが着生しているものがあります。黒っぽくて、ふさふさしたそれは、ブナの樹の白い肌によく映えます。細面の女性的な印象に、ちょっと野性味を加えたような感じで、味があります。ただ、それはあくまで「付着したもの」であることがすぐに見てとれます。見た目にも、すぐにわかることです。いわばブナの貴婦人が身にまとったショールみたいなものでしょうか。ところがそれ以前に、ブナの樹皮は既に「あるもの」を身にまとっているというのです。

<ブナの樹幹を覆い尽くすように着生するコケ=蘚苔類>

ブナのもともとの樹皮は、灰白色ベースの単色であるといいます。きわだって目立つような模様は、実際にはほとんど持ちません。ならば、あの「地肌」のように見えるモザイク紋様は何なのでしょうか。実は「地衣」と呼ばれる生きものたちなのです。これは「ちい」と読みます。この地衣類が幹全体を覆っているために、ブナの地肌は見えないというわけです。そして地衣類をまとっている姿の方が、普通といってもよいのです。

かつて山形で、なぜか地衣類の固着が非常に少ないブナの森を歩いたことがありました。その時はかなりの違和感を覚えたものです。ブナではなく、別の樹の森を歩いているようにさえ思いました。地衣とブナの結びつきは、やはりイメージ的にも相当に深いものなのです。

「農業」をする菌類

地衣類には灰白色から緑色まで、とても多くの種類があります。地衣という字は「地の衣」と書きますが、ブナの森を歩いていると、木の幹そして岩の上などで見る機会の方が、ほとんどです。安定した物体の上になら、どこにでも生えるともいわれますが、1年にわずか3ミリほどしか生長しないゆったりペースなので、貼り付く相手(基物)が不安定だと、生きていくのが難しくなるのでしょう。

さて、ではこの地衣類とは、いったいナニモノなのでしょうか。コケのように見えるものもあれば、カビのように見えるものもあります。硬くて、乾いていて、限りなく平べったくて、コケにもカビにも見えないもの。地衣という生きものは、実は菌類と藻類との「共生体」と呼ばれる存在です。必ず藻類(=植物)と共に生きている菌類。藻類と共生することによって「地衣体」 という特殊な「体」を持った、特殊な菌類です。

このように、ブナの樹皮に張り付いている「地衣体」は、菌と藻によって構成されている不思議な存在であるわけですが、彼らはもともとぜんぜん別の生きものです。にも関わらず、どうして共に暮らしているのでしょうか。その進化の過程は、もちろん人間にわかろうはずはないのですが、その生態については古くから調べられています。主役である菌は、藻に安定した「住み家」と、大気中から得た水分や無機物などを与えることで、見返りに藻が光合成で作った栄養を得て生活をしています。菌が大家で、藻が家賃を払っている間借り人みたいなものでしょうか。

よく「菌と藻は互いに助けあって生きている」といわれますが(それゆえに共生といわれるわけですが)、実際には「助けあう」というよりも、菌類が藻類を「利用している」といった方が的確な表現であるような気もします。また、この関係を人間と農作物になぞらえて、地衣類における共生菌を「農業をする菌類」と表現されることもあります。いずれにせよ、地衣体における菌類と藻類の関係は密接です。

地衣類の特徴

カブトゴケ、ウメノキゴケ、カラクサゴケ、ゲジゲジゴケ、モジゴケ……これらはすべて地衣類の名称です。ぜんぶ名称に「コケ」と付いていますね。このように多くの地衣類が「〜ゴケ」と呼ばれるため、いわゆる蘚苔類である「コケ」とごっちゃになりがちです。コケとは漢字で「苔」と書かれますが、その昔は「木毛」でした。木に生えている毛のようなもの──なかなか良いネーミングです。「苔」がコケ類(蘚苔類)を指すものであるとすれば、「木毛」は地衣類も含めた「もしゃもしゃしたもの」の総称でしょう。それはともかく、地衣類と蘚苔類そして菌類、それぞれの区別はやっかいです。どれも魅力的なものたちですが、その相違点を以下に簡単にまとめてみましょう。

<蘚苔類(コケ類)の特徴>

◎植物です
◎茎と葉の区別があるものがほとんど
◎緑色
◎主に胞子で増えます

<地衣類の特徴>

◎菌類+植物
◎茎と葉の区別はありません
◎灰色や緑、橙色などいろいろです
◎胞子のほか粉芽や裂芽などでも増えます

<菌類の特徴>

◎菌界に属する生物です
◎茎も葉もありません
◎色彩は多様です
◎胞子で増えます

こうした特徴を目安として、実際に「木毛」を観察してみましょう。「ハテこれは何かな?」と、しげしげ見つめてみると、きっといろいろと面白い発見があると思います。

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