ヒキガエルの毒を利用するヤマカガシ ヒキガエルの毒を利用するヤマカガシ ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

ヒキガエルの毒を利用するヤマカガシ

日本産のポピュラーなヘビ

アオダイショウ、シマヘビ、マムシ、そしてヤマカガシ。これらは日本産のポピュラーなヘビといってよいでしょう。奥入瀬ではこの4種が生息していますが(そのほかジムグリの姿も見かけます)マムシには遭遇する機会がほとんどありません。実際、「いる」という話を聞きはするものの、私自身、ちゃんと生息を確認できたことがないのです。一方で、ヤマカガシには比較的よく出逢います。遊歩道で「マムシだ、マムシが出た!」とビジターの方や地元の方がたが騒いでいるところにいきあい、どれどれと覗いてみると、それが背に赤と黒の特有のまだら模様のあるヤマカガシだった(あるいはアオダイショウの幼蛇だった←よく似てます)というケースは、よくあることです。「あの〜、これ、マムシじゃないですよ」そう申し上げてみても、「イヤ、こんな毒々しい色のヘビが、マムシでないわけがない」と、そう言い張る人もいて、こうなると、もはやそこで話は終わりです。苦笑するしかありません。

<遊歩道沿いで出逢ったヤマカガシ。脅かさないようそおっと近寄って、正面顔を撮ることができました。蛇ぎらいの人にはおぞましい?>

毒蛇としての認識は比較的最近のこと

昔、このヤマカガシをモチーフにした小説だったか漫画だったかを読んだことがありました。ストーリーを断片的に覚えているだけなのですが、ふだんはたいそう穏やかで、攻撃的なところのまったくない人が、いったん怒ると、一転しておそろしい毒をもって攻撃してくる……それをヤマカガシになぞらえた、というようなものだったように記憶しています。それまで、私はヤマカガシが毒蛇であるとは知りませんでした。私が子供の頃の動物図鑑には、たいていヤマカガシは「無毒」と書かれていたのではなかったかしら。実は、このヘビが毒蛇だと判明したのは、いまから約50年ほど前(1974年)のことでした。比較的最近のことなのです。

攻撃性があまりないことから、このヘビに咬まれる事故は少なく、長いあいだヤマカガシは無毒のヘビと考えられてきたのです。ところが1970年代に咬傷による死亡事故がおき、以来、毒蛇として認識されるようになったのです。上顎の奥歯が、出血毒のある毒腺とつながっていて、そこから毒液が注入される、と説明されたものもあれば、毒は奥歯の根元から浸出させるのだという説明もあります。いずれにせよ、このヘビに咬まれると出血、のちに嘔吐・発熱、さらに歯根から出血、下血、脳血管出血を起こすことがあり、そうなると死に至ります。ところが本種の血清が設置されている機関はほとんどありません。なぜなら、このヘビの「奥歯」で咬まれるケースは非常にまれなためで、咬まれても毒の注入にまではまず至らない、と考えられているからでしょう。

基本的に里地・里山に棲むヘビは性格がおだやかといわれます。不用意に踏んだり、つかんだり、ちょっかいをかけたりしなければ、向こうからわざわざ攻撃しにやってくるようなヘビはあまりいないでしょう。でなければ、野良仕事や山仕事の人は、昔からしょっちゅうヘビに咬まれていなければなりません。もちろん例外はあるようで、怒ったヤマカガシから執拗にあとを追いかけられた、というオッカナイ話もあるようですが。

コブラのような攻撃態勢

ヤマカガシは、奥歯のほか、首の後の皮下にある毒腺からも毒を出します。外敵に遭遇すると後頚部を膨張させ、鱗の隙間から毒液を分泌・噴出するという荒技を見せるのです。噴射は外敵の目を狙っている、といわれます。敵の目に炎症を起こさせ、相手からの攻撃から免れようとする先制行動。まさに目潰し攻撃。そのためヤマカガシは敵に追い詰められ、強く興奮をすると、首の後を大きく横に広げて、威嚇+攻撃姿勢をとるのです。その姿は、毒蛇の代表格であるコブラの姿を彷彿とさせます。ただしコブラの威嚇+攻撃スタイルは「寄らば、咬む!」という意味ですが、ヤマカガシの場合は「寄らば、飛ばす!」なのです。

<これ以上、わが身に寄らば毒を飛ばすぞ!というヤマカガシの威嚇+攻撃態勢>

初めてヤマカガシのこの攻撃態勢を目にした時は、ただ単に自分を大きく見せようとするだけの威嚇行動なのだろうと思っていました。よもや「毒腺を噴出する」という警告であったとは思いもよらないことでした。道理で、近寄れば近寄るほど、ことごとく拡張した背中をことさら強調して向けてきます。しかしながらアサッテの方向を向きながら相手を脅かしているのですから、いまひとつ迫力に欠け、どことなくユーモラスであったりもするのです。それで離れるどころか少しずつ近寄って観察などしていたわけですが、もちろんこんなことはお勧めしません。もし毒液が目に入れば、10日は視力が回復しないといわれています。

ヒキガエルの毒を利用する

興味深いのは、このヤマカガシの首から分泌される毒とは、実は餌として捕食したヒキガエルの毒成分を体内へ貯蔵し、それを自らの毒として利用している、ということでした。ヤマカガシがヒキガエルを好んで食べることは知られていましたが、それはヒキガエルの毒に対する耐性を持っているがゆえと考えられてきました。しかしそれだけではなかったのです。ヤマカガシは食の対象だけでなく「毒液精製」のためにもヒキガエルを捕え、その原料をせっせと体に貯め込んでいたのです。なのでヒキガエルのいない地域のヤマカガシはこの毒を持ちません。しかし毒を持たないヤマカガシにヒキガエルを食べさせると、その後は毒を持つことが知られています。無毒の親から生まれた仔も、ヒキガエルを食べると、やはりちゃんと毒を持つようになるのです。

<奥入瀬の森の水たまりへ交尾・産卵行動のため集まってきたヒキガエルたち>

ヤマカガシとヒキガエル。奥入瀬ではどちらもおなじみの爬虫類と両生類です。ヤマカガシが「毒蛇」であるということは、その生息地はヒキガエルの豊かな環境であることを象徴している—と、あるいはいってよいのかもしれません。ヤマカガシは、ふつう里山沿いの水田などで見かけるヘビです。田んぼの畦などを這っているところに、よく、いきあいます。むしろ山中の森で目にする機会は案外と少ないような気もします。彼らの主食がカエルや小魚だからなのでしょうか。とはいえ、森の中にはヤマアカガエルやヒキガエルなどが棲んでいますから、森に棲むヤマカガシというものも当然いるわけです。奥入瀬のヤマカガシも、まさにこのパターンです。奥入瀬ではマムシの姿を見ることはありませんが、おそらくヤマカガシの方が、より幅広い環境へ適応しているということなのか、あるいは「ヒキガエルの多く棲む森」というのが、ヤマカガシ生育のキーワードなのかもしれません。

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