トクサだってシダである 奥入瀬のシダ入門篇 トクサだってシダである 奥入瀬のシダ入門篇 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

トクサだってシダである 奥入瀬のシダ入門篇

シダと岩石と樹木 三つ巴の景観

奥入瀬の渓谷林では高木から亜高木層がよく発達し、低木層はあまり見られません。そのかわり林床ではシダが旺盛に繁茂し、一種独特の雰囲気を持った景観を形づくっています。奥入瀬の景観は、シダあってのもの。なので、案内の際には必ずシダたちに目を向けて頂けるよう、うながしています。

実のところ私自身は、昔はシダ類などにさほど興味も関心もなく、まして戯れに図鑑をひもといてみても、どのページにも同じようなものばかりがずらりと居並んでおり、とても真面目に覚える気など起こりませんでした。シダに詳しいという人に会っても、「よくこんなわけのわからないものを相手にできるなあ」と内心であきれているくらいでした。シダに関心を持っているのは、きっとその筋のマニアだけだろうと思っていたのです。

<奥入瀬の森の底は、概ねシダに覆われています>

されど奥入瀬の魅力を知れば知るほど、シダと岩石と樹木の融合する三つ巴の景観をぬきにして、ここでは自然のことなど何も語れない、ということが次第にわかるようになっていきました。その思いが定着していくにつれ、シダというものの存在感もまた自身のなかでどんどん大きくなっていったのです。そしてシダについて「もっと知りたい」と思うようになりました。それは何も、どの種類も洩らさずきちんと識別したい、というような大それたものではなく、せめて「顔なじみ」つまり代表選手くらいとは顔なじみになっておきたいという思い。そして、それらが森でどのような位置づけにあるのかを知っておきたい、というくらいの思いでした。

とりあえず仲よくしてくれるのは誰?

初めのうちは、どれを見ても何度見ても、まったく同じようにしか見えなかったシダたち。しかし「まあ、もとから覚えがヒジョーに悪いんだし、気負わずいくべえ」そんなふうにのんびり構えているうちに、ごくごく代表的なものに関しては、次第にそれぞれの顔つきがなんとなくかるようになってきました。リョウメンシダ、ジュウモンジシダ、クジャクシダなどは、すぐに友だちになれました。そうなのです、なにもいきなり全員と友達になる必要はないし、できるはずもありません。まずは仲よくしてくれそうな相手から。シシガシラやコタニワタリ、イヌガンソクなど個性的な顔だちのものたちも、すぐに仲よくなれました。次いで、オシダ、サカゲイノデ、ミヤマベニシダといった似たような面々も、どうにかこうにかアイサツくらいはできるようになりました(とはいえ、いまだにイノデ類などはかなり怪しいですが。なんでもかんでも主要種のサカゲイノデにしてしまっているだけなのです)。

<オシダ 奥入瀬の代表種ですが、初めのうちちゃんと認識できるまでに意外と手間取ります>

<すぐにも仲よくしてくれるリョウメンシダ。けれどよく観ると「アレこんなんだったっけ?」と思うことも>

いやらしいのは、シケシダやミゾシダ、イタチシダやイヌワラビなどの小型種たち。しげしげと眺めてみたところで、どうにもこうにも酷似しています。かなり手こずっております。わかったと思っても、またすぐにわからなくなってしまう、の繰り返しです。ぜんぜん仲よくなってくれません。でもまあ、あまり無理をせず、だらだらと気長につきあっていくうち、いずれなじめる日もそのうちやってくることでしょう……たぶん。

シダが生えているのは樹上だけじゃない

さてシダが生えているのは、地上だけではありません。谷の中に転がる苔むした岩の上にはオサシダ、イワデンダなどが、樹上を見上げてみればシノブ、イワオモダカ、ホテイシダ、オシャクジデンダなどの着生シダ類がたくさん見られます。私は、特にこの着生シダ類を眺めるのが大好きで、樹木とコケとシダが、仲良く一緒に生えているさまを見ていると、なんとも気持がいいのです。そして、もしそこに着生ランの姿が混じって見えれば、もう何もいうことはありません。白銀の流れの終点にそびえているドロノキの大木には、枝の上にたくさんのシノブなどが生えているのを観察できます。それを眺めていると、実に豊かな森だなあ、と思います。そして、生涯を高木の枝の上だけで過ごすという着生シダ類の生きざまにも、なにやら深い魅力を感じてしまうのです。

<奥入瀬における樹上着生型シダ類の代表種であるシノブとオシャグジデンダ>

トクサだってシダである

奥入瀬で、誰にでもいちばん覚えやすいシダといえば、それは、なんといってもトクサではないでしょうか。トクサは、渓流沿いの薄暗い林内の湿地に群生しています。シダらしからぬ様相ですが、立派なシダの仲間です。ツクシ(=スギナ)と同類で(スギナもトクサ科の植物なのです)夏には直立した茎の先端に胞子の穂をつけます。トクサは漢字で「砥草」「木賊」と書きます。茎の表面がざらざらしてヤスリのようなので、草刈鎌で刈っていると、鎌がすぐに切れなくなります。これは珪酸(けいさん)をたくさん含んでいるためで、昔はこの性質を利用し、木材や金属の研磨に用いていました。「木の賊」とは穏やかではない字面ではありますが、賊には「痛める」の意もあり、ヤスリ的な存在を表しているのでしょう。あるいは林床に旺盛に繁茂、乱立、占拠する様子を「賊」に見立てたのでしょうか。しかし薬草としても名高く、特に眼病、止血、解熱に効き、賊どころか、大変な優れものなのです。このトクサの群れを逆光で鑑賞してみると、時に思いがけぬ美しさを見せてくれることがあり、はっとさせられることがあります。

<まるで白日夢をみているかのようなトクサの群れ>

奥入瀬では、これまでに約70種ほどのシダが自生しているとされ、その種類数の豊かさもさることながら、何より特筆すべきは谷の斜面を旺盛にびっしりと覆い尽くすさま、そして渓流の水際までトクサが繁茂している景観です。シダ類やコケ類は、花をつけない植物ということから、かつて「隠花(いんか)植物」とも呼ばれていました。奥入瀬を歩いていると、ああ、ここはまさに「隠花帝国」なのであるなあ、とつくづく感じ入ってしまうのです。

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