カワセミの紅 カワセミの紅 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

カワセミの紅

留鳥・夏鳥・漂鳥

小春日和の十和田湖子ノ口。奥入瀬渓流の流れ出しの区間で、思いがけずカワセミに出逢いました。すっかり枯れたヨシのくさむらをバックに、くりくりした愛らしい目を元気に輝かせていました。「あ、まだ残っていたんだ」いうのが第一感想。ちょっと嬉しくなりました。奥入瀬、十和田湖、蔦の森で見られるカワセミは、春に飛来し、秋には渡去してしまう鳥だからです。

本州においてカワセミは一般に「留鳥」とされています。『青森の野鳥』(東奥日報社)という本によると、県内のカワセミは全域で「留鳥」として扱われています。「留まる鳥」と書いて「りゅうちょう」と読みます。夏にやってくる渡り鳥が「夏鳥」、冬に姿を見せる鳥が「冬鳥」。季節によらず、同所で一年中見られる鳥が「留鳥」とされます。

ただ、私はこの「留鳥」というカテゴリーに、どうしてもちょっと違和感を覚えてしまいます。なぜなら、その「種」としては確かに一年中、同じ場所で見られるかもしれません。しかし、それが「同じ個体」であるかどうかはわからない、と思うからです。一年中、同じ場所で見られることから「留まる鳥」であるとされるスズメやシジュウカラが、実は個体ごとに結構な距離を移動していることが知られています。庭先でいつも目にする「あの鳥」が、昨日見たものと今日見たものとが「同じ個体」であるとは限らない、というわけです。なので、「種」としては一年を通して見られる鳥であっても、個体としては入れ替わっている可能性がある。であれば、それを「留まる鳥」とみなすことに違和感を覚えてしまうのです。

一般に「留鳥」とされるカワセミも、あるいは同じかもしれません。もしかしたら、その年、「そこ」で子育てをした個体であっても、秋になると別の場所へ移動してしまい、秋から冬は、遠方(北方)から避寒してきた個体へと、いつのまにか入れ替わっているかもしれないのです。子ノ口で出逢ったカワセミにしても、夏のあいだこのあたりに姿を見せていた個体と同じものとは限りません。夏に見た個体はどこかへ移動してしまっていて、いま見ている個体は、もしかしたら北方から南下してきたものが羽を休めていたのかもしれません。

東北(北部)から北海道のカワセミは、特に積雪の多い地域では「夏鳥」として扱われることの方が少なくないようです。春に出現し、子育てし、秋には姿を消してしまうからです。近年の暖冬の影響や、もともと雪の少ない地方、ほとんど水の凍ることのない平地などの個体は、冬の間でも見られる個体がいますが、奥入瀬界隈のカワセミたちは、秋になるとたいていふっつり姿を見せなくなります。それゆえに「夏鳥」とされるわけですが、ふつう夏鳥といえば、春に東南アジア方面から海を越えてやってくる渡り鳥たちをいいます。奥入瀬のカワセミは海を渡るわけではない(と思う)ので「地方的夏鳥」とでもいうべきでしょうか。ただ「渡り」というよりは、せいぜい「移動」というイメージの方が近いかもしれません。夏に子供を育てた地域から、雪のない地方や水域が凍結しない地方に「避寒」しているに過ぎない場合もあるでしょうから、もし移動の範囲がせいぜい積雪の少ない三沢や八戸など太平洋側程度までのことであるとすれば、これは漂鳥(ひょうちょう)の範疇になるでしょう。「漂う鳥」と書くように、これは季節移動の範囲が山地から平地といった短い鳥たちのことです。奥入瀬のカワセミは、ピンポイントで見れば「夏鳥」であり、地域的な観点から見れば近距離移動しか行っていない「漂鳥」にあたるといえるかもしれません。もっとも、そのためには青森県の太平洋岸で越冬するカワセミがどのくらいいるのかを明らかにしなければなりませんが。

なごり雪のふったりもする早春の頃、思いがけずカワセミの姿を八戸の海岸や、十和田湖の湖岸で見かけることがあります。気の早い個体が、春を先取りするようにやってきたものなのだろうと思ったり、あるいはもしかしたらそこで冬を越したものなのかと思ったり、あるいは遠距離移動中のものが立ち寄っただけなのかと思ったり(これは「旅鳥」と呼ばれます)。「種」ではなく「個体」に着目すると、鳥の渡りのカテゴライズは結構めんどうくさいものなのです。

土の崖に掘るトンネル状の巣穴

十和田湖の宇樽部湾岸、蔦の森の菅沼などでは、毎年、最低ひとつがいは子育てをしているようです(奥入瀬渓流域でカワセミが繁殖しているという確かな情報はありませんが、子ノ口のほか、時おり昭和池付近や下流域でも目にすることがあります)。春先には、求愛給餌行動や交尾行動が観察できることもあります。

カワセミは切り立った土壁に、長いクチバシと短い脚を駆使して横穴を掘り、その奥に巣を作ります。ごくごく小さな面積の土手でも、そこが気に入れば空中停止飛行(ホバリング)をしながら果敢に掘削していきます。そのようすはなかなかダイナミック。体のサイズが小さいのと、トンネルを掘っていくだけの単純な作業なので、猫の額ほどの「土地」であっても土質によってはうまく利用できるのでしょう。ひっくり返った倒木の、その根元についた土の部分を上手に活用して巣にしていた個体もいたほどです。時としてカワセミが森の中を飛んでいくのを見かけますが、水辺によい巣場所がないと、そこからかなり離れた場所に巣をつくることもままあります。

意外に小さい

カワセミは美麗な鳥なので、図鑑に限らずいろいろな媒体で紹介されています。アップで撮られた写真が多いためでしょうか、実際のカワセミの大きさを知った人の中には、驚く人もいます。もちろん、その「小ささ」に。アンバランスに長いクチバシをのぞけば、スズメくらいのサイズなのですから。蔦の森のランブリングで菅沼に立ち寄ると、まずはカワセミを探してみます。飛んでいる時には「チッピー」とか「ツッピー」とか、「チィーッ」というような金属的で鋭い声を出すことが多いので、目と耳の両方で注意していると、わりと見つけやすい鳥でもあります。しかしイメージにそぐわない小さなサイズのせいなのでしょうか、鳴きながら水面を飛んでいても、それとまったく気づかない人もいます。

名の由来諸説

土の中に巣を作るから「セミ」という名前なのか? そう考えていた時がありました。生態的な観点にたった、なかなか鋭い推察だと思っていました。ところが、そういう説はないようで(あえなく撃沈)、もともとこの鳥は「そに」と呼ばれていたようです。『古事記』には「立」に「鳥」と書く「そに」鳥として登場します。それが後に「曾比」(そび)となります。かの本居宣長は「曾比」「少微」(せうび)「世美」(せび)などの名は、すべて「蘇爾」(そに)が訛ったもの、としているのですが、蘇爾にしても、曾比にしても、字義的には意味不明です。これらをカワセミの鋭い鳴声の擬声語とする説もあります。しかし「ソッビー」とは聞こえませんので、いまひとつ得心できません。

川に棲む鳥だから、カワスムで、それがカワセミに転訛したとか(この説は結構わかりやすいです)、川の「世美」鳥がカワセミドリとなり、それが約まったもの(これもふむふむ)だとか、いろいろな説はあるようです。どれもユニークで、それらしいです。そこで私もちょっと考えてみました。世にも美しい鳥だから「世美」というのも、一興です。背の青が美しいから「背美」というのも、ありそうです。

おしゃれなメス

美麗なカワセミは雌雄ともに、ほぼ同色。よく小鳥などで見られるように、メスが地味な色あいをしているということはありません。土崖のトンネルの中で産卵・抱卵・育雛をするわけですから、メスが保護色として地味な姿をしなければならない必要がないからでしょう。カワセミの場合、むしろメスの方がよりお洒落な感じがします。なぜなら、彼らの性別を見分けるポイントは「下嘴の色のちがい」にあるのですが、オスの嘴が全体(上下嘴共)に黒いのに対して、メスのそれは朱色なのです。それが、ちょうど淡い口紅を差したように見えるのです。

ぽかぽかした日差しの嬉しい秋の日、子ノ口に現れたカワセミもまたきれいな「お嬢さん」でした。その紅は、小春日和の陽気さにぴったりの彩のように感じられました。

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