オオバクロモジはなぜ自ら花と実を落とすのか オオバクロモジはなぜ自ら花と実を落とすのか ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

オオバクロモジはなぜ自ら花と実を落とすのか

ブナ林のおなじみさん

オオバクロモジの花に、虫が訪れています。ブナの森の下で必ず見られる低木のひとつで、ブナ林の「おなじみさん」です。日本海側や東北・北海道に生えるものはオオバクロモジと呼ばれています。

クロモジとは、ちょっと変わった名前ですね。「黒文字」と書きます。緑色の樹皮に点在する黒い斑紋を「文字」に見立てたというのが、名の由来としてよく紹介されています。ただ、この「文字」、実はただの模様ではなく、後から付着した地衣類の一種であるともいわれています。

しかしながら情報は少なく、名の由来となっている割に、その詳しい実態はあまり知られてはいません。かつて地衣類の専門家にサンプルを送ったことがありますが、いまだ回答は頂けないままになっています。

さわやかな芳香のあるクロモジは、古くから箸や爪楊枝(つまようじ)の材料に利用されてきました。楊枝(ようじ)は楊枝でも、高級な品です。高価な和菓子などに添えられるものです。香気と共に、その高級感にひと役買っているのが、独特の樹皮模様というわけです。

花粉を運ぶ昆虫へのアピール

クロモジは、葉が開く少し前から、透明感のあるクリーム色や薄黄色の花をぶらさげるようにつけます。小さいものですが、そばによってよく見てみると、たいへん端整で美しい花です。

森の中でも、天井の開いた明るい場所(ギャップ)や、林道沿いなど日当たりの良い場所では、たくさん花をつけています。それらがいっぺんに咲いているさまは、なかなか壮観な眺めです。

雌雄異株(しゆういしゅ)といって、雄花の咲く木と、雌花の咲く木が、べつべつに立っています。受粉は、昆虫によって花粉が媒介されることによって果たされています。つまり蜜を吸いに花を訪れた虫が花粉を運んでくれませんと、種子をつくることができません。その役目の主力は、森林性のハエの仲間であるといわれています。彼らを誘引するために、たくさんの花を咲かせているのです。

花を落とす理由

クロモジの花のうち、成熟した果実になるのは、全体の約1割程度とごくわずかなものです。花の季節が終わるまでの短い期間に、全体の約7割もの若い花が落下してしまうといいます。そして果実の生長期になると、その実が成熟するまでのあいだに、また全体の2割が落ちてしまうのです。

なぜ、花や実のほとんどが、こうしてあえなく落ちてしまうのでしょうか。それらは受粉・受精しなかった花であり、あるいは動物や病害虫による被害を受けた実、さらに悪天候などによって傷害を受けた実であるとされています。

虫が花粉を運んでくれる機会に恵まれなかった雌花は、実を結ぶことのない花をいつまでもつけておくわけにはいきません。生存のためのエネルギーのロスとなってしまうからです。それを回避するため、クロモジは自ら我が花や実を落とすのだといわれています。「落ちてしまう」のではなく、「落としていた」のです。

とはいえ、開花直後、初めのうちはできるだけたくさんの花をつけなければ、花粉の運び屋である虫たちを、たくさん呼ぶことができません。花の数が多ければ多いほど、虫が花を訪れてくれる頻度が高まります。大きな宣伝を打てば打っただけ、商品の売れる可能性が高まる、というのと同じ理屈です。そして宣伝費に見合う分だけの売り上げが、結果として得られない、というリスクも、同様にあるというわけです。

親や子が選ぶ

では、花が終わったあと、無事に果実となったその生長期に、未成熟な実の落下が見られるのは、なぜなのでしょうか。あまり多くない受粉のチャンスを得た貴重な実を、あえて落としてしまうのです。これには、生長の悪い果実を、親木がふるいにかけているからである、というたいへん興味深い説があります。親木が、自分の果実を、選択して落下させることができる、ということです。

花と同様に、果実にも、生長の芳しくないものや、食害を受けてしまったものなどが、当然でてきます。果実を成熟させられる親の資本(=養分)には限りがあります。成長の良好な果実と、あまり芳しくないものをすべて身につけているより、きちんと種子を実らせてくれる可能性の高いものの方を、優先的に保護しよう、いうことなのでしょう。

花全体の3割しか残らなかったうちの2割を、ここで厳しく選別し、最終的に1割に絞っていくのです。より質の良い子孫を残そうという、それが親木の意思なのでしょうか。なかなかきびしい話です。静かなブナの森の下で、かようにも熾烈な選別が、沈黙のうちに行われているのかと思うと、穏やかな印象だった森が、また少し変わって見えてきます。

ただ、そうやって地上に落とされた花や果実も、まったくのムダというわけではないはずです。微細な生きものから、鳥や小動物にいたる、もろもろの生きものたちの糧となり、それがまわりまわって、クロモジたち自身が根を張っているブナ林の土壌を、より豊かなものにしているにちがいありません。

ナチュラリスト講座

奥入瀬の自然の「しくみ」と「なりたち」を,さまざまなエピソードで解説する『ナチュラリスト講座』

記事一覧

エコツーリズム講座

奥入瀬を「天然の野外博物館」と見る,新しい観光スタイルについて考える『エコツーリズム講座』

記事一覧

リスクマネジメント講座

奥入瀬散策において想定される,さまざまな危険についての対処法を学ぶ『リスクマネジメント講座』

記事一覧

New Columns過去のコラム