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「菌の花」たちのあまりに芸術的なデザイン

多彩なデザイン

奥入瀬では四季を通じ、いろいろなきのこに出逢えます。森にはさまざまな菌類が豊かに生息しており、いまだ知られていない種もたくさんあります。

ふつう、きのこというと「傘型」のものを連想されることが多いのではないでしょうか。しかし、きのこというのは、実は菌類の咲かせた「花」のようなもの。子実体(しじつたい)と呼ばれる、菌類の生殖器官なのです。この「菌の花」は、花粉やタネのかわりに、胞子を散布しています。花の色やかたちにはいろいろなものがあるように、きのこの形も、実に多種多様です。

傘と柄のある、一般的なイメージのきのこ

きのこが菌の花であり、生殖器であるならば、その本体である菌類とは、いったい何処にいるのでしょうか。それは森の落葉をそっとめくってみれば、すぐにわかります。白い糸のような「菌糸」が、森の底をびっしりと覆っています。これがきのこの本体です。

菌糸―きのこの「本体」

さて、奥入瀬の森でよく目にするきのこのデザインは、大きく3つのパターンがあります。

・1つ目は、傘があり、柄があるタイプ=いわゆる普通のきのこ型です
・2つ目は、皿(傘だけ)型のタイプ=サルノコシカケなどに代表されます
・3つ目は、あまりきのこっぽくないタイプ=サンゴのような形をしたものや、その他のいろいろ

きのこというと、一般にはすぐ「食べられるのか」「毒なのか」という点にばかり、関心が向けられがちです。森のガイドをしている時、路傍にきのこが出ているのを見つけ「あ、ここにこんなきのこが出ていますよ」と紹介すると、たいていのお客さんが「コレは食べられるきのこですか?」とお尋ねになられます。

多くの人にとって、きのこは<食材>としての印象がことのほか強いのでしょう。ちなみに、きのこは野菜のコーナーで扱われていることが多いせいか、植物であると思っている人も決して少なくはありません。

しかし特別保護区である奥入瀬の森歩きにおけるきのことの出逢いにおいては、「食菌か毒菌か」については、ひとまずおいておきましょう。それよりは、そのきのこがどんなデザインをしているのか。その多様性や不思議さに着目してみてはいかがでしょうか。自然の観賞者である自分にとって「面白い造形物」や「興味深い被写体」になるかどうか、という点において、きのこと向きあってみる。そうしたアプローチです。

ホソツクシタケ

最初にご紹介するのはホソツクシタケ(細土筆茸)です。これはホオノキの実に生えるという、かなり変わった菌類です。奇ッ怪な印象ですね。この、なんともいえぬ存在感。ややホラーチックなイメージが素敵です。菌類に興味関心が多少なりともある方は、このきのこの姿を目にすると「冬虫夏草ですか?」とお尋ねになられることも。

種不明のきのこ

のっけから白旗を上げてしまうようで恐縮ですが、こちらは種不明。図鑑をぱらぱらめくっている時には、初めズキンタケ科の一種ではないかと思いました。にぎりこぶしのような頭と、それを支える細長い黄橙色の柄。ズキンタケは「頭巾茸」と書くとおり、ずきんを被ったようなデザイン。似た種類が多く、個体差も大きい仲間のよう。この写真のものは、アカエノズキンタケ(赤柄頭巾茸)あたりかな、などとアタリをつけてはみたものの、それにしてはどうも柄が細すぎるんですね。でも、他に該当する「らしきもの」が図鑑には見当たりません。降参です。もしかしたら、なんでもない、ふつうのきのこなのかも知れません。柄の感じだけで見れば、傘を開く前のナメアシタケ(滑足茸)や、またはモリノカレバタケ(森枯葉茸)っぽくも見えます。きのこは角度や見方によって印象がぜんぜん変わってきますので、図鑑があれば種類が絶対にわかる、などということはありません。でも、それはそれ。落葉のじゅうたんから突き出ていた小さなきのこでしたが、結構いい存在感を出していました。

エリマキツチグリ

こちらはエリマキツチグリというきのこ。「襟巻き土栗」という意味です。襟をもった地上の栗、というネーミングは、なかなかよいと思います。似たような仲間があって、そちらはどういうわけかツチガキ(土柿)と呼ばれています。一方が栗で、もう一方は柿。そのちがいはいったいどこにあるのだろうかと悩んでしまいますが、エリマキツチグリにはなんと「エリマキツチガキ」という別称があるとのこと。要するに栗でも柿でも、どちらでもよさそうです。秋の雨に濡れた生々しい感じが、不思議な質感を感じさせます。

シロヒメホウキタケ

このきのこを見たとき、ムーミンに出てくるニョロニョロを思い浮かべました。シロヒメホウキタケ(白姫箒茸)というきのこです。ホウキタケ(箒茸)と呼ばれる一群の仲間ですが、科名はシロソウメンタケ(白素麺茸)科です。いずれにしても箒とか素麺とか、ずいぶんユニークな名前です。何冊かの図鑑に目を通してみると、シロヒメホウキタケは、もっとがっしりした印象のものが紹介されていることが多いようです。写真のものはちょっと華奢なので、これが成長過程のものなのか、あるいは違う種類なのか、図鑑の写真だけでは、ちょっと判断に迷ってしまうところです。なお近年ではこれに似たものでスイショウサンゴタケ(仮称)というものもあります。「水晶珊瑚茸」とはずいぶん美しい名称です。シロヒメホウキタケとは、胞子にトゲがあるかないかで見分けられるとのことなので、肉眼での野外観察での見分けは難しそうです。

シラウオタケもしくはキリタケ

ちなみに、後の方に単体で生えているものはシラウオタケ(白魚茸)です。ブナ林などの朽木の表面に見られる緑藻の上に群生しています。藻類と共生している地衣類(ちいるい)の一種で、地衣類としての名前はキリタケ(錐茸)といいます。はじめはニョロニョロの幼体か親戚かと思っていました。こちらについてはまた稿を改めて紹介したいと思います。

ベニチャワンタケ

紅茶碗茸と書いて、そのままベニチャワンタケです。紅い茶碗ですね。一見したところでは、紅いキクラゲのようにも見えます。斜光を浴びると独特の色あいを呈します。こうした条件下や、また個体によっても紅の濃淡や色具合はかなり違って見えます。秋の色あせた枯れ落葉の中から、この色鮮やかなきのこがひょいと顔を出しているのを見つけると、なんとなく得をしたような気持になります。

クチキトサカタケ

朽木に生える鶏冠(とさか)のようなきのこ、それがクチキトサカタケです。いや、実にケッタイなきのこです。ちょっと気持ちがわるいですね。私の第一印象はタチ(タラの精巣)でしたが、「脳みそ」と答える人も少なくありません。「なんだかマタンゴみたい」という人もいて、それもさもありなんだと思ってしまいました(若い方はご存じないかも?)

マタンゴ(1963年 東宝映画)

このきのこ、見たところ、ぐにゃぐにゃとした感じがしますが、さわってみるとかなり硬いきのこです。ちょっと意外です。若いうちはそれなりに弾力性もありますが、だんだん木質となっていきます。この奇天烈なデザインのきのこは、実はブナの森にはつきものの菌類。奥入瀬でも、あちこちの倒木・腐朽木によく生えているので出逢いやすいきのこです。なのに日本特産種ということ。そう知ると、なんだか見直してしまうようなところもあります。

森に延びる遊歩道の上に敷き詰められた落葉のすきまから、ちょっと不思議なかたちをしたきのこが顔を出しているのを見つけたならば、「食べられる・食べられない」といった観点のみならず、ぜひとも、そのデザインをじっくり観賞してみてください。

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