「幽霊茸」の下には死体が眠る? 「幽霊茸」の下には死体が眠る? ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

「幽霊茸」の下には死体が眠る?

ブナの森での出逢い

シダの生い茂る薄暗いブナの森に、今年もギンリョウソウが姿を見せました。足早に歩いているとつい見過ごしがちですが、林床(りんしょう)に目配りしながら歩を進めていけば、森の底にぼんやりと浮かび上がる「白いもの」が見つかるでしょう。

そのさまは一見したところ、まさにキノコです。かたまって見られるところでは「にょきにょき生える」という表現がぴったり。なんとも旺盛な生育ぶり。この不思議な植物の白装束がところどころで目に入ってくるようになると、奥入瀬の森の初夏も熟してきたなあと感じるのです。

ギンリョウソウという存在を初めて知ったのは、ずいぶん昔です。それはまだ学生時代のこと。ご多分にもれず、初見時には「これってキノコなのかな」と思いました。その特異な風貌と雰囲気にはすぐに魅了されました。かがみ込んで顔を近づけて見てみました。キノコのようでいて、でもキノコではなさそうです。全身真白でありながら、けれど「純白」というイメージとはどこかちょっと異なる感じ。なんとも不気味な魅力を秘めた存在。アルビノという言葉も脳裏に浮かびました。

「お、ユウレイタケか」
かがみこむ私の頭上でぽつりとそういったのは、その時一緒に歩いていた山の先輩でした。
「あ、『タケ』ってことは、これってやっぱりキノコなんですか?」
「いやキノコじゃない。花だよ。キノコみたいに見えるけど、花」
「初めて見るんですけど、なんかちょっと薄気味悪い感じがいいすね」
私は珍奇な存在が大好きなのです。しかもその日のブナの森は、全体にほの暗く、朝からずっと小雨がしょぼついていました。この「白い花」にぴったりの雰囲気でした。

私は指先で、その鎌首をもたげたような花のアタマをそっと撫でてみました。見た目は硝子細工のように脆(もろ)く、ふれればすぐにも壊れてしまいそうな印象でしたが、意外にもしっかりしています。そんな私のようすを見て先輩が言いました。
「そうそう、コイツは確か『フセイショクブツ』とかいうんだ。簡単にいえば、死体の上に生えるってことだ」
「げげっ。そ、それじゃあ……」
「そう、たぶんこの花の下には、何かの死骸が埋まってる……はずだ」
「!?」
私は思わず指を引っ込め、後ずさり。
「し、シガイって、いったい何の?」
「さあな。クマだか鳥だかネズミだか、あるいはヒトかもな、ふふふ」
自分の顔が青ざめるのがわかりました。すぐにその場から離れました。

銀の龍

家に戻った私はさっそく花の図鑑を開いてみたのですが、当時はまともな植物の図鑑を持っておらず、手持ちの本に「ユウレイタケ」という名の花はなく、全頁を開いてみても該当するものにも当たりませんでした。翌日、学校で植物専門の先生にお会いして、お話をうかがってみました。すると、山の先輩が口にしていた「ユウレイタケ」というのは俗名や別名のたぐいのものであり、本来はギンリョウソウ(銀龍草)と呼ばれる植物だということを知りました。なるほど、くびれた花筒は龍の頭のように見えなくもありません。

「腐生植物」としてはもっとも有名なもののひとつで、日本全土に分布しているようでした。色素はなく、全身が透明感のある白一色。鱗片(りんぺん)状の葉が、茎にたくさん付いていますが、これも真白。枝分かれはせず、先端に円筒形の花を一輪、ややうつむきかげんに咲かせます。この「うつむきかげん」というところが、「龍」でもあり、また白装束とあいまって「幽霊」をも想わせるのでしょう。花は、わずかに薄紅を帯びるものもあると聞きますが、そのようなタイプはまだ目にしたことはありません。

地上に生えるため、鎌首をもたげた龍の顔、すなわち花の先端から内部を覗き込むにはこちらも地べたに這いつくばらなければなりませんが、その所作をいとわず覗いてみれば、きっとどきりとするでしょう。濃い紫色の「一ツ目」に、じろりと睨まれるような気がするからです。それは雌しべの先端で、そのまわりを囲むように薄黄色の雄しべが居並んでいます。花筒を下から見た者にしかわからない、秘密のデザインです。

なるほど「銀龍草」とは、実によい名称だと思います。文学的な気もします。しかしながら幽寂な立ち姿を思うと「幽霊茸」の響きも悪くはありません。一般的にはそちらの方がぴったりくるかも。そんな気もしていました。なんといっても、森の屍の上に生える、妖しさ全開の草花なのですから。

そんな感想を口にすると、植物の先生はしばしきょとんとし顔をされていましたが、そのうち笑い出しました。私が「腐生植物」とは「腐った死体」の上に生えている植物であり、そこから養分を吸収しているものだとカンチガイしていることに気づかれたからです。先生はその後、私に「腐生植物」とはどういうものなのかを教えてくださいました。

<まさに「銀の龍」を想わせる立ち姿です>

菌類に寄生して栄養を摂る

「腐生植物」という字面からの印象なのでしょうか「腐ったものから養分を摂っている植物」と一般には思われがち。その植物そのものに、有機物を腐らせる力があるかのように思われているのです。「腐生」という用語は、ふつう菌類に対して使われます。生物の死体などを自ら分解して、栄養としている生活形態のことです。ゆえにキノコのような形状をしたギンリョウソウが、死物から発生し、それを分解しながら栄養を摂っていると思われても無理のない連想でしょう。山でギンリョウソウを初めて紹介してくれた先輩も、おそらくは「腐生植物」という言葉の印象もあってカン違いをしていたのだと思います。

ですがギンリョウソウが生えている土の中をいくら探してみても、なんの屍は出てきません。そのためギンリョウソウ自身が森の底の腐葉土(ふようど)から養分を得ているのかもしれない、と考えられるようになりました。光合成をするための葉緑素をいっさい持ち合わせない白装束なのですから、そのように推察されても不思議はありません。

その後、ギンリョウソウ自体には生物の死体を分解する力があるわけではないことが明らかとなりました。彼らは土の中の有機物を直接的に摂取しているわけではなかったのです。誰の助けもなしに、腐植土から栄養を得る力はなかったわけです。腐生植物と呼ばれる植物は、落ち葉などの腐植した土壌から「ある生物」を経て、養分を得ていたのです。

ではギンリョウソウに栄養分を届ける手助けをしている生物とは、いったい何なのでしょう? それは菌類──特にベニタケ属の菌類なのでした。自活する能力を持たないギンリョウソウは、根の部分に落ち葉の分解者である菌類を棲まわせ、そこから栄養を頂戴していたのです。多くの植物は、葉や茎で自ら光合成をおこなって栄養分を得ています。ところがそういう方法を取らず、外部から栄養を取り込んで暮らしている植物もあるのです。自分では稼がずに、他者の稼ぎで生活しているようなものですね。

菌類は樹木とも共生しています。菌類が樹根よりも細い菌糸で地中の養分を集め、それを樹根の細根に巻き付けた菌根を介して樹木に提供するかわりとして、樹木が光合成で得た養分を菌根を通して逆にもらい受けている。ギブ&テイクです。とすると、ギンリョウソウは自らの根に棲まわせた菌類のネットワークを通じて、樹木によるエネルギーをも入手しているのかもしれません。

彼らのライフスタイルは、実際には菌類との「共生」というよりも、菌類に栄養のすべて依存しているのですから、むしろ「寄生」とよぶべきものなのかもしれません。菌類からのお裾分けを頂戴している、ともいえます。一方で、腐生植物に恩恵をもたらしている菌類の側には、およそ何のメリットもないように思えます。ゆえに「寄生」と解釈されるわけですが、もしかすると、そこには私たちには想像もつかないような、何かもっと深い「事情」があるのかも知れません。

妙齢の婦人の死装束あるいは死美人の花嫁衣裳──そんなほのかな妖美さを身にまとい、奇怪にして幻想的なイメージのよく似あうギンリョウソウは、その生態もまた謎めいています。

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