フィールドミュージアム構想実現のために(3の1) フィールドミュージアム構想実現のために(3の1) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

奥入瀬の魅力と価値をビジターに的確な言葉で伝え、また、国内外の自然探訪を目的とする顧客の誘致を積極的にはかり、地域におけるエコツーリズムを隆盛させ、推進していくために、最も必要なことはなんでしょうか。おそらくそれは、現地のフィールド調査に基づいた、自然に関する幅広い知見を有し、それをビジターに適切に伝えられる案内能力を持った優れたネイチャーガイドの存在と、その育成システムではないでしょうか。優れたネイチャーガイドとは、「短時間の気軽なライトプログラム」を希望する層から、各地のエコツアーへの参加経験も豊富な「より専門性が高く、よりオリジナリティの高いツアープログラム」を希望するコアな層にまで、プロ意識をもって対応し、いずれのビジターにも知的満足度の高い時間を提供することができるガイドであるといえるでしょう。

<黙して語らない自然のメッセージをわかりやすく伝えてくれるのがネイチャーガイドの存在>

ネイチャーガイドに求められるもの

ネイチャーガイドがビジターに伝えるべき基本とは、以下の3点に集約されるのではないかと考えます。

●デザイン=自然界の多様性
●ストーリー=自然史と生態系(「歴史」と「暮らし」)
●スタイル=自然の見方、親しみ方の提案

その地域のネイチャーガイド自身が、自分のフィールドの自然環境に明るくなくてはならないことは当然のことです。しかしそれは、単に目の前に現れた自然や生きものの名称をひたすら連呼していくようなものではないはずです。ひとつの事象やひとつの生きものを、その地域の地形・気象・歴史・民俗との相互関係を通したストーリーとして紹介できることがベストです。例えば、英単語とその訳語を、ただ延々と羅列されるように教えられたとしても、ちっとも面白くないでしょう。そればかりか、次第に苦痛にさえなってきます。その単語が、ひとつの文脈の中でどのように活かされているか、どのように輝いているか、そのあたりをうまく伝えられなければ、「知る」ことや「覚える」こと、「学ぶ」ことの楽しさや意義は、なかなか相手に届かないでしょう。自然についてもまた同じではないかと思います。

先に上げた話題のベースとなる<デザイン+ストーリー+スタイル>(DSSと呼んでいます)のうち、やはりガイドの「語り」が最も活かせるのは「ストーリー」の部分であると思います。この「ストーリー」というものの内容をもう少し詳しく解析するならば、それは以下のように整理できるのではないかと思います。これらをスムーズに語れるようになるには、やはり案内人自身の自然に関する日々の勉強が欠かせません。

◆生態――その生きものの暮らしぶり+周囲の環境との関りあい
◆分類――どのようにカテゴライズされているか+そこにまつわる分類学的エピソード
◆歴史・民俗――文化面や利用面からの人との関りあい+その生きもの自体の進化の過程

その一方で「ガイドは伝えることが仕事なので、専門的な自然の知識を身に着けることよりも、まずは楽しく伝えられる技術(=話術)を磨くべき」という、もっともらしい意見があります。実際、ガイド業に従事していても、一般の観光のお客さまから<地域の自然に関する専門的な質問>を受けることなど、ほとんどありません。ましてや団体のバスツアーなどでは、自然そのものにまるで関心のない方がたなども珍しくはありません。日本の観光は「物見遊山」という言葉でも表現されてきましたが、対象を見て楽しむ、その場に身を置いて楽しむ、ということにすら関心のない人も少なからずおられます。そのような方々の興味は、温泉と食べものだけであったりもします(もちろん人の自由です)。

圧倒的多数であるそうした客層を対象に「如何にこの地域の自然に興味関心を持っていただくか」を考えるガイド側は、専門性の高い知識を増やすことよりも、まずは基本的な情報を、どのようにして相手に興味をもってもらえるように伝えるか、その<伝達技術>に重きを置くようになります。現場においては当然の流れでしょう。特に、人の笑いをとって場を盛り上げることのできるような個性的なガイドは貴重です。あまり話を聞いてくれそうもない人の顔を「思わずガイドの方に向けさせてしまう」ような能力、つまりは<人心掌握術>こそが、ガイドにとって最も必要な条件といっても、ある意味、過言ではありません。いくら深い知見を有していても、基礎的なコミュニケーション能力がなければ、それを相手に届けることができません。どんなよい話も、伝わられなければ元も子もありません。専門性の高いネイチャーガイドといっても、その前に「ガイド」なのですから、「伝える」という技術をまずもって磨く必要があるわけです。

このバックボーンには、先述のように「日本の大多数の観光客層の現状」があります。奥入瀬のように、長年、通過型の景観観賞観光地の立場に甘んじてきた地域には、特にこの傾向が強いでしょう。早い話、それほど自然について詳しくなくても(あるいは間違った知見を正しいと思い込んでいたとしても)、ある程度人づきあいが上手で話好きであれば、それほどの労なくして誰でもガイドになれてしまうという現状もあります。特に資格も必要なければ、履修しなくてはならない研修もないのですから、そういう意味では気楽なものです。

ネイチャーガイドがめざす地域のかたち

斯様な状況をかんがみても、それでもあえて、ネイチャーガイドにとって、地域の自然を「知る努力」はやはり重要である、と考えます。それは目的意識です。自分の関わる地域が将来どうなってほしいのか、どうあるべきなのか、そのためにはどうすればよいのか、という理念とビジョンに関わる問題です。奥入瀬を従来通りの「通過型景観観光地」のままでよしとするのであれば、ガイドは専門的な自然の勉強など、してもいいし、しなくてもいい、ということになるでしょう。現状のママ、聞かれたことになんとなく答えられていれば、おおむねそれで充分です。あとはお客さんとのおしゃべり(世間話)を楽しむ案内であってもオーケーです。いい人に案内してもらえた、とお客さまが満足されれば、それですべてよし、です。まったく問題ありません。しかしそうではなく、「それでは奥入瀬の魅力の半分も伝えきれていない。原生的自然へのアプローチが破格に素晴らしいこの地の利点を、ほとんど活かしきれていない。この地の利をもっとアピールして、自然を観る・学ぶ・感じることに喜びを感じる層を積極的に呼び込みたい。そういう地域にしていきたいし、そういう地域のガイドでありたい」と希望するならば、現状に満足してしまっていてはなりません。お客さまに尋ねられようが尋ねられまいが、誰に聞かれなくても、自然を知る努力は捨ててしまうべきではありません。奥入瀬をただの景観観光地ではなく、フィールドミュージアムにしたいのだという「目ざすべきモデル」があるのなら、それに見合ったレベルのガイドを目指さなければなりません。

そのためには、地域における個々の自然の事象をちゃんと知ることからはじめましょう。まずは、きちんと観ること。そして「自ら調べる」という手段を通して「知」を得ること。このプロセスが大切です。識者から教えられて「覚える」ということも大切ですが、それだけでは知見を有したということには、なかなかつながりにくいものです。安易に入手した知見ほど、容易に離れていってしまうものです(すぐに忘れてしまうのです)。得た知見を自家薬籠中のものにするのは、存外、メンドーなものです。わからんわからんと涙目で本を調べたり、識者と何度も質疑応答を繰り返すなどなど、それなりの時間というものが必要となります。自分の地域の自然のことを少しでも多く知りたい、多角的に理解していきたい、という純粋な知的好奇心こそが、その過程のモチベーションとなります。その過程を楽しむ気持ちは、本当にその地域の自然が好きかどうか。その思いがなければ、とても続けられないでしょう。

自然を「伝える」側の匙(さじ)加減

「そんな専門的な知識はお客さまから聞かれないから必要ない」という考え方では、どこへも到達できません。相手から聞かれないのなら、いざなえばよいのです。興味関心を促してみればよいのです。伝えたいこと、わかっていただきたいことがガイド側の内に明確にあるのなら、それはぜひ試してみるべき「仕事」です。自分の知見を、ひけらかすのではありません。どれだけの匙(さじ)加減で伝えていくのか。その状況判断もガイドの力量のひとつです。そのガイドツアーの意義や内容についてを適切な言葉でしっかりと伝え、紹介する事物とその手法(スタイル)を状況判断において取捨選択できることが重要です。参加者にとって好ましいガイディングとなるよう、全体の管理+進行をとりはからえるようになるためにも、地道な知見取得のための努力は欠かせません。ガイドには、顧客の要望を現場での反応によって掌握し、そのレベルやニーズ応じたインタープリテーションの手法を選択することが求められます。そのビジターが雰囲気堪能派なのか、環境学習派なのかによっても、ツアーで取り上げるテーマや用いる表現を変えていかなくてはなりません。顧客の「気づき」や「驚き」を促す手法を研究し、常に、「どうしたら顧客に楽しんで頂けるか」の試行のくりかえしです。

そのためにもガイドは「知見」を有していなければならず、さらにそれを深め、多方向に広げていく努力を怠ってはならないのです。匙(さじ)加減というものは、配分する能力であり、調整する能力です。コレナンダ? という発見能力もまた、自ら調べて覚えるというプロセスの中で育まれていきます。この過程をメンドウクサイとして避けてしまうと、結局のところ自然を「伝える」という技術をも鈍麻させてしまうことにつながっていきます。「伝える」という技術を磨き続けていくためには、実際のガイディングの時間以外はすべて現地調査+解析にあてる、というくらいの意気込みがあってもよいと思います。わからない事象や種名判別の勉強にあてる時間を、自ら作り出していかなくてはなりません。

ネイチャーガイドがフィールドミュージアムにおいて「伝える」べきものとはなんでしょう。それは個別の生物の種名や事象の名称であり、特徴や生態でもありますが、人との関係性や地域との関係性もたいせつなテーマであるはずです。冒頭でも述べましたが、ある生きものが、その地域の地形や地質、気象、土壌、植生、そして他の生物たちとどのようにつながりあっているのか、その地域の環境の変遷史(自然史)や人間の歴史や民俗といった観点からはどのように見えるのか。「それ」が「それ」だけで独立しているということはありえません。必ず、周囲との関係性の中で存在しています。全体のなかで、それはどういう位置にあるのか。それが存在することで、全体はどのような影響を受けているのか。それを読み解いていく楽しさを伝えるのがネイチャーガイドの役割です。よく「木を見て森を見ず」ということが言われますが、自然を楽しむということは「木を観て森を知り、森を観て木を知る」といった感じなのではないかと思います。

「この樹、ナンの樹ですか?」と尋ねられて「カツラですよ」と答えて、それでおしまい。これだけではあまりよろしくないわけで、ここにこの樹が生えている<理由>くらいまでは、せめてご案内差し上げたいものです。その話を通じて、奥入瀬の「谷」という全体環境が見えてきます。そして「谷」という全体環境から俯瞰(ふかん)することで、そこに群生する「渓谷林」というくくりもまた見えてきます。カツラが、その構成要因のひとつであることがわかっていただければ、そこからもっといろいろなお話に発展させていけることでしょう。

ゆえに、奥入瀬におけるネイチャーガイドは、自然公園内の基礎的なリサーチをもっと心がける必要があるのです。顧客に紹介できる「地域の財産・資産」の「管理台帳作り」を、常に頭に置いておかなくてはならないのです。その「台帳」に基づいた「説得力のある知見・事実」を楽しく、わかりやすくアレンジした、ハイレベルの自然案内プログラムを構築し、実践できることが理想です。

もちろん、ガイドは野外活動において生じるリスクへの対応技術を身につけておくことも欠かせません。散策中の事故(転倒・落枝・倒木・落石等による傷害への救急法)や危険動物(ツキノワグマ・ニホンカモシカ・スズメバチ・マダニなど)に対する適切な対応と誘導は、基礎知見とその案内技術同様に、ガイドにとって最も重要なスキルであることは言うまでもありません。

エデュケーター&キュレーターを育むシステム

「自然環境」と「人間社会」との「橋渡し」をするのが、ネイチャーガイドに与えられた役割であるとするならば、ガイドにはエデュケーター(educator)およびキュレーター(curator)としての能力が求められることになります。エデュケーターとは、博物館や美術館において教育・普及活動を行う専門家のことを指す用語です。奥入瀬においては、将来的にフィールドミュージアムセンターにおいて展示の解説やツアープログラムおよび環境教育プログラムの構築などに携わり、来館者への普及啓発を支援する立場を担う存在となるべき人のことです。

一方、キュレーターとは、博物館など資料蓄積型文化施設において、学術的専門知識をもって資料を管理し、また展示企画のテーマを選択し、ビジターにとって好ましい効果を発揮するよう演出する学芸員です。紹介対象とする自然を、できるだけビジターになじみやすく解説するトーク内容を構成したり、観察や観賞の端緒となる資料を作成したり、ワークショップの企画運営を行ったりすることなどが求められます。こうした能力を有したネイチャーガイドの存在が、その地域のエコツーリズムの価値を高めていくのです。いくら素晴らしい自然環境に恵まれた土地であっても、それを効果的に紹介し、案内できる人材が不在では、エコツーリズムは成立しえません。しかしながら、優れたガイドというものは一朝一夕に育成できるものではなく、ゆえに精査されたプログラムを持ったガイドの育成システムが求められるわけです。

<ビジターがつい見過ごしがちな自然界の「展示物」をガイドが丁寧に案内していきます>

平成21年、奥入瀬渓流エコツーリズムプロジェクト実行委員会が主催し、NPO法人十和田奥入瀬郷づくり大学が実施した『十和田奥入瀬認定ガイド制度』が実施されました。奥入瀬における唯一のガイド育成システムでしたが、残念なことにわずか1年限りの実施で、以後は継続されていません。その後定期的に実施されているガイド研修もありません。よって新人の参入がなく、他の地域同様に、奥入瀬においても後継者不在の問題が生じています。エコツーリズムを推進していくにあたって大変憂慮すべき事態です。ツアーガイディングの知見や技術向上、ホスピタリティの検証と向上なくして、自然観賞を基礎資源とする観光地としての発展は望めません。ネイチャーガイド育成システムの早期構築は、奥入瀬における急務であると考えます。

屋久島の一例

「世界遺産」と「縄文杉」という圧倒的な誘客要素を抱える屋久島は、専門ガイドの数も多く、組織名(ガイド会社名)もしくはガイド個人の「名前」で誘客を実現できるレベルにあります。ある組織やガイド個人の魅力を目的に島を訪れるリピーターの存在は、この島のエコツーリズム環境がそれだけ成熟していることを示唆しているといえるでしょう。対応の丁寧さ、知識の深さ、解説の面白さ、ツアーの楽しさにおいて、いずれもビジターから高い評価を受けています。しかしそれは一朝一夕で成立させられることではなく、例えば屋久島における著名なガイド会社YNAC(屋久島野外活動総合センター)では、新人ガイドを育成するのに約9ヶ月もの研修時間をかけています。そのプログラムは段階を踏まえた、かなり専門的かつ高度なもので、奥入瀬においてもかなり参考になるものです。

「奥入瀬を歩いてみたい」という一般観光客の誘致だけにとどまることなく、「ぜひこのガイドの案内を受けてみたい」と思わせる人材の育成と、そのためのプログラム構築が奥入瀬においても必要とされるゆえんです。さて、それでは私たちは、いったいどういうガイド養成プログラムを構築できるのでしょうか。

【参考】

YNACにおけるガイドの知識ベース

3級ガイド

2級ガイド

1級ガイド

照葉樹林・温帯針葉樹林の生態

菌類の生態

屋久島PR講演講師
動物の生態気象アウトドアアクティビティ専門技術指導
ヤクスギ伐採の歴史地質インタープリテーション指導
安全管理日本史・東洋史高校大学等での実習指導
静水域のカヤッキング指導登山技術指導島外でのエコツアープロデュース
リスクマネジメント  


<屋久島野外活動総合センターHPより>

ナチュラリスト講座

奥入瀬の自然の「しくみ」と「なりたち」を,さまざまなエピソードで解説する『ナチュラリスト講座』

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奥入瀬を「天然の野外博物館」と見る,新しい観光スタイルについて考える『エコツーリズム講座』

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奥入瀬散策において想定される,さまざまな危険についての対処法を学ぶ『リスクマネジメント講座』

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