フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(4) フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(4) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

低公害型バスの導入とフリー乗降式の採用

自然環境の「保全」と「利用」の調和を求める「観光」がエコツーリズムです。奥入瀬にエコツーリズムを根付かせるということは、この地域を、これまでのような「単なる景観観光地」のままとどめておくのではなく、保護区である奥入瀬の自然の「しくみ」や「なりたち」を、ビジターや地域住民が「楽しく学べる場」として機能する観光地になる、ということです。

車両による環境汚染と騒音の問題

奥入瀬の「渓谷」という限定された環境下において、車両の通行過多による二酸化炭素の排出量の削減は、当地の自然環境を維持していくうえで無視できない課題です。そもそも、奥入瀬は天然保護地域(地域指定の天然記念物)+特別名勝+国立公園特別保護地区に指定されている自然の「保護区」なのですから、まずはその利用よりも先に環境保全がはかられなくてはなりません。

ところがその核心部において、毎年毎年、観光シーズンになるたび、大型観光バスや車両が渋滞を引き起こし、それが常態化しているという事態は、やはり問題です。騒音を伴う二輪車の乗り入れも、この地域にはまったくふさわしくありません。シーズンを問わず、地元業者を主とした商用車や業務車両が、歩行者の存在を無視した傍若無人な運転で渓流沿い国道を爆走していくことも看過できない事態です。

<観光シーズンに渋滞する渓流沿い国道>

「歩く」奥入瀬から「観る」奥入瀬への転換と移動手段

青橅山バイパス完成後の奥入瀬においては、緊急車両以外の全ての車両の通行規制が予定されています。これにより、奥入瀬の本来あるべき姿である「静穏な環境」の出現が期待されます。しかしここで問題となるのは、渓谷内の「移動手段」です。 約14キロにおよぶ奥入瀬の全域を、徒歩もしくは自転車のみの移動手段に限定してしまうという考え方には、いささか無理がありそうです。自然保護区なのですから、もちろんそのような考え方も否定できませんが、移動手段が徒歩と自転車だけに限定されてしまうことは、従来の「景観の見流し・駆け足観光」に結びつきやすいのではないでしょうか。

<わしわしと距離を歩くだけが奥入瀬の楽しみ方ではありません>

「歩く」奥入瀬から「観る」奥入瀬への転換。それがフィールドミュージアム構想です。エリアやポイントごとに立ち止まり、周囲の自然を観賞するというスタイルを奨励したいというねらいがこの構想の基本にあります。エコツーリズム推進地としての奥入瀬が「積極的に誘致したい客層」は、単に「歩く」ことのみに重点をおくアウトドア愛好者だけではなく、自然をゆっくり・じっくりと観賞することを楽しむ人たちです。自然景観の構成物(=野外博物館の展示物)を、おのおの時間かけ、観賞・観察することを優先するスタイルには、やはり渓流14キロ区間を自在に移動できる「足」が必要となります。

低公害型バスの導入とフリー乗降式の採用

現在、提案されている環境負荷の小さい(と考えられている)電気バスの利用は、現状の選択肢の中では最も望ましいものではないかと思われます。焼山~子ノ口間に電気バスを往復させることで、少なくとも現況よりは環境への負荷が大きく軽減されることでしょう。公園利用者は、往復するシャトルバス(電気バス)を利用して、渓流内を自在に散策するというわけです。低公害型のバスが静かに往復するだけの、静穏な環境が創出できれば、これは素晴らしいことです。

そしてバスへの乗降は、ビジターが好きなところで自由に行うことができるシステムを取り入れるべきでしょう。つまり停留所は決めず、手を上げればどこからでも乗車でき、またどこででも降車可能とし、料金をパス制とすることで1日の乗降回数に制限を設けないシステムを採用すれば、自家用車の乗入規制後であっても、ビジターそれぞれが希望する場所での自由な自然鑑賞が実現可能です。自然遊歩道内の「歩きたい区間」を、それぞれバスでつなげていくリレー散策も可能となります。こうしたスタイルを採用したガイドツアーでは、全域の観賞ポイントを網羅したワンデイツアーを企画することもできるでしょう。

「フリー乗降式」による低公害バスが公園利用者の「足」となることによって、渓流沿いの国道(従来の車道)は、そのまま「舗装されたネイチャートレイル」として活用されるようになるわけです。さらには除雪が可能な車道は、冬季、遊歩道が積雪に埋もれてしまうシーズンにも利用が可能です。これは冬季観光の大きなメリットになるでしょう。保護区の核心部を車道が通るという奥入瀬の特異性を、最大限、有効に生かすことができるのです。

ササラ電車式除雪バス

これは余談です。かなり夢想的なプランではありますが、将来的には、冬季間に稼動させるバスに除雪機能を持たせ、北海道(札幌市電および函館市電)で積雪期に運行されている除雪用車両であるササラ電車(ロータリーブルーム式電動除雪車)のようなものがもし実現できたとすれば、ビジターの激減する冬季観光の「目玉」とすることも期待できるでしょう。

フィールドミュージアム・バス構想

素敵なデザインの車内ポスターで知見提供

加えて、移動機関であるバスそのものに、奥入瀬の自然情報を発信させるシステムを構築するというアイデアはどうでしょうか。「フィールドミュージアム・バス構想」です。せっかくバスを往復させるのですから、それを単なる移動手段だけにとどめておくのはもったいないと思います。バスの車内デザインに工夫を凝らすことで、バスそのものに情報提供機能を持たせた「動くミニ博物館」とするのです。参考とすべき好例があります。九州大学総合研究博物館と、西日本鉄道株式会社西鉄バスが共同で行った「九州大学ミュージアムバスプロジェクト」です。これは博物館が有している学術標本を、美しい写真とユニークなキャッチコピーでポスター化し、それをバスの車内に展示したという、全国でも類を見ない画期的な試みです。月ごとにテーマを変えて継続された、この文化的なプロジェクトは大変好評を博し、書籍化もされたほか、夏休みには子供の自由研究奨励のためのキッズ・プログラムも用意されました。

<ミュージアム・バス内部。従来の広告スペースに博物館の展示物を紹介したポスターが貼られています>
<美しい写真とユニークなキャッチコピーが目を引きます>

この事例は、奥入瀬でのフィールドミュージアム・バス構想に、ぜひ採用すべきアイデアではないかと思います。ビジターの知的好奇心を刺激する素敵なデザインの車内ポスターで、利用者に奥入瀬の森林生態系・河川生態系、地史・地質、歴史など、そうした的確な自然情報の提供を行うのです。初めて奥入瀬を訪れたビジターが、渓流の全貌を掌握するのにも効果的です。トレイルをいきなり歩き出すのではなく、まずは渓流全体のイメージを掌握した後に散策に入ることで、奥入瀬の魅力をより深く理解できることになるでしょう。自然公園内の移動手段に情報提供機能を兼ねた試みは、エコツーリズム推進地としての奥入瀬のイメージアップにも大いに貢献することにもなります。

ネイチャーガイドの同乗による効果

<バス車内でネイチャーガイドがクマタカについて解説―奥入瀬ネイチャーガイドバス(現在、エコロードフェスタ等で実施)>

さらに、このシャトルバスにネイチャーガイドを同乗させることで、ガイドツアーに参加しないビジターにも、バス利用の時点において適切な自然の情報を提供することが可能となります。通常のバスガイドでは、単に名所となっている滝の名称や、そのいわれや伝承などを紹介するくらいです。森や渓流の景観は基本的には「見流し」となりがちで、そこから読み取れる知見や情報についてまではなかなかカバーできません。この点、自然専門のガイドによるアナウンスは、基礎的な知見や情報に加え、実際に遊歩道を散策する際のウオッチング・ポイントやそのシーズンならではの見どころ、おすすめコースなどの情報も提供することができます。

車窓観賞もまたよし

本来、自然とは自らの脚で歩いて楽しむもの、という主張はむろん正論であり、バスに乗っているだけでは自然の魅力を十分に味わうことはできない、というのも正論です。どんなに優れたバスツアーであっても、実際に自然の中を歩くこと・体感することに較べれば、その魅力は半分しか味わえないというのは確かなことでしょう。とはいえ、車窓から景観を眺めるだけでは自然のことなど何もわからない、ということはないと思います。ビジターの中には、脚の不自由な人もいれば、脚力の弱い人もいるでしょう。天候によっては散策を断念しなくてはならないこともあります。ネイチャーガイドの解説を伴うバスの運行は、こうしたシチュエーション下においても有効です。また、乗用車よりも一段高い「バス目線」は、利用者に新たな視点を提供してくれるという点でも魅力的なのです。

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