ネイチャーガイドの必要性とその在り方 ネイチャーガイドの必要性とその在り方 エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

岩に着生したコケをビジターに紹介するネイチャーガイド

地域の自然を読み解く楽しさを伝える存在

 自然観賞型のビジターに対する、適切にして的確な情報や知見の提供は、「絶対になければならない」というものではありません。
 けれども、ないよりはあった方がはるかによい、とはいえるべきものでしょう。なぜなら、「景観の観賞」から読み取るべき情報や知見の不足が、初めのうちはその美しさに感嘆していたビジターの興味関心を次第に沈降させ、引いては「飽き」を誘発し、それが滞在率やリピート率の低下につながっていることもあるからです。

 博物館や美術館をめぐる時、作品に付された解説を読みながら鑑賞するのは普通のことです。もちろん、自分の眼で見たまま・感じたままを楽しみたい人もいるでしょう。それはそれとして、自分のもった印象と、そこに付された解説という二つの情報を基にした作品の鑑賞(楽しみ方)は普遍性を持っています。
 そして、もしそこに学芸員などの詳しい解説が加わったならば、お客の興味や関心はさらに深まり、印象もより強いものとなるのではないでしょうか。
 自然観賞もまた同様ではないかと思います。

 それが奥入瀬の自然散策をより深く、より多角的に楽しみたい客層にとっての、ガイドの存在です。
  一般的な観光案内ではなく、奥入瀬の自然の「しくみ」と「なりたち」(「暮らし」と「歴史」)をわかりやすく伝えることのできる、自然解説を専門とするネイチャーガイド(あるいはエコツアーガイド)です。
 ネイチャーガイドとは、ビジターにその地域の自然解説をなすというだけではなく、ビジターと共に、自然景観を「読み解いていく楽しさ」を伝える存在(インタープリター)でなければなりません。

双方向性(=インタラクティビティ)ガイディングの重要性

 NPO法人奥入瀬自然観光資源研究会のツアーでは、奥入瀬渓流内の馬門岩から雲井の滝に至る約1.5キロのコースを、ガイドが約150分かけて案内していきます。
 一般的な歩行速度では概ね30分ほどの距離なので、通常の約5倍の時間をかけて自然景観を読み解いていくツアーとなっています。
 ガイドは、そこでいったいどういったことをビジターに案内しているのでしょうか。
 ガイディングトークのテーマを、ざっと書き出してみました。

 主に提供する項目のみを単純に列記したもので、これですべてというわけではありませんが、わずか1.5キロほどの距離のなかに、これだけの話題(テーマ)を見出すことができるという一例です。
 奥入瀬渓流の自然散策の「奥行の深さ」を示しているとはいえないでしょうか。

 もちろん、これらの話題を一回のツアーで全て一気に話す、というわけではありません(そんなことをされたら、聴かされている側はたまったものではありませんよね)。
 こうしたひとつひとつのテーマを、ガイドは相手の反応や興味関心の度合い、年齢、構成など、また季節や時間、天候状況等に応じて選択して取り上げていきます。
 これらは「ひとつの話題」でありながら、「それだけ」で完結してしまう話題ではありません。自然界のすべてはつながっています。必ず、どこかで何かと関係しています。関連する話題の一切ないテーマというものはありません。

 ひとつの話題についてのガイドとビジターとの「やりとり」から、さらにそのテーマが奥入瀬という自然の舞台(全体)と、どのようにつながっていくのか。そこについても、ゆっくりとやさしく解き明かしていくのがエコツアーの醍醐味です。
 ここで「やりとり」と表現したのは、この「解説」が、ガイドによる一方的かつひとりよがりなものであってはならない、ということです。こんなにたくさんのテーマ(伝えたいこと)がある、とばかりに押し付けたとしても、聴く側はすぐに食傷してしまいます。飽きてしまいます。

 ガイディングには、常に「啓発力」と「対話力」が求められます。ビジターに「気づき」を促すのが「啓発力」なのです。
  よって、いきなりコアな解説に入るのではなく、まずは紹介した対象をじっくりと観察してもらう、五感で感じとってもらうことが最優先となります。
 そして「観る」という行動を通し、その対象についてビジターと「対話」するのです。
 それはビジターとガイドが「発見の喜びを共有する」ということでもあります。案内役であるガイドが、ここでビジターの方から気づかされること・教えられることなどが多々あってしかるべきであり、そこで解説(対話)の方向性の変更や転換も大いにあり得ます。むしろそうなってこそ、よりよい対話の関係が成立していると見なすべきでしょう。

 こうした双方向性(=インタラクティビティ)がビジターにとっての、より思い出深い「旅の時間づくり」につながっていくのではないでしょうか。このことを、案内者はよく留意しておかなくてはなりません。
 ともすればガイドは、おうおうにして自分の弁舌に酔ってしまいがち。トークに自信があるというガイドは、特に自戒が必要です。
 話を進めながらも、常に相手の目や表情、しぐさなどに注意を払い、そこに退屈や倦怠や食傷の色がわずかにでも見えれば、ガイドはその話題をすみやかに引き取るか、そのトーキング・スタイルを転換するべきでしょう。

 しかしながらこれは、まさに「言うは易(やす)し・行うは難(がた)し」の典型のようなもの。
 こんなことを、さもしたり顔で口にしたり、得意気に記したりするガイド(まさにこの拙文も同様!)に限って、たいてい自分の足下が見えていないことも多いのです。
 だからこそ、常に自戒が必要なのです。自分のガイドスタイルをいつも客観的かつ冷徹に評価する「自己批判能力」が必要になってくるのです。
 自分の言いたいことだけを、一方的に相手に押し付けるだけの「自己満足ガイド」は、もはや必要ありません。むしろお客にとっては、しごく迷惑な存在となってしまいます。
 ビジターには実にいろいろな人がいるので、基本的にはそれぞれのタイプやニーズに合わせていかなくては、ツアーそのものが成り立たなくなってしまうおそれがあります。

 その一方で、「常に足早に自然の中を通り過ぎていこうとするビジターの足をどう止めるのか」という主題から簡単に目をそらしてはいけないと思います。言い換えれば、地域の自然を楽しみながら理解してもらうという主題を、安易に放りだしてしまってはならないということ。

「このヒト、ぜんぜん話聞いてくれないや」「なんだか、あんまり自然のことについては興味がなさそうだな」などと簡単に白旗を上げてしまってばかりでは、ネイチャーガイドとしての「本来の務め」は、いつまでたっても果たせないままとなってしまいます(むろん、話を聞いている相手に「もう結構」と白旗を上げさせてしまっても同じです)。
 ガイディング・スタイルの確立には、ガイドのあくなき努力と探求が必要とされるゆえんです。

優れたガイディングとは「デザイン&ストーリー&スタイル」を適切に伝えられること

 NPO法人奥入瀬自然観光資源研究会では「コケ植物」(蘚苔類)に代表される「足もとの小さな自然」の観賞をテーマにした自然散策スタイルを提唱し、コケのガイドツアーを実施しています。
 これは先述した「足早に自然の中を通り過ぎようとするビジターの足をどう止めるか」というところから生まれ出てきたテーマです。
 コケ植物とは、奥入瀬の景観形成においてきわめて重要な存在なのですが、しかしそこに自ら目を向けるビジターはほとんどいません。
 コケを観察するためには、その場にしばらくたたずみ、また、しばしば地面にうずくまることも必要で、足早に移動しているだけでは決して知ることのできない世界です。

 この観察スタイルの基本は、前章で述べたランブリングです。
「ぶらぶら歩き」のランブリングを、よりスローに特化させたスタイルです。単にコケを見る(観る)というだけではなく、コケに目を向けることで同時に見えてくる多様な存在(生きもののみならず、地質や事象なども含みます)に気づくことができる、という大きな利点があります。

 コケツアーにおけるガイドは、まずビジターに道すがらの小さな存在に対する「気づき」を与え、その魅力(デザインおよびストーリー)を共に楽しみながら、立ち止まり、うずくまり、時間をかけて対象を観るという、通常とは異なった観光地における歩行スタイル、自然観察の本来のあるべきスタイルそのものをも伝えているのです。

 コケツアーに限らず、ビジターに対し、このDSS(デザイン&ストーリー&スタイル)を適切に伝えられることが、優れたガイディングに求められる条件ではないでしょうか。
 地域の自然の多様性と、その「しくみ」と「なりたち」(「暮らし」と「歴史」)を効果的にビジターへと伝えてゆくことで、知的な満足度を高めてもらう旅の在り方、これがエコツーリズムと呼ばれる観光スタイルなのだと思います。

 迎える側に課せられるのは、ビジターの知的満足度の向上を目標としたナビゲートです。
 それはガイドからの一方的な「講義」ではなく、ビジターの「気づき」をうながす啓発を通して、共に「自然を学ぶ楽しみ」を味わうことでもあります。
 訪れた地域そして現地での案内者との「関係性」が生じた旅は、よりリピーターの発生につながりやすくなっていくのではないでしょうか。

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