なぜ奥入瀬で山菜やきのこを採ったらだめなのか (その2) なぜ奥入瀬で山菜やきのこを採ったらだめなのか (その2) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

奥入瀬渓流は採取禁止区域

春、そして秋になると、全国各地で多くの人たちが山菜ときのこを求めて森へ出かけていきます。奥入瀬渓流・十和田湖もその例外ではありません。袋や籠を持って遊歩道外に立ち入る人たちを数多く目にします。自然度の高い地域の核心部を車道が貫通しているため、車を停めたすぐ横で山菜やきのこを採取することができる。この容易さが魅力なのでしょう。

しかし奥入瀬渓流・十和田湖エリアは、広範囲にわたって自然公園法による国立公園の特別保護地区および特別地域に指定されています。また、文化財保護法による「特別名勝及び天然記念物」の指定地でもあります。さらには森林地域のほとんどが国有林です。整理すると、この地域では、以下の3つの法律において植物の採取が明確に禁じられているのです。

①自然公園法
②文化財保護法
③森林法
※植物採取に関しては「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」も関係します

①自然公園法

自然公園法とは、国立公園や国定公園において、自然の保護と利用を図るために定められた法律です。奥入瀬渓流は十和田八幡平国立公園に属し、そのほとんどが特別保護地区に指定区域。十和田湖エリアも同様で、御倉半島や中山半島、十和田湖北岸などは特別保護地区に指定されており、それ以外の地域は広く特別地域に含まれています。

◆十和田八幡平国立公園地図
https://www.env.go.jp/park/common/data/07_towada_map_j.pdf

「特別保護地区」においては、自然公園法の第二十一条3項で「特別保護地区内においては、次の各号に掲げる行為は、国立公園にあつては環境大臣の、国定公園にあつては都道府県知事の許可を受けなければ、してはならない」とあり、以下の行為が禁止とされています。

施行日: 令和元年十二月十四日(令和元年法律第三十七号による改正)

一 前条(第二十条「特別地域」)第三項第一号(工作物を新築し、改築し、又は増築すること)第二号(木竹を伐採すること第四号から第七号まで(四号 鉱物を掘採し、又は土石を採取すること。五号 河川、湖沼等の水位又は水量に増減を及ぼさせること。六号 環境大臣が指定する湖沼又は湿原及びこれらの周辺一キロメートルの区域内において当該湖沼若しくは湿原又はこれらに流水が流入する水域若しくは水路に汚水又は廃水を排水設備を設けて排出すること。七号 広告物その他これに類する物を掲出し、若しくは設置し、又は広告その他これに類するものを工作物等に表示すること)第九号(水面を埋め立て、又は干拓すること)第十号(土地を開墾しその他土地の形状を変更すること)第十五号及び第十六号(十五号 屋根、壁面、塀、橋、鉄塔、送水管その他これらに類するものの色彩を変更すること。十六号 湿原その他これに類する地域のうち環境大臣が指定する区域内へ当該区域ごとに指定する期間内に立ち入ること)に掲げる行為
 木竹を損傷すること
三 木竹を植栽すること
四 動物を放つこと(家畜の放牧を含む)
五 屋外において物を集積し、又は貯蔵すること
六 火入れ又はたき火をすること
 木竹以外の植物を採取し、若しくは損傷し、又は落葉若しくは落枝を採取すること
八 木竹以外の植物を植栽し、又は植物の種子をまくこと
九 動物を捕獲し、若しくは殺傷し、又は動物の卵を採取し、若しくは損傷すること
十 道路及び広場以外の地域内において車馬若しくは動力船を使用し、又は航空機を着陸させること
十一 前各号に掲げるもののほか、特別保護地区における景観の維持に影響を及ぼすおそれがある行為で政令で定めるもの

ここで注目すべきは「七 木竹以外の植物を採取し、若しくは損傷し、又は落葉若しくは落枝を採取すること」の部分です。特別保護地区においては、植物を採取したり損傷したり、はたまた落葉や落枝を採取することもまかりならん、というルールです。すなわち、この指定エリアにおいて山菜やきのこを採取するという行為は、問答無用の違反行為ということになります。

(同項十一号「特別保護地区における景観の維持に影響を及ぼすおそれがある行為で政令で定めるもの」という箇所も気になりますが、単に「景観の維持に影響を及ぼすおそれがある行為」ではなく、それが「政令で定めるもの」となっている部分が引っ掛かります。「政令で定められた景観の維持に影響を及ぼすおそれがある行為」とは、具体的にどのようなことなのでしょうか。ここが明確に示されない限り、同号がどういう形で適用となるのか、はっきりしません)

ちなみに、自然公園法第二十一条3項に違反すると、どうなるのでしょうか。罰則として同法第八十三条において「六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」と定められています。もっとも、奥入瀬で山菜を採取して検挙され、懲役六ケ月に服したり、罰金五十万円を支払ったという話は、まだ聞いたことがありません。

※きのこは植物に分類はされませんが、平成14年に環境省部内で生態系の一部であるきのこを植物的要素とみなし、植物と同様に取り扱うとの解釈の整理がなされています。

②文化財保護法

文化財保護法とは、文化財の保存・活用と国民の文化的向上を目的とする法律です。奥入瀬渓流・十和田湖は、共に文化財保護法によって「特別名勝及び天然記念物」に指定されています。天然記念物とは「動物植物及び地質鉱物のうち学術上貴重で、わが国の自然を記念するもの」(天然記念物指定基準)であり、奥入瀬渓流・十和田湖エリアは、保護すべき天然記念物に富んだ区域(天然保護区域)として定められています。一方、特別名勝とは「風致景観の優秀なもの、名所的あるいは学術的価値の高いもの」(特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準)の中でも、特に価値が高いものとして指定を受けているものです。奥入瀬渓流そのものが、天然保護区域という名の天然記念物なのであり、かつまた優秀な風致景観であるというわけです。

◆特別名勝および天然記念物の対象区域
http://www.city.towada.lg.jp/docs/2020082400015/files/kuiki.pdf

文化財保護法の第百二十五条において「史跡名勝天然記念物に関しその現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文化庁長官の許可を受けなければならない」と定められています。奥入瀬渓流・十和田湖は保護区域全体が天然記念物であり、風致景観全てが特別名勝ですので、その価値をつくっている自然物を採取したり、傷つける行為は当然ながら禁止されているわけです。もちろん山菜やきのこの採取もこれに該当します。奥入瀬での採取行為は、この点においても明らかな違反行為となるのです。

この第百二十五条に反するとどうなるのでしょうか。同法の第百九十六条において「史跡名勝天然記念物の現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をして、これを滅失し、毀損し、又は衰亡するに至らしめた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する」と定められています。渓流内の山菜やきのこの採取者を「名勝天然記念物の現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をして、これを滅失し、毀損し、又は衰亡するに至らしめた者」とするならば、当該者には懲役か禁錮、または100万円を上限とする罰金が科せられるはずなのですが、自然公園法と同じく、当地においてそのような話は耳にしたことはまだありません。

③森林法

森林法とは、森林の管理・計画等に関する基本的事項を定めた法律です。日本の森林は「国有林」と「民有林」に分類され、それぞれ所有者が決まっています。国有林とは、国が管理する森林です。民有林とは国有林以外のものを差し、県や市町村が所有する公有林、個人や企業が所有する私有林に分けられます。そのため、国有林に生える山菜やきのこは国が所有権を有することになり、民有林に生えるものは個人や市町村などが所有権を有するということになります。

奥入瀬渓流・十和田湖の森林のほとんどは国有林で、水源涵養林として保安林に指定されている所がほとんどです。国有林ですので、そこに在るものはすべて国に所有権があり、他人が勝手に山菜やきのこを採ってはならないのです。所有者がいるのに、許可なく採取するという行為は窃盗とみなされ、森林窃盗罪の適用となるわけです。

森林窃盗罪は、通常の窃盗罪よりも罰則は軽いのですが、森林法第百九十七条において「森林においてその産物(人工を加えたものを含む)を窃取した者は、森林窃盗とし、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」と定められています。また、保安林で同様の違反行為を行った場合は、同法第百九十八条に抵触し、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」と罰則が重くなります。実際には、森林を管理する側はそこまで厳しく取り締まらない(=取り締まることができない)ことが多いのが実状ですが、悪質なケースだと損害賠償を要求される事例も全国で出ています。

渓流沿いの森をわがもの顔に歩き回り、あろうことか遊歩道沿いのきのこまで採取していく者は、森林窃盗罪にも問われるというわけです。

(その三に続く)

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