魚を主食とするダンディなタカ 魚を主食とするダンディなタカ ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

魚を主食とするダンディなタカ

魚を主食とするダンディなタカ

ミサゴというタカがいます。英名は オスプレイ(osprey)。白と黒を基調とした、とてもダンディな猛禽類です。ワシやタカなどの猛禽類といえば、他の鳥や動物を襲って食べるとの印象が一般的には強いのですが、このタカはちょっと変わっていて、主に魚類を捕食しています。魚食性の猛禽類なのです。ゆえに、その生息環境は海岸や大きな河川で、また内陸部の湖沼やダムなどにも姿を見せます。

子供の頃、まだ見たことのなかったこの鳥に、ずいぶん憧れを募らせました。青や赤の鮮やかな色彩の鳥も魅力的でしたが、どうしてか、白と黒のデザインの鳥に対して、より強く魅かれていたのです。ヤマセミ、カササギ、セグロセキレイ、サンショクイ……そういった、いわばモノクロ(?)な鳥たちに、ことさら魅了されておりました(これらのうち奥入瀬近辺で見られるのはヤマセミとセグロセキレイくらいです)。ブラック&ホワイトの落ち着いた色あいに、心をくすぐられていたのでしょう。単に「カッコいい」という、それだけのことです。なかでもミサゴは、そのダンディさにおいて、群を抜いていました。写真集でその典雅な姿を眺めては、出逢える日を楽しみにしていました。しかし不安もありました。ミサゴは激減している猛禽類である、というようなことが、おおむね、どの本にも書かれていたからです。海や湖に縁のない土地に育った私には、ミサゴは縁遠い鳥だったのです。

<飛翔するミサゴ>

初めての出逢いは、北海道の海辺でした。想像以上の美しさでした。以来このタカが実はそれほど珍しく、希少な鳥であるわけでもなく、比較的フツウの猛禽類であることが、だんだんとわかってきました。ですが「特別な鳥」でなくなっても、やはりミサゴのダンディさにはつい見惚れてしまいます。りりしい、という言葉が、これほど似合う鳥も、そうはいないのではないかと思っています。ただこの鳥、結構表情が豊かで、そのまなざしが時にマヌケな印象になることも知り、ますます親しみを持ちました。

水を探る鳥

彼らをよく見かけるのはやはり海沿いです。たまに丘陵地などで目にしても、実のところは海からさほど離れてもいない場所ということが多いのです。ただ、深い山あいの湖やダム湖で繁殖している個体も、それなりにいるようです。それは、その水域の魚の資源量にも大きく関連してくることなのでしょう。沿岸の印象の強い鳥を山地で目にすると、またちょっと違った感じで新鮮です。山中の湖といえば、こちら十和田湖もまたその例に洩れません。そしてミサゴは、十和田湖の上空にも、時どき姿を見せてくれます。ピョッピョッピョッピョッ、と鋭い声で鳴きながら、御倉山のあたりを優雅に旋回しているところを見かけたり(遠目にはちょっとカモメっぽく見えることも)、お客さんと一緒に遊覧船に乗っている時などにも水上飛行中のものを目にします。大きなコイを狙っているのでしょうか。それとも、ヒメマスなのでしょうか。たまに水中にダイビングするようすも観察できます。宇樽部でカヌーに乗っている時に観察できたこともありました。切り立った断崖(千丈幕)をバックに、ことのほか優雅に湖上を舞う白いタカを、カヌー上から堪能できたのです。なかなかよい体験でした。

奥入瀬にほど近い、蔦温泉の森(蔦の森)では、六つの沼のうち最も大きな蔦沼でミサゴを観察したことがあります。ある秋の日のこと、時おり激しく発声し、ブナの枝から枝へ移りながら、魚を狙っているようでした。やがて空中へ飛び上がり、ホバリング(停止飛行)、その後、水中へ向け一直線にダイビング。再び空へと舞い上がった際、その脚にしっかりと捕まえられていたのは、ずいぶん立派なサイズの、おそらくはコイと思しき魚でした。ミサゴという名のいわれは「水探(みさぐ)り」との説もあります。まさに、水中の魚を探る鳥、であります。納得です。みさぐ=みさごへの転訛は、わかりやすいですね。

奥入瀬のミサゴ、十和田湖のミサゴ

奥入瀬渓流でもミサゴを目にする機会は、それほど珍しいことではありません。それでも初めての出逢いはなかなか衝撃的でした。どういうわけか遊歩道の上に「落ちて」いたのです。なんでこんなところに! と、少なからず驚きました。何が原因だったのかわかりませんが、しかし目の光は衰えておらず、元気はありそうでした。若い個体で、何かのアクシデントでたまたま落鳥してしまったのではないかと思われました。その足下にはちぎったパンが置いてありました。きっと、通りかかった観光客の方が、心配して与えたものでしょう。心やさしい方もいるものです。ほほえましいながめでしたが、さすがに口にした様子はありません。写真を一枚頂こうと、腰を屈めて、少し近寄ってみました。とたん、ツンと鼻をつく魚臭を感じました。なるほど、やっぱりミサゴは魚食専門の猛禽なのだなあ。改めてそう感心させられたものでした。

<奥入瀬遊歩道に「落ちて」いたミサゴ。目にまだ力がありました>

それほどの頻度で目するわけではないので、以前は奥入瀬や十和田湖に姿を見せるミサゴは「居つきの個体」ではないのだろうと思っていました。とはいえ、単に通過個体(流れ者みたいな感じ)とは、またちょっと異なるような気もしていました。その後、北海道で数例のミサゴの営巣地を目にするに至り、ちょっと考えが変わりました。沿岸の崖の上や切り立った岩の頂、比較的大きな湖の湖畔の森の樹上、また沿岸から12キロ離れた山中の岩上に営巣していた例もありました。かれらの巣は目立つようでいて、しかし「そういう視点」で探してみなければ、案外と周囲に溶け込んでしまって、見落としがちになるような気がしてきたからです。また多少鳥を知っている人なら「先入観」というものもあるのではないでしょうか——こんなところにいるはずがない・巣を懸けるはずがないだろう、といったような。そんなことから、おそらく十和田湖でも、気づかれていないだけで(きっと気づいている人もいるだろうとは推察しますが)どこか(おそらくは樹上だと思います)で、ひっそりと営巣しているのではないかと、そんな期待もしています。ただ、これまでの観察例から想像するに、この界隈に定着している個体数はおそらくわずかではないかと想像しています。十和田湖を中心に、奥入瀬渓流、蔦川や蔦沼を行き来している個体がいることは確かでしょう。彼らはきっと十和田湖の周囲にあるダム湖などを周回しているのではないでしょうか。八戸沿岸部と往来しているかどうかはわかりません。

<奥入瀬渓流の下流域(黄瀬)で目にしたミサゴ。写真ではわかりにくいのですが、実は脚に大きな魚をつかんでいます。蔦川方面から飛来し、枝にしばらく止まった後、魚を持ったまま十和田湖方面(奥入瀬上流域)へ飛来していきました>

『第3回全国鳥類繁殖分布調査』(植田・植村2021)という報告によれば、ミサゴの繁殖は1970年代にはほとんど沿岸部に集中していましたが、90年代以降、内陸部での営巣確認が増加し、2000年代以降は内陸部での繁殖例が増加しているとのことでした。特に山中の送電線の鉄塔上で営巣する例が増えているとのこと。ミサゴの個体数が増えている結果なのかも知れませんが、おそらくは鳥を観察する人口の増加―特にデジカメ時代となって、かつての野鳥愛好家に加えて、単に撮影対象として猛禽類に目を向ける人が激増してきたこと—も、こうした記録増加の要因のひとつではないかとも考えられます。一概に「鳥が増えてきた」というだけではなく、いわゆる「見る目」が増加してきたということです。少数の愛好家たちが「少ない」といっていた時代とは、自然環境だけでなく、社会環境もまた変容してきているのではないかと思うのです。

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