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雨の森で出逢ったハンサムな蝦蟇王

蝦蟇に逢う

雨の森の遊歩道で、大きなヒキガエルに出逢いました。のそり、のそりと、薄暗い森の底を、貫禄十分に歩いてきます。なんだか見おろしていては失礼であるなような気持になって、こちらも這いつくばって目線を合わせました。正面から対峙するとなおのこと、実によい面構えをしています。森のヌシといった感じです。蝦蟇(がま)、という言葉を思い浮かべました。ガマガエルというのは、いわばヒキガエルの俗称なのですが、「蝦蟇王」とでも呼びたくなるような、そんな風格がありました。

その時、目の前で何かがぴょんと短く跳ねました。そちらはうんと小型の、茶色いカエルです。なじみのヤマアカガエルかしら、と一瞬思いましたが、よくよく見ると、なんとヒキガエルのこどもです。体はちっちゃくても、むっつりとした顔つきはオトナと一緒。蝦蟇王をそのままミニチュアにしたという感じで、なんだかとても愛嬌がありました。

ヒキガエルは日本のカエルの中では最も大きく、暖かい地方のものほど大型になります。全身に大小の「いぼ」を持ち、その「いぼ」や耳腺(鼓膜の後)から白い毒液を分泌します。体の色にはいろいろなパターンがあるのですが、黄褐色ならオス、茶褐色ならメス、ともいわれます。春の繁殖期には皮膚がなめらかな感じとなり、オスは全身の黄色味が、より強くなります。

ふたつの亜種

ヒキガエルは、標準和名をニホンヒキガエルというヒキガエル科の一種です。ニホンヒキガエルという「種」には、二つの「亜種」があります。亜種というのは、種の特徴を持ちながら、地域ごとの特徴を別に持った集団のこと。東北の森に棲むヒキガエルは、種ニホンヒキガエルの亜種アズマヒキガエルと呼ばれます。もうひとつの亜種は、ニホンヒキガエル。こちらは種名と亜種名が一緒です。ヤヤコシイ話ですが、種ニホンヒキガエルの亜種ニホンヒキガエル、ということになります。

亜種アズマヒキガエルは、北海道の函館周辺(おそらく人によって持ち込まれたもの)と、本州の東北部(近畿地方・山陰地方まで)に分布しています。亜種ニホンヒキガエルの方は、本州の近畿地方から山陰地方より西南部に、そして四国、九州ほか、屋久島や種子島など南の離島に分布しています。しかし東京や仙台などの都市部には、どういうわけか人の手で移入されているそうで、こうなると二つの亜種が混在していることになり、ますますヤヤコシイ話になりますね。

東日本はハンサム系?

亜種ニホンヒキガエルの英名はWestern-Japanese Commom Toad で「西日本のヒキガエル」という意味です。学名は Bufo japonicus japonicus で「日本のヒキガエル」という意味になります。亜種アズマヒキガエルの英名は Eastern-Japanese Common Toad です。東日本のヒキガエル、ですね。ところが学名の Bufo japonicus formosus は「ハンサムなニホンのヒキガエル」を表します。formosus には「美男子」という意味があるのです。でも、どちらのヒキガエルを見てもそっくりで、格別アズマヒキガエルの方が「カッコイイ」とは思えません。実際、両亜種の見た目のちがいといえば、鼓膜の大きさだけなのです。鼓膜の小さなアズマの方がハンサムとはどういうことなんでしょう? 西日本のヒキガエルはハンサムじゃない? 動植物の命名にはフシギが多いですね。

もともとは森の生きもの

さて、森の中で出逢ったハンサム(?)な蝦蟇王。近くに水場らしい水場はありませんでした。いったいどうしてこんな森の中にいるの。実は一般的なイメージとはちがって、ヒキガエルはもともと陸域に棲む生きもの、森のカエルなのです。産卵の季節以外は、ほとんど水辺に近づくことがありません。繁殖期のみ、水たまりに集まってきて、「蛙合戦」と呼ばれる、メスの争奪戦を展開します。オスがメスに抱きついて抱接すると、メスは水中の枯れ枝や水底に、長いひも状の卵塊を産みます。そして産卵を終えると、再びふだんの生活の場である森へと戻っていくのです。

卵は1週間ほどで孵化します。全身真ッ黒のオタマジャクシは、水中のプランクトンや腐った葉、また動物の死骸などを食べて成長します。ヒキガエルはオタマジャクシの期間が短く、すぐに小さなカエルに変態し、森での生活に移ります。

おおむねは夜行性で、日中は大きな石や倒木の隙間などに身を隠しているのですが、雨や曇りの日には、昼間から薄暗い森の下を、のそのそと歩きまわっていることがままあります。かの蝦蟇王も、私と同じように雨の森の散策を楽しんでいたのかも知れません。

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