路傍で見つけた、ひみつの鳥の巣 路傍で見つけた、ひみつの鳥の巣 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

路傍で見つけた、ひみつの鳥の巣

下流域の遊歩道沿いで、鳥の古巣を見つけました。ツツジの灌木(かんぼく)の上にあり、ポンと無造作に載せてあるだけのようにも見えます。まる見えで、そばを通れば、誰にでも、すぐにわかりそうなもの。ところが緑の季節にはまったく気づきませんでした。かたわらをいくども通っていながら、そこで子育てをしていた鳥のことがまったくわからなかったのです。鳥の巣というものは、実にたくみに隠されているものなのだなあ、といたく感心してしまったのでした(自分の散漫のキワミのような注意力不足は棚に上げて)。

思い返してみると、春先の頃、近くで鳴いている鳥の姿を何度か目にしたことがありました。その鳥とはウグイスです。初めは、たまたま姿を見せただけなのかと思っていました。ウグイスはササ藪を好む野鳥です。奥入瀬にはチシマザサやクマイザサが自生しています。一般に、ササはあまり湿った場所でははびこらないタイプの植物なので、渓流沿いではそれほどの面積を占めているわけではありません。いわゆる「タケノコ採り」の人たちが、季節になれば押し掛ける八甲田の山上などとは較べるべくもありません。渓谷の上の方にある、水はけのよい、乾いた場所ではササが繁茂していますので、きっと子育てにはそういう場所を選ぶのだろうと思っていました。

ところが初夏を迎える頃になっても、しきりと囀っているのです。声量のある「ホーホケキョ」です。しかも「谷渡り」と呼ばれる「ケキョケキョケキョケキョ」という連続音もしょっちゅう。あれ、これはもしかしたら、とは思わないでもなかったものの、まさか歩道脇に巣があるとは想像もしませんでした。葉っぱが落ちて初めて、あらまーびっくり、だったのです。

ウグイスという鳥は、季節によって棲む場所を変えています。海外に渡ることはないとされ、国内で一年を通して生活しています。春から夏の終わり頃までは山地で子育て、秋から早春までは暖かい地方や雪の少ない低地に移って冬を越す、といったライフスタイル。西南地方のものは周年同じ場所で過ごすものもいるようですが、北国では多くのものが季節移動をしています。冬は南へ、夏は北へ。

森の下層部や林縁などの藪(やぶ)などで、おもに昆虫を採食しているウグイスにとって、冬に雪の降り積もる寒冷地では、どうしても日々の糧が得にくくなります。これが暖地へと移る大きな理由でしょう。そして春になると山地や北国へと戻ってきます。夏の暑さを避けるため、でしょうか。でも、単に「避暑」に向かうというわけではなさそうです。北の地方は季節の変化が激しいがゆえに、春から夏にかけての昆虫の発生量が大変多くなるからでしょう。なにせ子育てにはたくさんの虫が入り用となります。餌を集めやすいということは、あまり藪地から出ることのない(つまり餌を採る環境が限られている)ウグイスにとって、それだけ都合がよいのでしょう。

春、北国に戻ってきたオスは大きな声でしきりと囀り、なわばりを構えます。半月ほど遅れてメスがやってくると、選んだオスのなわばりの中に巣を構えます。ササの枯葉を、巻くようにして編んで作ります。完成までには1週間から半月ほどと開きがあるようです。やはりウグイスの中にも器用なものもいれば、不器用なものもいるということでしょうか。やがて5個前後の卵を産むと、約2週間で孵化、その後約2週間で巣立ち、約3週間ほど巣外で世話をしたあと、もういちど新たに巣を作り、引き続き2回目の繁殖に入ります。

子を育てるために「家」が必要であるのは、ヒトも鳥も変わりません。ですが私たちにとっての「家」が子育ての場だけではなく、生活全般の場であるのに対し、多くの小鳥たちにとっての「巣」は単純に繁殖のためだけの場所です。子を無事に育て終えた後には、二度と利用されることがありません。夜、寝に帰ることもありません(ただし猛禽類など大型種ではこの限りではありませんが)。ゆえに鳥の巣は、見事なまでに精巧でありながらも、堅牢さには、いまひとつ欠けるのでしょう。ウグイスの巣も、嘴だけでよくぞここまでと思う反面、全体にはどこかおおざっぱな印象があります。それもそのはず、せいぜい1カ月ほど保てばよいだけなのですから。多くの古巣が、その年の冬のうちには、雨風や降雪などによって崩れ落ちてしまいます。

子育ての最中に巣を長いこと覗き込んだり、巣材やつくりを吟味しようと手など触れようものなら、親鳥はいとも簡単に巣卵を見捨ててしまいます。しかし「ぬけがら」となってしまった巣あれば、そんな心配はありません。冬は、鳥の古巣の発見・観察にはうってつけの季節というわけです。持ち帰って標本にする人もいますし、どのような構造になっているのかと分解してみる人もいます。例えばタカのように同じ巣を続けて使う生態を、ふつう小鳥は持ちませんので、そういう楽しみ方もできるというわけです。

冬の森を散策していると、葉が繁っていた時にはまったく思いもよらなかったような場所に、ぽつんと巣があるのに気づき「あれれっ」と驚かされることもしばしば。なんとなんと、こんなところで卵を産んでいたのか。自分の注意力・観察力のなさに呆然とさせられたり、いやいや鳥の方が一枚上手だったのだ、と無理に納得させたり。冬の古巣ウオッチングは、作り主が不在であるにもかかわらず、逆にその存在を身近に感じさせてくれるという、ちょっと不思議な魅力を秘めているのです。

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