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蛾に宿る菌類

森の沢筋で、ちょっと珍しいものを見つけました。何かの虫が、菌類におかされている姿です。冬虫夏草の一種です。全身がすっかり菌に覆われていて、元来どのような姿だったのか、いったい何の虫だったのか、一見したところでは、よくわかりませんでした。セミかな、それとも甲虫なのかなあ、といろいろ想像しましたが、冬虫夏草の図鑑を見ると、どうもガヤドリタケの一種のようです。すなわち「蛾に宿る茸」です。なんと、本体はガの成虫だったのです。

冬虫夏草は「とうちゅうかそう」と読みます。子嚢(しのう)菌類に属するキノコの一種です。ただしキノコはキノコでも、よくある、傘と柄のあるタイプではなく、主に棍棒(こんぼう)状です。

冬虫夏草という言葉を耳にすると、なんだか生きものというよりは、むしろ漢方薬の一種かと思われている方も少なくないかもしれません。本来、冬虫夏草というのは、中国に特産するコウモリガ(蝙蝠蛾)の幼虫に発生する菌類に与えられた名称でした。現在では、昆虫から生ずるキノコの「総称」となっています。なので、ひと口に冬虫夏草といっても、実にいろいろな種類があるのです。生きた虫に取りついて養分を得ています。つまり寄生菌類です。種ごとに「ホスト」と呼ばれる決まった虫に寄生します。ホストとなる昆虫には、ガの他にセミ、ハエ、カメムシ、トンボ、ハチ、アリなどがあり、また昆虫以外にもクモ類やダニ類に取り付くものもいます。そして虫の体内で菌糸の核をつくり、やがて時期が来ると、体を突き破ってキノコが出てくるのです。ちょっとホラーチックなイメージです。エイリアンみたいな感じもします。それだけに、たいへん興味深い生きものであるともいえます。

<奥入瀬でもっともポピュラーな冬虫夏草といえば、こちらカメムシタケ。虫の本体にはあまり変化がありませんが、黒く細長い柄が伸び、先端にオレンジ色の棍棒状の子座(ストロマ)を付けます>

さて、ガヤドリタケの一種ですが、こちらは鱗翅目(りんしもく)すなわちチョウやガの成虫より生ずる冬虫夏草の一種、ガヤドリナガミツブタケ(=蛾/宿/長実/粒茸)ではないかと思われます。ガヤドリナガミノツブタケとあいだに「ノ」の入る表記もあるようですが、いすれにしても舌を噛みそうな名称です。別名をツブノスズメガタケ(粒雀蛾茸)といい、また同種内での変異によって、変種アメイロスズメガタケ、変種ガヤドリキイロツブタケなどがあるといいます。もうこうなってくると専門外の人間にはどうでもいいような気がしてきますし、光の具合など条件によっては白にも飴色にも黄色にも見えてしまうので、いったい写真の個体が、ガヤドリナガミツブタケなのか、それともアメイロスズメガタケなのかガヤドリキイロツブタケなのか(あるいはジュズミノガヤドリタケというものもあるそうです。もうおなかいっぱい)いったいそれらのうちのどれにあたるものなのかは、はっきりしません。

別名や変種名に「スズメガタケ」とあるのは、このグループははじめホストであるスズメガの名をとって、雀蛾茸と呼ばれていた頃のなごりであるといいます。後になって、ガヤドリタケと名称が変更になったようなのですが、実に発音しにくい。個人的には、スズメガタケの方が口にしやすくて、よかったのですが。せめてガヤドリなどでなく、ヤドリガタケくらいにしておいてほしかったと思います。

さて、そんな種類(分類)や名称についてはともかく、この冬虫夏草、見れば見るほど、実にキテレツなデザインをしています。ぱっと見には、虫の死体が黄白色のカビに覆われたような感じなのですが、先の尖った太い針状、棍棒状の突起が、不規則に、背からも腹からも、全身いたるところからにゅきにょきと生え出ています。なかなかエグいです。グロいです。さわってみると、軟らかくはなく、むしろ硬め感触なのは意外でした。ふつう菌糸によって、しっかりと枝や葉に固定されていると聞きますが、これはぽつりと一個だけ、かぼそい水流の上に落ちていました。

<水流に落ちていたものを拾い上げコケの上に置いてみました。杖を突いている魔女のような姿に見えました。グロくってエグいけれど、なんだかゴシックホラー的な魅力もあります>

このグループは、山地の渓流のほとりに主として発生します。森の中の空中湿度の変化や通気性に対し、たいへん敏感な菌類であるといわれています。倒木の上や立木の根元、日あたりのよくない崖の壁面などにも稀に着生するといいます。発生期は夏から秋のようですが、そのまま越冬するため、冬でも見つかります。いやむしろ葉の落ちた冬の方が発見率は高いかも知れません(もちろん雪が降ってしまったらだめですが)。基本的には希少なものなのでしょうが、冬虫夏草全体で見れば、普通種にカテゴライズされているそうです。しかし、小さなものだけに、いざ探すとなるとなかなか見つかりません。偶然の出逢いに感謝するほかなさそうです。

まれに、カラスアゲハの成虫に発生するものもあると聞きました。もしそんなものを見つけることができたなら、オドロキとヨロコビのあまり、きっとひっくりかえってしまうでしょう。奥入瀬のまわりには小さな沢筋が豊富なので、今後に期待しています。冬の森の沢筋ランブリングの楽しみが、またひとつ増えました。

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