華麗なる皇帝の紅いキノコ 華麗なる皇帝の紅いキノコ ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

華麗なる皇帝の紅いキノコ

卵茸(たまごたけ)

森をぶらぶらしていると、期せずして「食べられるキノコ」に出逢うことがあります。いわゆる食菌(しょくきん)というやつです。

地味な色あいをしていて、似たような風貌のキノコは、実にたくさんあります。そういうものは、しばしば有毒種との混同が起こりがち。慎重な人やこわがりな人は、もちろんそうしたものにうかつに手を出したりはしないでしょうが、毎年毎年、「誤食」による中毒事件を耳にします。

ろくに知りもしないキノコを、よく恐れもなく、安易に口にできるものだなあ、と呆れてしまう一方で、もしかしたら「採ってきた人」と「食べた人」が、必ずしも一緒であるとは限らないのかも、と思ったりもします。なかには「いただきもの」を口にしてしまった人だっているかもしれません。

「名人」とか「専門家」とされる人からの頂戴ものは、あまりよく確認もせず、そのまま食してしまいがち。いちおう自分でも「これはいったいどういうキノコなのか」と、食べる前にまず図鑑で確認してみる。それくらいの知的好奇心と用心深さは、あった方がよいのかも。

それでも、素人目にも間違えようのないくらい、すぐに「食菌」と判じられるものもあります。タマゴタケも、そのひとつ。朱色の傘と、だんだら模様のあるすらりとした黄色い柄を持った、とてもあでやかなキノコです。

夏のさかりから秋にかけて地上に現れます。森の底で姿を見せはじめた時(つまり、まだ幼菌の時)には、白い外皮に覆われています。そのさまが、まるでタマゴのようであることから付けられた名前なのでしょう。

個人的な印象では、それはタマゴというよりも、繭(まゆ)という感じなのですが、白い膜の上部が開き、やや橙色がかった目にも鮮やかな赤い傘が現われ、それが徐々に開いていくさまは、やはり「卵」からの「誕生」を想わせます。

発生には年によって多少があり、見ない年にはまったく見られません。多い年には(気をつけて歩いてみると)そこかしこでさまざまな成長段階のものが見つかります。

毒菌であるベニテングダケとよく似ているといわれます。ですが、そちらの柄は白いので、慣れればすぐに見分けることができます。傘の上の白いイボの有無もポイントです。『青森県産きのこ図鑑』(2018)によれば、色味はまったく異なりますが、「白い繭」を想わせる袋状のつぼを持った種類には、他にキタマゴタケやミヤマタマゴタケ、タマゴタケモドキなど多々あります。いずれもブナ林で見られる、やや大型のキノコたちです。

皇帝のキノコ

最初にタマゴタケを目にした時には、その色彩がいかにも毒々しく見えてしまい、正直なところ、とても食べられるキノコとは思えませんでした。艶めいた赤や朱色の傘、黄色に帯赤色模様の柄、どれをとってもいかにも毒キノコ然としているのですから。

ある時、キノコに詳しい人のすすめで食べてみる気になったものの「ホントに大丈夫ですか?」と何度も念を押しました。家へと持ち帰ってみると、妻は予想通りそれをひとめ見たとたん、完全に疑いのマナザシ。どきどきしながらもバター焼きと味噌汁に入れて食してみました。するとこれがけっこうオツな味。

傍らで、その様子をしばらく見ていた妻でしたが、私が一向に白目をむいたり泡を吹いたり笑ったり、ひっくりかえったりもしないので(食べてすぐに中毒を起こす種類ばかりではないんですけれど)、やがておっかなびっくり口にしはじめました。すぐにアレと意外な顔をして、ぱくぱく食べはじめました。あっぱれタマゴタケ、です。

日本では、このキノコを食べる習慣があまりないような話も耳にするのですが、知る人ぞ知る名菌らしく、キノコを知る人の間ではかなり有名な存在。同属のセイヨウタマゴタケの学名をアマニタ・カエサレアというのですが、このアマニタとは「テングタケ属」、カエサレラは「皇帝」という意味です。英名では「カエサルのマッシュルーム」すなわち「皇帝のキノコ」なのです。

いわずもがなカエサルとは、ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Julius Caesar)のこと。英語読みでいうジュリアス・シーザー。初代ローマ皇帝ですね。なんとも凄い名称です。見た目の華麗さから来たものなのか、優秀な食菌としての名称なのか。いずれにせよ、欧米ではそれだけの価値あるキノコなのでしょう。

また、同じくローマ皇帝であった、かの暴君ネロが好んで食したがゆえの学名であるとか、ロシアの皇帝がタマゴタケとベニテングタケを誤食して中毒死したというエピソードがあるとか、どうもタマゴタケというキノコは「皇帝」に縁のある菌類のようです。

アマニータちゃん

さて日本のタマゴタケの学名は、アマニタ・カエサレオイデスといいます。かつてアマニタ・カエサレアという種と同じとされていたり、別にアマニタ・ヘミバッファという学名が与えられていたりもしていたのですが、近年の比較研究により、現在ではカエサレオイデスに落ち着いているようです。でもまあ菌類の分類のシロートからすれば、カエサレアでもカエサレオイデスでも、いずれも似たようなものです。

先の図鑑によれば、沿海州に分布する種類と同じものであるとのこと。その一方で、黄色の柄のだんだら模様が不明瞭なアマニタ・カエサレアに近いものもある、とのこと。キノコの世界も多様です。

分類学的な違い、さらにそれらの味の違いについてもよくはわかりませんけれど、要するにみんな「アマニタちゃんの一族」ということでは一緒。紅と黄と白のデザインは、「皇帝」というよりもむしろ「アマニタちゃん」あるいはもっとそれっぽく「アマニータちゃん」という愛称の方がよいかもです。いずれにせよ、毒々しく、しかも華麗に、愛らしく、その堂々とした存在感をもって、奥入瀬のブナ林生態系を構成する特筆すべきワンピースを飾っています。

タマゴタケは、生きた樹木と菌根を形成し、共生する菌根(きんこん)性のキノコです。菌根菌の多くは培養することが難しいとされているのですが、本種では培養が可能なよう。栽培ものかどうかはわかりませんが、産地直送のネット通販は、もうすでに散見できます。そのうちスーパーにも鮮やかな紅をたたえたキノコが「皇帝」あるいは「アマニータ」という商品名で並ぶ時が来るかもしれません。

ナチュラリスト講座

奥入瀬の自然の「しくみ」と「なりたち」を,さまざまなエピソードで解説する『ナチュラリスト講座』

記事一覧

エコツーリズム講座

奥入瀬を「天然の野外博物館」と見る,新しい観光スタイルについて考える『エコツーリズム講座』

記事一覧

リスクマネジメント講座

奥入瀬散策において想定される,さまざまな危険についての対処法を学ぶ『リスクマネジメント講座』

記事一覧

New Columns過去のコラム