秋の森の闇をほのかに照らす幽菌の群れ 秋の森の闇をほのかに照らす幽菌の群れ ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

秋の森の闇をほのかに照らす幽菌の群れ

闇夜に光る

夏から秋のおわり。ブナの森にたくさんのツキヨタケが姿を見せます。立ち枯れた樹や、倒木などにみっしりと発生しています。そのさまは、まさに「群れ咲く」という感じです。壮観ですらあります。「おお、今年も派手に出とるなあ」と思います。

木材中のリグニンを分解する、白色腐朽菌とみなされているツキヨタケは、夜になると光るきのことして知られます。光るのは、その「ひだ」の部分です。そこにランプテロフラビンと呼ばれる発光成分を持っているのです。

ツキヨタケは「月夜茸」と書きます。風情ある、洒落た感じの素敵な名称です。この名が現れるのは、江戸後期の本草家であった坂本浩然(さかもと・こうねん)の書である『菌譜』(1835)が最初と目されています。これは同時代に著わされた菌類の図説中、最も優れた書とされています。

ブナの森ではごくふつうに、しかもたくさん見られるきのこなので、地方名もいろいろあります。秋田の北部ではドクアカリ、石川県の白山山麓ではブナタロウなどなど、面白いものもありますが、やっぱり「月夜のきのこ」の情緒にはかないません。

月夜に光るきのこと思われることもあります。けれど月の晩に目にしても、その光はほとんどわかりません。ただでさえ、ぼおっと、うっすらとした光なのです。煌々とした月あかりのもとでは、どうしたってかすんでしまいます。

闇夜の森で、よくよく見れば、アアなるほど、確かにちょっと光ってるよな、というくらいの、ぼんやりとした微弱なかがやき。それだって、暗闇にかなり目が慣れてからでないと、光っているのかそうでないのか、わかりにくいのではないかと思います。

また幼菌や、古くなったものも発光しません。場所や環境によっては成菌でも光らないものがあるともいわれます。けっこう面倒くさいきのこです(笑)

写真で目にするツキヨタケのかがやきはとても幻想的なので、夜の森であたかも月のように輝いているのだろうとも思われがちですが、それらは長時間露光で撮影されたものがほとんど。実際には、幽玄という言葉が似あう、闇の森でほのかにふくらむ青白い光。それを月の薄明に見立てた名称なのでしょう。

ツキヨタケ
長時間露光で撮影されたツキヨタケの発光(撮影・引地基文)

とはいえ、むかし山で道に迷った人が、ツキヨタケの光で無事に下山できた、などという話もあります。本当のことなのかどうかはわかりません。江戸時代末期に著された『三州奇談』という本には「闇夜茸」なるものが登場します。それは「闇中に二・三茎を下げて歩けば、三尺四方は明るくして昼の如し。多く積む処には遠望火光に似てけり。是を煮て食ふに、吐瀉して多く煩ふ」ものだと記されています。

四方明るく昼のようで、遠目に火の光のように見える、というのは、さすがにちょっと無理があるよなあ、と思ったりもします。もっとも、発生直後の新鮮なものはよく光り、老熟すると発光しなくなる場合もある、ともいわれます。個体や時季によっても光り方は変わるとされます。月あかりにも強弱があるように、もしかしたらツキヨタケにもやたら明るい個体や時季があるのかも。

「グリーンペペ」の名で観光資源にもなっている小笠原諸島のヤコウタケは光が強く、周囲がそれほど暗くなくても美しいエメラルド色に光ることで知られています。ツキヨタケもそれくらいの光を発することがあれば、もっと有名になったことでしょう。

肉眼で発光を確認できるきのこのは、他にアミヒカリタケ・シイノトモシビタケ・スズメタケ・エナシラッシタケなどがあります。また、人の肉眼では光を感知できませんが、発光していることが確められているきのこにナラタケ・ナラタケモドキ・ワサビタケ・ベニタケ属やチチタケ属のきのこがあります。

ナラタケ、ベニタケ、チチタケなどはブナの森の常連です。ごくふつうのきのこたちです。なにか特殊なメガネでもかけて、それらの発光がもし可視化できるようになったなら、奥入瀬の夜の森の見え方は、きっといまとはまったくちがったものになることでしょう。それこそツキヨタケは四方明るく昼のようで、遠目に火の光のように見えるのかも知れません。

いったいツキヨタケがなぜ光るのか。その理由はまだ定かではありません。胞子を散布するための昆虫を誘引している、などの考えがまず頭に浮かんできますが、あれだけ大きな傘なのですから、胞子は傘裏のひだから風散布していると考えるのがふつうのような気もします。

九州で調査されたツキヨタケに集まる昆虫類は50種あまりだったそうです。この中には、ツキヨタケにとって格別に大事な種類がいて、それはひだが光ることと、何らかの関係があるのかも。そんな想像も楽しいですね。

「和太利」という名の毒きのこ

ツキヨタケが毒菌であることは割とよく知られています。にも関わらず、誤食による中毒は毎年のように起こります。きのこによる中毒の約半数近くは、ツキヨタケによるものとさえいわれるほどですから、いかに間違えられているかがわかります。色が地味で肉厚なため、ぱっと見には、いかにも食べられそうに見えるからでしょうか。ヒラタケやムキタケ、シイタケと間違えて口にしてしまった、という例が実に多いのです。

「柄を裂けば黒褐色のシミがあるからすぐわかる」ともいわれます。確かに、それがツキヨタケの特徴です。ところが、稀にそのシミを持たないものもあるのです。生物というものは多様なのです。外見は、どう見てもムキタケやヒラタケにそっくり、というものもあるんですよね。

発生は秋だけだから、時期でわかる、という話も聞きます。そんなことはないと思います。まれに初夏の頃からさっそくカオを出しているものもあります。けっこう長い期間、森に「君臨」している大型きのこなのです。

慣れれば間違えようがない、などという、ますますもって嘘っぽい言説もあります。ベテランのきのこ採りとして知られていた経験者が、どういうわけか「黒いシミがなかったから」という理由だけでツキヨタケを採ってきて、まわりの人がみな中毒を起こした、などという話も。

月夜茸の名が最初に登場するのは、坂本浩然の『菌譜』と先にご案内しましたが、実は「月夜茸」らしききのこの存在は、より以前から知られていたようです。

『大和本草』(1708)では、シイタケの項で「茎が一方に偏っている場合は毒」とあり、またヒラタケの項では「ブナの木に生ずるものは、冬でなければ毒」と記されているのです。この頃から、ツキヨタケがシイタケやヒラタケと誤認されやすいものだったことが推察できます。そして江戸時代の百科辞典である『和漢三才図会』(1712頃)には「夜に光るキノコは毒菌」と記載されるようになるのです。

「今は昔」ではじまる説話集『今昔物語集』は江戸時代よりもはるか昔、11世紀末頃の成立とされています。実は、ここにもツキヨタケらしきものが登場しています。巻二十八の第十八話「金峯山の別当、毒茸を食ひて酔わざること」。キノコに興味関心のある人びとの間では、つとに知られたエピソードです。

ここでのツキヨタケは「和太利」(わたり)という、ちょっと変わった名で登場します。ある寺の老僧がツキヨタケをヒラタケと偽り、別当と呼ばれる自分の上役の僧を毒殺してしまおうというもの。ツキヨタケがかなり古い時代から毒菌と知られていたことの、これは証左でありましょう。しかも当時からヒラタケが美味な存在で、ツキヨタケがそれに酷似するということが、ちゃんと認識されていたことがうかがわれます。

話のオチはちょっと皮肉で、老僧のもくろみは未遂で終わります。別当は、なんと「和太利」の毒に耐性があり、しかもちゃんとそれとわかって食べていたのです。老僧の殺人計画は、相手には最初からバレバレだった、というわけでした。

ツキヨタケの毒に強い体質。なんだか、荒唐無稽な昔話のように思われるかも知れません。ただ、実際ツキヨタケには毒成分の量が多いものから少ないもの、ほとんどないものまで、発生環境やその地域性によって、かなりの差があるともいわれているのです。

その寺のまわりで採れたツキヨタケは、毒のないものだったのでしょうか。しかし、もしそうならば老僧がそれを「毒菌」と認識すること自体がおかしくなりますね。

毒性分名と学名

ツキヨタケの毒成分はかつてランプテロールと呼ばれていました。これは割と覚えやすいものでした。なぜなら、このキノコの学名がかつては Lampteromyces japonicas というものだったからです。この旧属名ランプテロミケスはLampteros(ランプ=灯火)と Myces(菌)とを組み合わせたもの。要するに「光るきのこ」です。毒性分名のランプテロールも、そこからきた名称だったので、覚えやすかったのです。

現在適用されている学名は Omphalotus japonicus というもの。この新しい属名 は Omphalus(へそ)と Tus(耳)を組み合わせたもの。ヘソというのは基部にある黒いシミのことをいうのでしょうか。耳というのは、このきのこの形状でしょうね。ちなみにツキヨタケは、学名が実にころころ変わった菌類。1878年の Omphalotus olearius から2006年の Omphalotus japonicus まで、なんと7回も変更されています( Lampteromyces japonicus は1947年から2002年まで適用されていた4回目の学名でした)

現在の毒成分名はイルジン。熱しても分解されにくく、水溶・油溶性のため、煮汁や炒めた他のものでも中毒する可能性が高いという、なかなかのシロモノです。

ヒラタケやムキタケ、シイタケなどと、単にその形態が似るというだけでなく、同じ枯れ木や倒木上に、居並んで生えるような場合が、実際にあるのがツキヨタケです。なんだか、間違えて口にしてくれといわんばかりの生え方です。ゆえに、いにしえの時代より誤食の事故が絶えなかったのでしょうね。

ツキヨタケの食感や味そのものは、「美味しい」とされることもあるし、「無味」とされることもあります。美味しいものなら、誤食の際、ついたくさん食べてしまうでしょう。数時間後、嘔吐や下痢などの食中毒の症状が現れます。また、見るものすべてが青く、目の前を蛍火が飛んでいるかのようなサイケデリックな幻覚症状が顕れるそうです。

真偽のほどはわかりませんが、このサイケな幻覚体験をしたいがために、ツキヨタケを少し食してみたというような話を、なにかで読んだか聞いたかしたことがあります。ずいぶん危険な遊戯のような気もしますが、和太利を食しても中毒しないような人ならば、あるいは夢幻なる青の世界に耽溺できたのかも知れません。

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