石の上にも何年? 踏ん張る稚樹 石の上にも何年? 踏ん張る稚樹 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

石の上にも何年? 踏ん張る稚樹

岩の上の稚樹

奥入瀬渓流のスタート地点・子ノ口から、十和田湖の湖岸を右回りで約2.5キロほど北へ向かった地点に、大畳石(おおたたみいし)と呼ばれる「名所」があります。湖に突き出した、幅広い、平坦な岩場です。火山灰の固まってできた、溶結凝灰岩(ようけつぎょうかいがん)の岩盤が、湖の波の浸食と風化作用によって形作られた場所、といわれています。幅40メートル、長さ200メートルにも渡って続く、この湖岸の「浅瀬」は、湖の水位によって全体が現れていたり、水没したりしていたりします。ただ水中に没するといっても、うっすら冠水する程度のことがほとんどで、長靴ならば、いつでもちょっとした「湖上徒歩遊覧」の気分を味わえます。

かつては十和田湖観光の「名所」として知られたと聞くのですが、いまでは知る人ぞ知るといった感じでもあり、ふだんはひっそりとしています。おそらく通常は徒歩でしかアプローチできないこともその理由のひとつでしょう。それだけに静かで、独特の雰囲気のある、のどかなエリアとなっています。夏、天気が良い日には、気が向くとここにイスを持ち出して、日がな一日を本を読んだり、バードウォッチングに興じたりと、のんびり過ごすことがあります。実にゼイタクです。ただし風の強い日には一転、波濤の砕ける岩礁に変貌、ぼんやりしていようものなら、白波と飛沫で濡れねずみになってしまいますが。

さて、そんな大畳石の岩の上に、まだ若い小さな木が数本、生えています。「えっ、こんなところでも木が生きてるの?」という感じです。どうやらヤナギ類の稚樹のようです。ヤナギの仲間は、河原などの痩せた土地でも成長できる木として知られます。撹乱(かくらん)を受けた荒地や裸地に、まず初めに入り込み、その後の森の基盤を作っていくことから、生態学では「パイオニア植物」等と呼ばれている存在です。大畳石は、凝灰岩のざらざら・ごつごつした岩肌が、そのまま露出している無機質な環境ですから、表面にほんのわずかコケ類が付着している程度。とても植物が生育できるような場所とは思えません。穏やかな日はよいですが、むしろ、たいていは強風と荒波にさらされている、このうえなく厳しい場所です。こんなところでよくぞ育っているものだと、向かいあうたびに感心させられてしまうのです。

パイオニア植物

一般にヤナギといえば、河岸の樹という印象ではないでしょうか。実際、この仲間はそういうところに多く生えています。川が増水し水流が勢いを増すと、川岸の流れの強く当たる場所は削られます。一方、増水は大量の土砂を運んできます。それらは水流が弱い場所にたまります。こうしてできた新しい土砂(土地)の上で、ヤナギのタネは発芽するのです。彼らは一般の樹木と比較すれば、かなり耐水性が強いことが知られています。そして挿し木も容易なことから、昔から治山や砂防の現場でよく利用されてきました。まさにパイオニア植物の面目躍如といったところです。

逆に、ヤナギの種子は大変に小さく、そして軽いので、森の中では発芽できません。日当たりのよい裸地で、水分の豊かな環境でしか芽生えることができないのです。よってヤナギの仲間は、あまり大きく生長しない種類が多く、また短命といわれます。常に増水や洪水のリスクにさらされている、不安定な場所で生育するヤナギにとって、寿命の長いことは、必ずしもよいことではないからでしょう。先駆者として生きた後は、次の世代なり、他の樹種に、いさぎよくその場所を譲っていくわけです。

2022年8月2日から3日、東北地方に前線が停滞し、また3日には日本海中部で前線上に低気圧が発生して東北北部を通過しました。さらに台風第6号の影響もあり、青森県では2日午後から3日にかけ激しい雨が降り続き、十和田における8月の降雨量が観測史上1位を更新するという記録的な大雨となりました。奥入瀬下流域では渓流が溢水し、紫明渓のシンボルであったシロヤナギの大木(岸際に生えていました=写真)があえなく流され、景観が大きく変化しました。

それぞれに個性あり

ただ、ひと口に「ヤナギ」といっても、実はいろいろな種類があります。ただでさえ互いによく似たグループである上に、しばしば雑種を作ったりもするため、種の見分け(識別といいます)がたいへん難しい仲間としても知られています。そのせいでしょうか、ヤナギ科の樹木、特にヤナギ属は「ヤナギ類」とひとまとめにして呼ばれることの方がだんぜん多いのです。ごたぶんにもれず、私も大変ニガテです。といいますか、まったくほめられたことではありませんが、あまり真面目に識別に取り組もうとはしていません。

しかしたくさんの種類があるということは、それだけいろいろな個性もあるということ。たとえば、どのヤナギ類もみな一様に短命で低木というわけではありません。よく知られたネコヤナギのように、株立ちする低木もあれば、シロヤナギやドロノキのように、樹高20メートル以上もの大木になるものまであります。ドロノキやオオバヤナギは乾燥気味の土地にも侵入していきますが、むしろ頻繁に水を被ってしまうような場所はだめなようで、長期的な冠水には耐えられません。

こうなると、ヤナギはヤナギでも、それぞれのライフスタイルのあることが見えてきます。せめて奥入瀬や十和田湖畔の種類は、いつか(そのうち)理解できるようになりたいものです。あまたあるヤナギ科の植物は、大きく4つのグループにカテゴライズされます。ヤマナラシ属のドロノキ、オオバヤナギ属、ケショウヤナギ属(東北には自生なし?)そしてヤナギ属のオノエヤナギ、シロヤナギ、ネコヤナギなどが代表選手でしょうか。では、大畳石の上でたくましく成長しているこのヤナギは、はたして何でしょうか。見るところ、どうもシロヤナギの稚樹であるような気がするのですが。

堂々とした風格

大畳石は、50年ほど前には水位が高く、30〜40センチ程度はありました。当時、湖面からの蒸発量と風速を測定する気象観測塔が建てられていました。むかしの写真を見ると、岩盤は完全に水中に没しています。いくらパイオニア植物のヤナギでも、さすがにそこから芽を出すことはかないません。現在の稚樹は、大畳石が十和田湖の水面上に概ね露出するようになってから根づいたものと観ることができますね。ただし、しょっちゅう湖水を被っている場所なので、水没にも耐性のある種類であることが推察できます。このヤナギが稚樹が畳石の上で踏ん張りはじめて、いったいどのくらいの歳月が流れているのでしょう。稚(いとけ)ない姿なれど、堂々とした風格さえ漂わせています。先駆者としての気合を感じます。厳しい荒波と寒風に耐えつつ、生長を続けています。

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