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百面相と先手必勝のメカニズム

木の芽の防寒対策

冬の森で樹木の冬芽を楽しむ——これはウィンター・ネイチャーウオッチングのスタンダード・プログラムのひとつです。もはや「定番」です。自然観察会などでは必ず登場します。冬の森散策では、この「冬芽ウオッチング」を楽しみにしているという方もいらっしゃることでしょう。

冬芽は、植物用語としては「とうが」と読むそうですが、一般には「ふゆめ」と呼び慣わされています。冬芽とはどういうものなのか。簡潔に紹介すれば、幼い葉っぱや花のつぼみを冬の乾燥と寒さから守るための「外套」のようなもの。あるいは、春を待つ花や葉っぱの赤ちゃんをぎゅっと圧縮して詰め込んだカプセルのようなもの。それが冬芽です。春を待つ新しい葉や花が、あの小さなふくらみの中にちんまりと「格納」されているのです。

鱗(うろこ)のようなカバー、粘ついた分泌物、厚く硬い毛。そういったものに覆われている冬芽は、それぞれの樹木がそれぞれのやり方で「防寒対策」に励んでいます。そのスタイルの違いから「鱗芽(りんが)」と「裸芽(らが)」に分けられています。

鱗状の、いかにも堅牢そうなカバーである「芽鱗(がりん)」で新芽をぴっちりと包み込んでいるものが鱗芽です。芽鱗は葉が特殊化した器官で、ブナやミズナラなど多くの樹木の冬芽はこれにあたります。外気に触れている芽鱗は茶褐色をしていますが、内部にしまわれている芽はみずみずしい緑を保っています。

新芽が芽鱗に覆われていないもの(葉そのものがむき出しになったもの)が裸芽と呼ばれます。ているものです。芽鱗を持たない代わりに、厚い毛で表面が被われています。毛と毛の間に空気をためることで、断熱の役割を果たしているのです。厚い毛皮のコートをまとっているようなものですね。裸芽は鱗芽に比べると種類は少ないのですが、奥入瀬ではサワグルミの樹がその代表選手としておなじみです。

先手必勝のメカニズム

多くの樹木は、春から夏にかけて一斉に伸びます。その際、枝先や葉の腋(わき)に冬芽を作ります。その年の伸長は、それで終わりとなります。翌春、その冬芽がまた伸びていくのです。このくりかえしで、樹木は成長していきます。夏生まれの冬芽は、すぐには伸びはじめません。ある期間、じっとしています。休眠するのです。小さな芽の姿のまま早々にお休みに入ってしまい、そしてそのまま冬を越します。

夏から秋にかけての気温の低下と、昼の長さが短くなることを感知して休眠に入る冬芽の眠りは、やがて冬の低温にさらされるという刺激を受け、終わりとなります。つまり冬芽をスリープ状態から目覚めさせる要因こそ、冬の寒さなのですね。

このメカニズム、なんだかちょっと不思議な気がしませんか? 樹木の一年分の伸長が、実は、夏には早くも終わってしまっている、ということ。翌春に伸びる冬芽が現れるのは、実はその年の夏なのだ、ということ。多くの樹木において、秋の時点では、既に冬芽の発育は終わってしまっている、ということ。樹木というのは、泰然としているようで、意外にも先手・先手で生きている存在なのだということです。暑い夏のさかりに、早くも冬そして翌春までを見越した準備をしっかりと整えているのですから。まさに先手必勝。

やがて寒気がゆるみ、次第に暖かくなってくると、冬芽は少しずつ膨らみはじめます。芽鱗が、少しずつ動き始めます。隙間なく閉じられていた芽鱗と芽鱗の間から、ちらりと新鮮な若葉が顔をのぞかせます。季節の胎動を実感するワンシーンです。

そしてカバーがぽろりと離脱すると、中から初々しい若葉や美しい花が伸びてくるのです。でも、すべての冬芽から花と若葉が一緒に登場するわけではありません。葉っぱだけが伸びてくる葉芽(ようが)、花にだけなる花芽(はなめ・かが)があります。花のつぼみが、葉にくるまれるように混在するもの。これは混芽(こんが)と呼ばれています。

葉痕は百面相

樹木は種類によって花や葉が違います。同じように、冬芽にも個性があります。冬芽の形は、樹木によってさまざまなのです。似たもの同士、それもかなりそっくりなものもありますが、実に個性的なものもあります。ゆえに冬の樹木鑑定には冬芽が欠かせません。

しかし、こと観賞の対象となると、冬芽そのものというよりは、むしろそこに見られる葉痕(ようこん)の人気の方が、はるかに高いのではないでしょうか。葉痕は、実に豊かな「表情」を見せるからです。葉痕とは、いささか聞き慣れない言葉だと思いますが、読んで字のごとく、枝に残った葉っぱの痕跡です。樹種ごとにいろいろ見較べてみると、それぞれ特徴のあることがわかります。とてもユニークです。

オニグルミでは、枝のてっぺんにあるのが冬芽(裸芽)です。そしてその下に見える「顔」のような部分が葉痕です。よくヒツジやサル、ピエロなどの顔にたとえられます。わかりやすさもあって、擬人化や擬獣化されたものの中でも、ひときわ人気の高い種類です。

目や口や鼻のように見えるのは、維管束(いかんそく)の痕です。これは水分や養分が通る管のこと。面白いのは、同じ樹種でも、この葉痕と維管束痕のつくる「顔つき」は、さまざまであるということです。年齢や生長具合なども関係しているのでしょう。また同じ木でも、枝の部分によって違いがあります。同じ場所で、まるで寄り添うように生えていたオニグルミでも、見較べてみるとそのイメージにはずいぶんと差がありますね。痩せている方は、ヒツジやサルというよりも、むしろウサギさんという感じではないでしょうか。まさに百面相?

子供にも大人気の葉痕。独特の愛くるしさやユニークさをたたえています。「冬の妖精」と呼ぶ人もいます。寒空のもと、冬芽ウオッチングを楽しんでいる人は、きっとお気に入りの「妖精さがし」に興じているのでしょう。

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