狸の茶袋、狐の茶袋、悪魔の煙草あるいは狼のおなら 狸の茶袋、狐の茶袋、悪魔の煙草あるいは狼のおなら ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

狸の茶袋、狐の茶袋、悪魔の煙草あるいは狼のおなら

狸の茶袋、狐の茶袋

狸の茶袋というキノコがいます。それ、いったいナニ?どんなキノコ? と思う方もいるでしょう。ずいぶんユニークな名前です。こんな面白い名前、なかなかありません。これはホコリタケ(埃茸)というキノコの仲間です。たくさんの種類があることで知られますが、そのうちの一種であるホコリタケの別名が「狐の茶袋」。狸の茶袋に、狐の茶袋にですって。冗談みたいな名前なのですが、ホントウにそういうキノコがいるのです。それも、ごくふつうの存在として。

ホコリタケ=埃茸は、読んで字のごとく叩けばホコリが出ます。別に悪いことをしてるわけではありません(笑)。ちょっと見には、まんまるい、お月さまや和菓子を連想させるかたちをしています。てっぺんに穴が開いています。これは胞子を「噴出」させるための孔口です。キノコが成熟するにつれ、次第に焦げ茶色になっていき、やがて満を持したように、火山の噴煙のごとく胞子がてっぺんから噴き出すのです。そのようすを、火山灰ならぬ「ほこり」になぞらえて命名されたのが、このグループというわけです。なかでも有名なのが、キツネノチャブクロとタヌキノチャブクロなのです。

胞子を飛ばしたあとの、萎びかけた焦茶色のまるいつらなり。そいつを初めて目にした時の感想は「いぼ」でした。ひび割れたような表皮の頂にあいた孔は、まるで傷口のような印象でした。しかし若いうちは真白なボールといった感じです。ぽこぽこと、愛らしく居並んで発生します。概ね、表面にはとげとげが付いていますが、なかにはしっとりと肌理細やかな感じのものもあります。そうなると、もはやマッシュルームそのもの。熟して茶色くなったものを見つけ、指先で軽くつまんでみました。パフッという感じで、頂孔から茶色い煙を空中に噴き出しました(ちなみに英名では「パフボール」という名前です)。ちょっとオモシロイ感じです。昔の子供たちの良い遊び道具であったという話を知りましたが、なるほど、そんなこともうなずけます。なんだか、クセになりそうな感じです。

呪術的な存在

ホコリタケの仲間は、食べられるキノコとしても知られています。えッ、埃が食べられるの?そう訝しむ向きもありそうですが、さもありなん。でもマッシュルームが優秀な食菌であることを思えば、確かに美味しそうにも見えます。枯れた空蝉みたいなもの目にしたら、やっぱり「いぼ」か「けもののうんこ」みたいな印象なのですが、真白な幼菌時のみ可食なのだということ。うなずけます。 ただ、いたって風変わりな名のこのキノコに魅かれるのは、可食であるということよりも、そしてその、まあるくてかわいらしい風貌もさることながら、やはりなんとなくニッポン的、呪術的な雰囲気の「名称」にあるのだろうと思います。どこかヘンテコな感じのするこれらキノコには、しごくぴったりの名前だと思うのです(英名のパフボールも、愛らしくてぴったりだとは思うのですが)。

名前の頭に「キツネ」を冠する植物は、結構あります。たいていは色にちなんだもの、あるいは身近で、俗っぽくて、卑しいとか偽物、もしくは基本種に準ずるもの。そういった、あまりよろしくないイメージ。「イヌ」も、これにあたります。なんとなく、キツネやイヌに悪いような気もしますが。ホコリタケ類は、はじめは真白ですが、熟すにつれ茶色へと変化します。この色の変化が、タヌキやキツネの毛色などを連想させたのでありましょうか。

ふと感じたのは、例の胞子の噴出です。触れれば煙のように粉が吹き出してくるさまは、やはり、どこか呪術的なイメージが強いとは思いませんか。それはあたかも「魔法の壷」から湧きあがる、なにやら得体の知れないものを、特に印象づけるような気もするのです。どうもこのあたりが、かつて妖術使いとしての位置を不動のものとしていた、かの二大動物名にかかっているような気がするのであります。

悪魔の煙草あるいは狼のおなら

一説によれば、タヌキノチャブクロこそ、まるっこくてかわいらしい、あのタヌキの形状によった命名なのであり、さらに「擬人化狸」の提げる茶袋も、それを象徴したものという話を聞いたことがあります。もっとも、信楽焼の狸の像が持っているのは、たいてい徳利か瓢箪という気がします。「茶袋」を持ったものといわれても、寡聞にして知らないのでありますが、例の「ぶんぷく茶釜」をはじめ、タヌキとお茶の関係はなんだか浅からぬような気もします。そう思うと、あまり違和感はないですね。当然、茶色い胞子は、お茶っ葉に見立てられたのでありましょう。「狸の茶袋」に準じて名づけられたのが、あるいは「狐の茶袋」であるならば、キツネノチャブクロが種名ではなく、あくまでホコリタケの「別称」として落着していることも、まあ納得できる気もします。

ホコリタケ類にはさまざまな地方名があったようです。面白いのは、地方名のひとつであったという「血止め」。ホコリタケの類は、止血や湿布薬に実際使われていたのだそう。それが国内外の多くの民族間に共通の認識であったというのですから、まっこと興味深い。本当に止血の薬効があるのかどうかはわかりませんが。しかしアメリカの先住民族は、一方でこれを「悪魔の嗅ぎ煙草」と呼んでいました。なぜでしょう。かつて日本の子供たちも、ホコリタケの粉が目や耳に入ると、盲や聾になると警戒しつつ遊んだといわれますが、本当は吸い込むと危ないのです。肺が感染症をおこし、重い肺炎になってしまうのというのです。いやはや、まさに悪魔のタバコ! アメリカの先住民はそれを知っていたがゆえに、このキノコをそう呼びならわしていたのでしょう。よって、いくら止血用でも、こと「鼻血」にだけは決して使ってはいけなかったのであります。

かくも奇妙なキノコには、やはりどこか巫術(ふじゅつ)的な匂いがぷんぷん。和的には、やっぱり狐狸(こり)の後姿がちらほら。ただし、こと「学名」だけは、ちょっとばかり首をかしげてしまいます。なぜならば属名のLycoperdon(リコペルドン)とは「狼の放屁」という意味なのだそうで。Lycos(狼)+perdon(屁)と解説されます。でもperdonって、あの英語のpardonの語源です。意味は同じ。許容とか、そういうこと。「Pardon me」ってやつですね。これがどうしてオナラになるんでしょう? ふつう、英語でオナラはfartとかgasですよね。「あ、どうも失礼、お許しを」ってなことなんであれば、ずいぶん婉曲な表現だなあ。

まあ、北方の先住民族であるアイヌの表現でも「煙の出るもの」だったそうですし、日本でも煙茸(けむりたけ)という別称があったといいます。もっと近いものに狐の屁(きつねのへ)などもありました。なので、あの煙の噴出を放屁にたとえるというのはよくわかりますけれど、どうしてそれが狸でも狐でもなく狼なんでしょう? オオカミ=猛々しい=猛烈な噴出って、そんなイメージなのかしら?

余談ですが、天才・日高トモキチの名作『トーキョー博物誌』には、昆虫学者のファーブルが、このキノコが「オオカミのすかし屁」と呼ばれていることを知り、「下品な命名」と感じたということを紹介しています(元ネタは北杜夫の『どくとるマンボウ小辞典』だそう)。なんでふつうのオナラじゃなくて、わざわざ「すかしっ屁」なんでしょうね。ますますよくわかりません。実際にはすかしどころか暴発っていう感じの勢いのよさです(ただし古くなってくるとすかし感が出てくるかも)。

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