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清流にたゆたう白い花

「梅の花」に似た水草

「梅の花の藻」と書いて「バイカモ」と呼びます。清流に生える水草です。名の響きから、なんとなく「藻」の仲間とも思われがちなのですが、キンポウゲ科の山野草です。読んで字のごとく、梅に似た白い花を咲かせることから、この名があります。別名をウメバチモ(梅鉢藻)。そのほかにウダゼリとかカワマツとなどの呼称もあります。

北海道から本州にかけての広い地域に分布していますが、生育環境は清流に限られます。八甲田山麓では、蔦の森の長沼や田代平高原にあるグダリ沼に大きな群落が見られるほか、ここ奥入瀬渓流(馬門橋や子ノ口水門上流)でも見られます。

初夏から晩夏にかけてが、ちょうど花のさかり。遠目には、あるいはちょっと気づきにくいかも知れません。でもよく見ると、小さな白い花がたくさん水面に咲いているのがわかります。そしてすべての花が水上にあるわけでなく、水の中に浸かっている──つまり水中で咲いているものもあることに気づくでしょう。バイカモは「沈水(ちんすい)植物」といって、いわば「水中花」でもあるのです。

水の精をいただく

浅い水中に生えるバイカモは、その花よりも、むしろ緑色の茎の方がよく目立ちます。茎の長さは数メートルにもおよぶため、全体がひとかたまりの房のようになります。透明感のある冷水の中で、流れに身をまかせ、下流にゆらゆらとなびいているさまは本当に美しく、まるで川の底に緑色のカーペットを敷きつめたようです。夏の季節にぴったりの、すがすがしい、いかにも清涼なイメージにあふれています。

バイカモは、根で水底に固着しています。紐(ひも)状の茎はたいへん華奢(きゃしゃ)で折れやすいのですが、その再生力は強く、条件があえば、まとまって繁茂します。アクアリウムに使いたくなるような美麗さを持った、まさに「藻」という感じの──けれど決してヌルヌルした印象のない、繊細な糸状の茎をそっとすくいあげてみると、切り絵細工のように細かな葉の間から、花柄(花の茎)をスッと伸ばしています。花が終わった後に水中で実が結実し、種子は秋に発芽して、翌春にまた開花します。

そんなバイカモが、若葉の頃には「山菜」として食べることができると知った時には、ちょっと驚いてしまいました。また乾燥させたものは薬草として利尿剤にも使われていたそうです。その淡白で上品な食感は、よく「水の精」を頂くようだ、といわれます。

北海道の東の地方では、アイヌ語で「アツトリ」と呼ばれ、春から晩秋に採取されます。食べ方は、さっとゆでて水にさらしたものを酢の物、また酢味噌あえや辛しあえ、そして煮物やお吸い物にするといいます。私は残念ながらまだ試してみたことがないのですが、お吸い物の実としては、見た目にもとても綺麗な一品になりそうです。

魚や水生昆虫たちのゆりかご

ある程度の流れが無いと生長しないといわれるバイカモですが、蔦の森の長沼や奥入瀬渓流子ノ口水門上流のように、一見するとほとんど流れのない環境でも見られます。しかしまったくの止水域では見られませんので、長沼や子ノ口水門のあたりは流れていないようで水は動いているのでしょう。そして水温が低く、清らかであるということなのでしょう。

バイカモは水が汚れてくると、いつのまにか姿を消してしまいます。水質の富栄養化(ふえいようか)は、ときに水生植物の生長を促すこともありますが、植物プランクトンが大量に発生してしまうと水中の光の量が不足してしまい、光合成の作用が衰えてしまうのです。さらには死んだプランクトンを分解するため、水中に溶けている酸素が大量に消費され、溶存酸素が欠乏した状態となってしまうのです。

森の伐採などで泥水が流入し、常時水がにごりはじめても、もちろん滅んでしまいます。バイカモのような植物は、その生えている場所の「水の清冽さ」の目安となることから、環境指標生物(かんきょうしひょうせいぶつ)とされているのです。

冷たい水の流れにゆらめくバイカモの緑の房の中を、水浴びがてら、水中メガネをつけて覗いてみたことがあります。たゆたう緑の束のそこここに、たくさんの水生昆虫や小魚の姿がありました。清涼なる「水の女王」は、そのたおやかな姿で私たちの目や舌を和ませてくれるだけでなく、きれいな水に生きるものたちにとっての、たいせつな「ゆりかご」にもなっているようです。

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