森の水鳥オシドリ(その二) 森の水鳥オシドリ(その二) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

森の水鳥オシドリ(その二)

どんぐり大好き?

北国のオシドリは、冬になると南下し、街の公園の池などにも飛来、人から餌をもらったりなどしている、いつものおなじみさんなのですが、春になると山中の湖や河川に再び戻り、樹の洞で子育てをするという、まさに「森に棲む水鳥」となるのです。

「森の水鳥」にふさわしく、オシドリがドングリをよく食べていることも、最近ではよく知られるようになりました。樹洞ができにくく、また餌となる植物性の実やタネ、動物性の昆虫なども少ない針葉樹の植林地などでは、オシドリの姿を目にすることはあまりありません。ミズナラをはじめとする、広葉樹の森がオシドリのすみかです。秋には、そこでドングリをくわえている様子を確かによく見かけます。まさに森の水鳥=ウッド・ダックの面目躍如です。

<蔦の森・瓢箪沼のほとりで採食するオシドリのオス>

そのせいか、近年ではオシドリ保護のためということで、森のドングリを拾い集めて保護団体に寄付したり、越冬地の川や湖沼に撒いて、餌付けしたりされています。そうした活動を町おこしの一環としているところもあると聞きます。そして概ね好意的に解され、紹介されることの方が多いようです。しかしオシドリは、本当にドングリばかり食べている鳥なのでしょうか。秋から冬にかけて、好んで食しているのは間違いないでしょう。ある意味、頼っているともいえるでしょう。

けれどドングリには栄養だけでなく、毒素も含まれています。森のノネズミにしても、あまりドングリばかり食べ過ぎると死んでしまうことが知られています。野生の生きものの世界でも、やはりバランスは重要です。なにより、オシドリのためばかりに森のドングリを掻き集めてしまったら、それを頼りにしている、そのほかの生きものたちの糧はどうなってしまうのでしょう。

<森のそばの水域がオシドリの生息環境です>

ヒトは、いつも綺麗で愛らしいものばかり大事にしたがります。あるいは、それは仕方のないことかも知れません。ただ、あまりにも身勝手で短絡的で刹那的である場合もあります。日本人は、野生とか自然との上手なつきあい方が本当に不得手なのだなあ、と思ってしまいます。好きな鳥に餌を撒くことに腐心しても、その糧をはぐくんでくれる森をどう守っていくのか。ある注目されている個体を保護することに熱狂しても、その種の暮らしを支えている環境をどう維持していくのか。世論とか世情といったものは、そういったところまでにはなかなか思い至らないわけです。「森の水鳥」を愛するということは、その母体である「森」を思うことにほかならないはずです。

いろいろなものを食べている

いま私の手許には、ロシアの鳥類学者が著した『樹洞営巣性鳥類の生態』という、ちょっと専門的な翻訳レポートがあります。ここにも、ちゃんとオシドリが出てきます。このレポートによると、オシドリは動物質のものも、植物質のものも食べる、とあります。夏に重要な食べものは、ミミズと陸生の軟体動物とあり、秋には、やはりドングリやキハダの種子を食べる、とあります。またソバ畑に飛来することもあるというから、面白いですね。

<かなり大きく成長した当歳の幼鳥たち。日々何を食べて大きくなっているのでしょうか>

私はてっきり植物質の餌しか摂らないのだろうと、ただなんとなく、漠然とそういう印象を持っていたのですが、実際にはヤツメウナギの幼魚や水生昆虫、カタツムリなども食べているということを知り、さらにはトクサの若芽や魚卵、カエルの卵まで食している可能性があるということに及んでは、いや、これはまさしく森の水鳥そのものだなあ、とそんな思いをますます強くしたのでした。陸生の軟体動物といえば、きっとヤマナメクジなどでしょう。またキセルガイモドキなども食べているにちがいありません。巣穴とする環境も、一般には樹の洞が主たるようですが、クマゲラの空けた巣穴を利用することも稀ではないようです。(こにあたりのことについては北海道や北東北からも同様のケースが報告されているようです)

またロシアでは、樹洞の少ない環境においては、腐朽した伐根、倒木の陰、流れに面した急峻な崖のくぼみ、草や潅木に覆われた岩棚などでも産卵するとのこと。このあたりも、おそらく日本でも同じではないかと思われます。奥入瀬渓流の下流域では、今年も無事にオシドリが子育てを終えました。しかしどうもその付近には樹洞のある大木が見当たらないのです。たぶん、このオシドリも川辺の岩環境を利用しているのではないかな、と推察しています。

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