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忘れずに気にかけておいたドライフラワー

虫のタマゴ? いったいこれはナンだろう? 明るい雪の森の中、スノーシューで雪をキュッキュと踏みしめながら歩いていた時にフト目についた、奇妙なモノ。一見して、ぱっと頭に浮かんだのは、昆虫のタマゴか何かだろうか、ということでした。無数の卵塊もしくは蛹(さなぎ)から、幼虫だか成虫だかが脱け出した、そのヌケガラではないのかしら、とも。

見慣れないこの物体は、まずはそれぐらい珍妙にして奇ッ怪な印象を与えたのでした。しかし近づいてよくよく見てみれば、そんな見立てがぜんぜん間違っていたことがわかりました。明らかに植物です。小さな袋のようなものがたくさん集まって、それらが細長い茎の上に居並んでいるのです。小袋は、すべて裂けています。おそらくはここにタネが入っていて、秋にそれらがまわりに撒かれたのでしょう。「繁殖」という役目を終えたこの植物は、しかしその後の降雪に圧されつぶされることもなく、そのまま萎び、干からび、一風変わったドライフラワーとして、雪の森にずっと居残ってきたのでしょう。

しげしげと眺めていると、なんともいえない「おかしみ」を漂わせています。なんというのでしょう、野暮ったいというのか、親しみやすいというのか。奇妙キテレツなどというよりは、とっても味のあるユニークな存在に思えてくるのです。雪の上に坐り込み、ひとしきりおもしろがってカメラを向けていると、それまで空を覆っていた厚い雲がにわかに動き、ほんの一瞬、陽射しが森に差し込みました。薄い皮膜でつくられた「虫のタマゴ」は、冬の午後の淡い陽光を浴びて透き通り、実に魅力的に輝きました。

でも結局、これがいったいなんなのかはわからないままなので、あとでなんという植物なのか、家で調べてみようと森を後にしました。花や葉っぱで植物を調べる図鑑は数多くありますが、果実から調べられる図鑑というのはあまり多くはなく、残念ながらは私の手許にあったハンディ図鑑ではわかりませんでした。こうなると、日頃のベンキョウ不足がてきめん身に滲みてきます。いったいどこからどうやって調べたらよいのか、皆目見当もつきません。

ついメンドーくさくなって、それでほったらかしにしておきました。気に入ったデザインのドライフラワー。まあ、それだけでもよかったのです。でも、頭のどこかにはずっと引っかかっていたのでしょう。無意識のうちに、忘れず気にかけておいたのでしょう。ある時、別の図鑑をぱらぱら流し見しておりましたら、「あ、これは!」とページを繰る手が止まりました。それは見覚えある袋果(たいか=袋状の果実)の写真でした。「虫のタマゴ」の正体は、サラシナショウマの袋果だったのです。図鑑で見た写真は、せいぜい「似ている」程度のものではありましたが、たぶん大筋でハズレはないだろうといえるものでした。

ふだんから時間を見つけて図鑑を見ておくことの大切さを、あらためて思い知らされました。でも、入手しやすいハンディ図鑑では、すべての植物の果実を掲載しているわけではありません。シロウト感覚で、今回のような実をつける植物を図鑑で調べてみようと思ったならば、まずはどうするでしょう。いたって原始的に、はじめのページから、花が茎に居並んで咲く植物を順繰りに探しはじめるしかありません。するとオカトラノオなども候補にあがってきます。野の花たちを見慣れない目には、そっくりの花に見えるからです。しかしオカトラノオの実の写真を載せてくれているアマチュア向けの図鑑なんてありません。(あったらすいません。)ネットで調べてみると、さすがにヒットします。助かります。でも見つからなかったら、そこで行き止まりです。ぶ厚い植物図鑑、それも何冊にも分かれた専門書にならば、たぶん載っていそうですが、案外そうでもないのです。それに、そんな厚い本を図書館でひたすらめくり、絵合わせしていくほどの根気は持てそうにありません。(ある人はすごいと思います。)

野外で気になった花は、それが花のさかりの時季を過ぎると、いったいどんなふうにイメージが変わっていくのか、実の形やつき方、ドライフラワーになった時の印象など、フィールドで見続けていくことの大事さも痛感しました。サラシナショウマは、もともと好きな花でした。そうはいっても、花からタネになるまで、きちんとつきあったことはなかったのです。「大事」とか「大切」だとかいうと、なんだかオベンキョウくさくって、ちょっと大儀にも感じてしまうのですが、要は「気にかけておく」ということでしょう。忘れずに気にかけてさえおけば、いつか「正体」の判明する時がやってきます。わかれば、やっぱり楽しいものです。なんだか、長年の宿便(失礼!)が解消したような気分を味わえます。間違っていたって、そんなのそれでもいいんです。ナンダそうだったのかーと、また知る喜びが増えるだけですから。

このようにして覚えた相手の名前は、なかなか忘れることはありません。人からカンタンに教えてもらったものは、それがよっぽどこちらの深いところから出ているギモンでもない限り、失礼ながら、案外とすぐに(それこそカンタンに)忘れちゃったりもします。なのでガイドは、よほど印象付けられる伝え方をせねばなりませんね、相手に忘れてほしくないのであれば。魅惑のドライフラワーを前に、そんなことを思ったりもした冬の森の午後でした。

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