山路に咲く杜鵑という名の豪奢な花 山路に咲く杜鵑という名の豪奢な花 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

山路に咲く杜鵑という名の豪奢な花

鳥のホトトギス、花のホトトギス

エゾゼミやコエゾゼミの蝉時雨が降り注ぐ緑濃いブナの山路。
昼日中は暑さも残り、一見、夏と変わらぬ渓谷の森ですが 吹く風、渡る風はもうすっかり秋めいてきています。
路傍に「山路杜鵑草」がひっそりと咲いているのを見つけました。

「山路杜鵑草」と書いて「やまじのほととぎす」と読みます。
「杜鵑」とは、またずいぶんムズカシイ漢字ですが、 これで「ほととぎす」です(トケンとも読まれます)。
ご存知の通り、鳥の名前です。
「鳴かぬなら~」で知られる、あの有名な野鳥ですね。

ホトトギスには、他に「不如帰」「時鳥」「田鵑」などいくつもの表記があります。ひとつの鳥にこれだけの名称というのは、面白いですね。
いまではそれほどでもありませんが、かつてはそれだけ身近な野鳥だったのでしょう。

その「ホトトギス」の名前を与えられた野草たちがあるのです。
野の花にあまり明るくない方は、カタカナ表記でのこの名称と、言葉の響きだけでは、 きっと花ではなく、鳥の名前だと思ってしまうのではないでしょうか。

ホトトギス属と呼ばれるグループは、ユリ科の植物です。
日本には12種ものホトトギスが分布しています。
そしてその特徴から、さらに4つにカテゴライズされているのです。

  • ジョウロウホトトギスの仲間3種(花は黄色で釣り鐘型)
  • キバナノホトトギスの仲間4種(黄花で花は上向き)
  • ホトトギスの仲間2種(花は白で上向き)
  • ヤマホトトギスの仲間7種(花は白または黄色で上向き)

山路に咲くホトトギスなのでヤマジノホトトギス。
この花は、別の花であるヤマホトトギスという実に紛らわしい名前の花と共に
この4つ目の班に属しています。
北海道から九州にかけて広く分布していますが、国外では見られない日本の特産種とされています。

花なのにホトトギス。この、いささか風変わりな名称にはどのようないわれがあるのでしょう。
その理由は、花びらに見られる斑点。
それをホトトギスの「胸の模様」になぞらえたものだとされています。

さて、このように説明されて、あなたはピンときますでしょうか?
まずホトトギスという鳥の姿を、すぐに頭に思い浮かべることのできる人が、いまではそれほど多くないかも知れません。
ホトトギスの仲間(旧称トケン類)には、カッコウ、ツツドリ、ジュウイチなどがいます。
ジュウイチと呼ばれる鳥をのぞいて、残りの3種はいずれも姿かたちがそっくりです (現在はカッコウ科とされていますが、以前はホトトギス科と呼ばれたグループでした)。
奥入瀬でなじみがあるのは、このうち森林性のツツドリとジュウイチです。
ホトトギスは、初夏の渡りの時季に、ほんのわずか鳴声を耳にするくらい。
そこで、ここでは「そっくりさん」のツツドリの写真をお見せしましょう。

おなかの矢印部分が「杜鵑」的デザインである横縞模様

こうしてみると、胸のデザインは、「斑」というよりは縞模様ですね。
色にしても、紅紫色などではなく、単に黒っぽいだけなので、 どうも、わざわざ名を借りてたとえられるほど「似ている」わけでもないようです。

ただ、このような見方はいささか無粋、という気もします。
山路や野辺で、初めてこの花を目にした古人(いにしえびと)が そこからハッと鳥のホトトギスの姿を「連想」できてしまった、 そのセンスの方を、むしろ称えるべきなのかもしれませんね。

昆虫を誘う豪奢なデコレーション

薄暗がりの渓谷の森のそこかしこで、ぽつぽつと浮かび上がるようにして咲いています。
1本の茎には、数個の花がついています。ひとつひとつは、ほぼ2日間ほど咲いています。
そんなに珍しい花ではないのですが、とても個性的な花なので、見かけると嬉しくなってしまいます。

白地の花びらに、たっぷりとちりばめられた濃い赤紫色の班点。
花の真中から、にょきりと直立した雌しべと雄しべに見られる独特の個性的なデザインは、なんとなく王冠か噴水、あるいは凝った細工の洋菓子を想わせます。
とても豪奢なデコレーションです。

噴水状に開いた雌しべにも、紅い斑が散らされています。それがいっそうの華やかさを演出しています。
また花びらの基部には、より大きな濃紫色の斑点があり、とてもよく目立ちます。
「蜜標」(みつひょう)とか「ハニーガイド」などとも呼ばれる生態的なデザインです。
トラマルハナバチ(虎丸花蜂)など花を訪れるハナバチなどの昆虫たちに「おーい、ここに蜜があるよ~」と知らせるためのもの。
独特の「杜鵑」模様もまた、他の花と同様、ポリネーター(花粉媒介者)すなわち「花粉の運び屋さん」たちを呼び込むためのサインなのですね。
※蛇足ですが、個人的には「みつひょう」より「みつしるべ」という読み方のほうが、おもむきがあって、よいひびきではないかと思います。

黄白色の雄しべは、ゆるやかに下方へ湾曲し、その先端に花粉をつけています。
蜜を求めに来た虫が、ひょいと花の上に乗った時、そこへうまく花粉が付着しやすい構造になっているのです。花粉を身にまとったハチたちは、そのまま別の株の花へ移り、そこで受粉が行われるというしくみです。

山菜としても利用

一般の山菜案内書などでは、あまり紹介されることがないようですが、ホトトギスの仲間の若葉や若芽は、なんと「山菜」として食用になるとのこと。
春から初夏に採取したものを、薄く衣をつけて天ぷら、汁の実、和え物やおひたし、油炒めなどでも美味ということです。
ホトトギス類の葉には「油点」と呼ばれるアブラ滲みのような特徴的な斑紋があるためでしょうか、どうもあまり美味しそうには見えませんが。

少々意外な気がしたものですが、個性的な花をつけるとはいえ、ユリ科の植物であります。山菜としてよく知られるユキザサやギボウシの若葉がすこぶる美味しいように、ホトトギスの仲間にしても、食べてみれば結構イケル味なのかも知れませんね。

とはいっても、それほど群生しないうえ(奥入瀬ではまとまって生えるといってもせいぜい数株程度です)、夏から秋にかけ目を楽しませてくれるデコレーションのことを思うと、何もわざわざこれを採って食べなくってもなあ……などと、ついエコヒイキしてしまいます。
一般の山菜ガイドブックにあまり登場しないのは、きっとそういう理由もあるのかもしれませんね。あ、モチロン奥入瀬は特別保護地区ですから、食べる・食べないにかかわらず採取はご法度ですよ。

花の季節は、夏から秋までと比較的長いのですが、比較的よく目立つようになるのは、やはり盛夏から初秋にかけて。暑いさなかであっても、この花が咲き出すと、もはや少しずつ秋が忍び寄っているのだなあ、と感じさせられます。
ところが時どき初夏6月くらいから花をつけるものもいて「ええッ、もう咲いちゃってるの?」と驚かされることもしばしば。
奥入瀬の花暦も、かつてとはだいぶズレてきているのかもしれません。

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