富貴草・鹿群草・鹿座草 富貴草・鹿群草・鹿座草 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

富貴草・鹿群草・鹿座草

木なの?草なの?

森の床を覆い尽くした真白な雪の絨毯の中から、にょきりと元気な「緑」が顔を出しているのです。身に雪をまとってはいますが、なんとも旺盛な生命力を感じさせてくれます。雪ニモ負ケズ、冬ノ寒サニモ負ケズ……眺めていると、そんな言葉も浮かんできました。フッキソウです。富める貴き草、と書いて「富貴草」。縁起のよい名前です。吉日草、吉事草、吉祥草などの別名もありますが、いずれも慶賀なネーミングであります。

常緑植物なので、厳しい寒さの季節にも、常に艶めいた緑の葉を絶やしません。立派な葉をつけたまま枯らすことなく、厚い雪の下で冬を越します。しなやかな枝は、雪の重さをものともしません。そんな強靭さと、地中で長く横へ伸びる茎から、どんどん株が増えていく様子が「富」に、そして秋になると熟す、真珠のような白い実に「貴」の字があてられたのかもしれません。フッキソウという名の縁起の良さは、まさに「繁栄」のシンボルを謳ったものなのです。

さて「富貴草」という表記の通り、名前には「草」の字がついていますが、ちょっと面白いことに、何冊かの図鑑をひもといてみますと、「低木」とあったり「多年草」とされていたりします。つまり、フッキソウを「木」とする見方と、「草」とする見方があるというわけです。書によってマチマチなのですが、いったいどちらなのでしょう?

<フッキソウの花。初夏に咲きます。蔦の森ー赤沼間でよく見られます>

実は植物の分け方において、木か草かという区分は、それほど厳密なものではありません。フッキソウの場合、「常緑性の低木もしくは多年草」というあいまいなものが、むしろ正しい答えのようです。実物をじっくり見てみますと、「草」というには頑丈さに秀でています。でも「木」というには、ちょっとヤワすぎです。ところが茎を切ってみると、根に近い部分は木質化しています。なんと「年輪」らしきものも、認められます。こうなると、地下茎のみが残る多年草とは、ちょっと異なりますね。やはり、いくぶんかは木に近いような気がします。

ふっくらした厚みがあり、つるつるの光沢のある葉っぱも、草というよりはむしろ木の葉のイメージです。そこで私は、フッキソウを「草質の低木」という紹介の仕方をすることにしています。草みたいな木、です。ずっしりした雪の重みに耐えるしなやかさは、なんだか「草と木のあいのこ」のようでもあります。

果実はリップ・クリーム

「貴」の字があてられた白い実は、見た目の高貴な印象もさることながら、実利的にも貴ばれたものでした。森の糧を日々の暮らしへ巧みに生かした先住民族アイヌにとって、フッキソウは大切な薬草でした。果実は口に入れるとほんのりと甘く、子供たちのお菓子代わりになっていたといいます。潰したものは、荒れた唇に塗りました。今でいうところのリップ・クリームでしょう。ステロイドやアルカロイドが含まれるため、多食はあまりよろしくない、という話も聞きますが、実際のところはどうだったのでしょうか。子どもといえど、節度を保って味わっていたのでしょうか。

果実を乾燥させたものは、いまでも強壮薬として知られます。アイヌ民族は、葉も茎も全て薬草として利用しました。葉を煎じたものは、胃痛や便秘に効く胃腸薬として。また産婦人科の薬として。葉や茎をキハダの皮と共に鍋に入れ、煮立たせた湯気は、発汗作用のある風邪薬であったといいます。現代の医学は、フッキソウから抽出されるアルカロイドが胃潰瘍を抑制する効果のあることを明らかにしています。

薬草ゆえに、動物もこの植物を口にする時には節度を保っているようです。かのカモシカも、糧に乏しい冬にはフッキソウを口にしてはいますが、夏の間はほとんど食べません。この植物の持つ化学成分が、いわゆる忌避効果となっているのでしょうか。八甲田山麓では見かけませんが、なんでもシカは、この植物を食べると消化不良を起こすそうです。北海道のエゾシカが、ハンゴンソウやヒトリシズカと同じように、フッキソウを口にしないことはよく知られています。

ところが近年、シカの過密地域では、これまで避けられてきたフッキソウが食べられはじめました。毒成分が根の部分に少ないことを「発見」したというのです。地上部をぐいぐい引っ張っるようにして強引に根を露出させ、掘り返すようにして食べているというのですから、オドロキです。

<フッキソウの白い果実。お菓子にも、リップにも、薬にも利用されました>

鹿にまわつわるアイヌ語名

シカの話題ついでに、フッキソウの「アイヌ語名」についても御紹介しておきましょう。簡易表記ですが、ユク・トパ・キナで「シカの群れる草」と解されています。いわば「鹿群草」です。冬になると、「シカが群れをなして食べに来る」がゆえに名づけられた、といわれています。フッキソウの生える場所は、ゆえにシカが集まる場所との意味を持ち、冬のよい狩場となっていたというのです。実際には、シカが嫌っていた植物であるというのに、これはちょっと不思議ですね。

知里真志保のアイヌ語辞典によれば、もうひとつの見解が紹介されています。ユク・トマ・キナです。意味としては「鹿・茣蓙・草」で、さしずめ「鹿座草」というところでしょうか。なにゆえシカはフッキソウに集まるのか、本当にそれは背に腹は変えられないというような意味だけなのか、それとも他に何か別の理由、例えば薬理効果のようなものとか、そういうものがあるのかどうか、実際のところはわかりません。いずれにせよ白一色の森の中、艶めいた緑の上に鎮座するシカの様子は、ことさら印象的な風景でしょう。その昔、シカは神からの贈りものでした。フッキソウとは、そんな獣が優雅に蹲踞する、やはり富貴な木草なのです。

ナチュラリスト講座

奥入瀬の自然の「しくみ」と「なりたち」を,さまざまなエピソードで解説する『ナチュラリスト講座』

記事一覧

エコツーリズム講座

奥入瀬を「天然の野外博物館」と見る,新しい観光スタイルについて考える『エコツーリズム講座』

記事一覧

リスクマネジメント講座

奥入瀬散策において想定される,さまざまな危険についての対処法を学ぶ『リスクマネジメント講座』

記事一覧

New Columns過去のコラム