オオバキスミレという黄色い菫 オオバキスミレという黄色い菫 ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

オオバキスミレという黄色い菫

黄色いスミレ

「すみれ色」といえば、誰もがあの青紫系の色を思い浮かべると思いますけれど、スミレにはたいへん種類が多く、なかには鮮やかな黄色の花びらを持ったスミレもあります。オオバキスミレとキスミレです。キスミレは「黄菫」で、オオバキスミレは「大葉黄菫」と書きます。

初めてこの名を耳にした時は、「大履きスミレ」だと思ってしまい、「大履きって、いったいナンだ? なんか大きなクツとかゾーリでも履いてるように見える、けったいなスミレなのかいな?」などといぶかったものです。もちろんそんなことはなく、読んで字のごとく「大きな葉っぱをした黄色いスミレ」の意です。でも最初の印象というのは案外根深いもので、今でも名を耳にするたび、大きなクツを履いたスミレを想像してしまうのですから、困ったものです。

オオバキスミレは雪国のスミレで、北海道から本州の日本海側の多雪地に広く分布している、日本に固有のスミレです。多様な環境に合わせ、その形態を少しずつ変化させており、たくさんの「変種」のあることで知られています(種としては同じですが、形が微妙に違うとされます)

かたや、本州太平洋側の低山などに見られるキスミレは、形態にあまり変化がありません。静岡・山梨・岡山・四国の一部、そして九州でしか見られないという、ちょっと偏った分布をしています。もともと大陸系のスミレであるとされ、北限は富士山麓のあたり、有名なのは九州の阿蘇山。野焼きあとの山の斜面一面を、黄色く染めぬくほどに群れ咲くさまは、お花好きのあいだではよく知られているようです。

オオバキスミレも、雪どけ後の林床に、しばしば大きな群落をつくります。このスミレが豊富な山里では、山菜として利用されることもあったほどだといわれています(なんとスミレって食べられる花なんですね)

数多い変種

オオバキスミレの大きさは、わずか数センチのものから、大きなものでは30センチにもなります。葉っぱの数はふつう3枚。それぞれの葉の大きさが異なります。葉の表面には光沢があります。「大きな葉」という名前がついている割には、見た目にはそれほど大きなものでもありません。太平洋側のキスミレに較べると大きい、ということなのでしょう。なかには、とても小さな葉もあります。まだ葉が十分に開ききらぬうち、かくも立派な花を咲かせます。

「変種」が多いとされるオオバキスミレですが、ミヤマキスミレ、エゾキスミレ、ナエバキスミレ、シソバキスミレ……これらはすべてオオバキスミレの地方別バリエーション。名前はまったく違いますが、「種」としては一緒なのです。これらの見分けのキーポイントは、葉のつき方であったり、花柱の形のちがいや、毛のあるなし、はたまた茎の色などなど、まったくもって細かいものです。つまりそれだけの観察眼がないと、正しい名称にたどりつけないというわけです。タイヘンです。

葉の縁(ふち)に毛のある変種をフチゲオオバキスミレなどと呼ぶあたりは、まだ素人にもわかりやすいように思えます。しかし実際の識別点としては、この「縁の毛」は見分けのポイントではないらしく、だったらなんでそんな名前なの、と思ってしまいます。まったくもって、かなりヤヤコシイ世界。そして往々にしてヤヤコシイ世界には、そういうヤヤコシサを愛好する方々がいらっしゃるもので、世にはスミレ・フリークとでもいうべき専門家がたくさんおられます。すごい。

各人により分類の見解は異なるらしく、ある図鑑では変種となっているものが、ある図鑑では品種であったり、はたまた別の種となっていたりと、それはもうあまりにも細かすぎ、もはやこれはアマチュアの手に負えるしろものではないなあ、と、いつもそう思わされてしまいます。私自身、そういう細かな分類にはほとんど興味がなく、「種」としてのオオバキスミレということさえわかれば、それでいいんじゃないのという、いたっていいかげんな自然愛好家のはしくれにすぎません。

でも、黄色いスミレという、ただそれひとつとってみるだけでも、かくも奥深い世界があるのです。こういうことには、まいどオドロキを禁じえません。そして、その世界に果敢に挑む知的なナチュラリストの存在にも、深く敬意を抱いてしまいます。イヤ決して真似しよう、後に続こう、となどは思わないのではありますが。

ここ八甲田山麓のブナの森で見られる黄色いスミレは、キスミレという種ではなく、オオバキスミレという種です。変種はないようです。オオバキスミレという「種」が咲いているという、ただそれだけの認識で構わない。やあ、それはとても助かります。亜種だの変種だの品種だのと、そんな細かいことが大のニガテな私にとっては、とても嬉しいことです。

残念ながら、奥入瀬渓流の遊歩道沿いではあまり多く見られません。ミヤマスミレやオオタチツボスミレなどにくらべると、出逢いの確率はほとんどありません。蔦の森や赤沼のまわりではちらほら見かけますので、奥入瀬は標高が低すぎるのかとも思ったりもしましたが、不思議なことに、渓流沿いでは下流域のみで散見されるのです。きっとなにか好適な条件があるのでしょう。

私が毎年「今年も咲いているかな」とのぞきにいく場所は、大きなブナの樹下にある、ごく小さな集まりです。それはそれは実にこぢんまりとした眺めでありまして、およそ「大群落」にはほど遠いものなのですが、満面に笑みを浮かべた無邪気なやんちゃ坊主──そんな印象を与えてくれる、このかわいらしい花を目にするたび、気もちがぱっと明るくなります。そして足早な春が初夏に向かって一目散に駆けていくようすを、ひしひしと感じることができるのです。

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