ホオノキの落葉はなぜ裏面を見せることが多いのか ホオノキの落葉はなぜ裏面を見せることが多いのか ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

ホオノキの落葉はなぜ裏面を見せることが多いのか

森の底で目立つ白い裏面

樹々がすっかり葉を落とした森。そこへ延びる遊歩道。落葉がびっしりと隙間なく敷き詰められています。黄色から黄土色、茶色に変色した落葉のなかで、ひときわ大きな、白っぽい葉がよく目立っています。ホオノキです。「朴葉味噌」などで知られる、あのホオノキの落葉です。

晩秋から初冬にかけての森での、いつもの光景。これまで目にしても特に何かを気にすることはありませんでした。もちろん「美しい」とか、造形的に「面白い」といった感想はあっても、それ以上のことはありませんでした。ところが、見慣れていたはずのその光景が、あるきっかけで変わったのです。

もうずいぶんと昔の話なのですが、当時、自然ガイドをしていた友人から聞き及んだ「ホオノキの落ち葉は、みんな裏を向いている」という話がきっかけでした。最初は「え?」という感じ。彼が何を言っているのか(言おうとしているのか)、咄嗟にはよくわかりませんでした。

そう指摘されれば、確かに森の落葉の絨毯は、白っぽいホオノキがかなり強いアクセントになっています。ホオノキの葉は、表面は緑ですが、裏面がかなり白っぽくなっています。裏面の白っぽさは落葉後も変わりません。なので遠目にもよく目立つのです。表面は落葉前から次第に黄葉し、落ちた後は黄土色から焦茶色に変わっていきます。しかし色が変わるのは表側だけ。葉の裏側は白っぽいまま。

どうでもいいこと、と思っていた

ホオノキの大きな葉は、それだけ存在感があります。ただ、それが森の底でひときわ「目立つ」ということは、すなわちホオノキの落葉が「常に白っぽい裏面を見せて落ちている」から、などという風景の見方を、それまでまったくしたことがありませんでした。そもそも「気づき」もしませんでしたし、まさに思いもよらないことだったのです。

ただ、この話を受けた時点では、さほどの感慨はありませんでした。「へえ」と思っただけです。正直なところ、なんだかツマラナイことに拘泥しているなア、くらいのものでした。ツマラナイなどというと、ちょっと語弊がありますけれど、なんだかずいぶん細かいことにこだわるなあ、どうでもいいじゃんそんなこと―といった程度の感想しか持ち得なかったというわけです。

ガイドの友人は、この「発見」は、実は自分で気づいたものではなく、あるベテランのネイチャーガイドの案内によるものだったと語り、その独特の視点の鋭さに感心しきりといった様子なのでしたが、その頃ガイドでもなんでもなかった私はといえば「ふうん」と気のない返事をして、特にそれ以上、その話題に興味も関心も示すことはありませんでした。

ところがどういうわけか、その後、晩秋の森を歩くたび、その話=視点が気になって仕方なくなってきたのです。じわじわと効いてきた、という感じです。なるほど、そういう目で見はじめると、秋の森の歩道上には確かにホオノキの落葉の白い裏面がやたらと目立ちます。いったん気になるはじめると、ついそちらばかりに目が向いてしまい、ますます興味深くなってきます。

実際、ホオノキの落葉は裏面を向けて落ちていることが多いような気がしました。ただし、この「多い」というのが統計的に確かなものなのかどうか、それはわかりません。ある一定の範囲を定めた、条件の異なるいくつかの調査区で、どのくらいの率でそうなっているのか、そういうことを調べなければ確かなことはいえないだろうとは思います。ただ感覚的には、ふつうに「目立つ」ことは確かなのです。

<ホオノキの落葉は乾燥すると表面側に反り返り山型となります>

写真を撮りながらの森歩きに興じることの多い私にとって、ホオノキの落葉には割とよくカメラを向けていました。それはその存在感ゆえのことであり、デザイン的な面白さに反応してのことでした。ホオノキの落葉は白っぽいゆえに光の反射が大きく、撮影時には露出補正にちょっと気を使わなくてはならない相手であり、それゆえに撮影対象以外のホオノキの落葉の「白」は、私にとって「画面の中でやたら目立ってしまう、ちょっと邪魔くさいもの」に過ぎなかったのです。

なぜホオノキの落葉は、いつも白い裏面を向けて森の底に横たわっているのだろう—後に奥入瀬でネイチャーガイドを始めるようになっていた私は、こうした「気づき」にまったく欠けていた自分を、ずいぶん恥ずかしく思うようになっていました。自分には自然科学的な素養や、ものを観る感性というものが根本的に欠如しているんだろうな、と落ち込んでいたのです。風景を構成しているひとつの要素の存在に、まったく思いが至らなかったくせに、「自然散策では気づきが大事です」などと口にしている自分の、そのなんとウソくさいこと! 

葉が落ちるところを観察してみた

そういう鬱陶しい自省の話はともかく、なぜホオノキの落葉の多くは裏面を向けているのでしょう。まずは落葉の絨毯の全体をよく観てみることにしました。パッと見には、やはり裏面を表にしている葉の方が多い印象があります。しかし、どうもすべてがすべてというわけではないようなのです。表向きに落ちているものもかなりあるのです。しかしそれは目立ちやすさという点において、裏向きに落ちている葉よりひかえめでした。表面が濃く茶ばんでしまっているがゆえに、裏面向きの白い葉よりも、単純に目立たないだけなのかもしれない、と思ったのです。この時点で、「ホオノキの葉は全て裏向きに落ちる」という「決まりごと」はないのだ、ということがわかりました。

<白い裏面は確かによく目立ちますが、よく見ると表面を向ているものも少なくありません>


そこで今度はホオノキの枯葉がまだくっついたままの樹の下に座り込み、それらがハラハラと落ちてくるところを観察してみました。風の吹き具合にもよるものの、表面を上にしたまま落ちてくる葉の方が多いような気がしました。そして地上でも、そのまま表面を上にした葉の方が多い印象を持ちました。やはり、必ず裏面側を向けて落ちるということはなかったのです。

次に、落ちてきた葉を拾い上げてよく観てみます。葉の中央に通っている太くしっかりした葉軸が、ことのほか目を引きます。この太い葉軸が、裏面側にくっついている(=裏面側に出っ張っている)ような構造となっています。そのため、乾燥した落葉の表面側は、葉身が葉軸を中心にして浅いV字型に反っていました。これを裏返すと、裏面の真中に通る葉軸を上にした浅い山型となります。葉軸が稜線にあたる、細長い山型です。葉の乾燥が進むごとに、葉身は表側に向かってますます巻き込まれていくようになります。もちろん、落ちている葉の全てが乾燥しているわけでもなく、湿った状態のものは平べったくフラットのままです。そういうものも、結構たくさんありました。

この落葉を改めて自分の手で空中へ放り投げてみると、乾燥した葉は重心のある葉軸側(=裏面側)から落ちていくことの方が比較的多いようでした。つまり枝に着いたままの状態で落ちていくのです。上述の、自然の状態で落下するものと同じ落ち方ですし、なにより葉の構造を確かめた後ですから、これは当然のことのようにも思えました。森の底では、多くの葉が葉軸を下向きにし、葉の表側の葉身の片側を地上から心もち持ち上げるようにして静止しています。ただしすべてではありません。葉軸を上に向けた山型のまま着地するものも少なからずありました。

森の底を吹く風のしわざ?

情けないことに、私の探求心はこのあたりで萎えてしまいました。ある一定数が裏向きに落ち、それが表向きに落ちたものよりも目を引くのだろうな、くらいのテキトーな結論でお茶を濁していました。ところがその後、奥入瀬のガイドのひとりが、このことをずっと疑問に思っていた、という話をしてくれました。私はこういうことに自ら気づいて、それを疑問に持ち続けていた、というそのことにまず感動しましたが、彼女の「仮説」にはさらに感心してしまいました。

それは風によるものではないか、という仮説です。葉軸側を下向きに地上で着地した葉は、V字型に反っていることで、葉軸から延びる左右の葉身のどちらかを上に向けています。それが地上を吹く風を受けて、くるりとひっくり返されるのではないか、というわけです。

そういわれると、なるほど、という感じです。その情景すら、なんとなく目に浮かびます。苔むした石が、秋の大量の落葉に埋もれてしまわず、森の底で緑の面を見せていることがしばしばあります。これを観ると、石のまわりに落葉がきれいに渦を巻いていることがあるのです。これは明らかに森の底を吹き渡る風のしわざでしょう。ホオノキの落葉の多くを「白い山型」にしているのも、この風の所作なのかもしれません。

ただ残念ながら、私はまだ森の底を吹く風がホオノキの落葉をひっくり返す現場を実際目にしたことがありません。でも実に面白い話だと思います。かつて「細かいことにこだわるなあ、どうでもいいじゃんそんなこと」などと思っていた未熟な自分を棚に上げ、こういうことに「気づく」喜びこそが自然遊歩の愉楽のひとつなのだろうと、今ではそんなふうに思っているのです。

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