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ハイタカのペアによる天空の華麗なダンス

ハイタカという名前

夏の空で二羽のハイタカがダンスをしていました。もちろん本当にダンスを踊っていたというわけではなく、二羽の「からみあい」が、あたかもそういう印象だった、というだけのことなのですが。

ハイタカとは漢字名で「灰鷹」と書かれたり、また「鷂」という難しい字を当てられたりします。「鷂」という字は、いまでは一般にほとんど見かけることのない字ですし、語感からすれば「灰鷹」の方を連想するのがふつうでしょう。背面の美しいスレートグレーが、その名の由来だと思っている人は少なくないのではないでしょうか。

ところが、このタカの名の語源は「灰色の鷹」ではなく「疾い鷹」(はやいたか)「疾き鷹」なのだといわれています。それがいつしか「はしたか」とつづまり、やがて「はいたか」になった、という説です。ただ「はしたか」という名からは「はしっこい」という言葉を連想させられます。なので、もとより「はしっこい鷹」「はしこい鷹」(=素早く飛び回る鷹)という意味で「はしたか」と呼ばれていたものが「はしたか→はいたか」と変化したものなのかもしれません。いずれにせよ、同義です。かたや、これらとはまったく別の観点から「嘴鋭鷹(はしときたか)」が転訛したもの、という説もあるようです。「嘴=はし」「鋭=とき」というわけですが、なんとなくコチラの方はちょっと無理っぽい説のような気もします。

ハイタカは、きりりとした印象のある、実にスマートなタカです。タカ科の仲間のうち「ハイタカ属」というグループがあり、本種はその代表種といってもよいでしょう。同属にオオタカやツミなどがいます。いずれも姿形はよく似ています。英名ではスパローホーク。すなわち雀鷹です。英語がニガテ(というよりも一般常識にはなはだしく欠ける)筆者は、お恥ずかしいことに、よくスパロー(雀)とスワロー(燕)を混同します。なのでハイタカのことを「燕鷹」と思ってしまうことがしばしば。ツバメのように素早く飛ぶタカ、というイメージが、やけにしっくりくるからかもしれません。小鳥を主食とするタカだけに、その動きは大変俊敏なのです。ハンティング時における、そのスピーディな動きたるや、まさに「はしっこいタカ」そのものです。いっぽう「雀鷹」と表されると、一転してかわいらしいイメージとなります。ハイタカが主に小鳥類を捕食することに拠る、という説明もあるようですが、おそらくこの「雀」は「小さい」ことを表しているのではないかと思います。

雌雄で異なる大きさと名称

面白いことに、ハイタカの名前はかつてオスとメスで異なっていました。元来ハイタカとは、「ハイタカのメス」のことを指す名称で、メスとは大きさがかなり異なる(小さくなる)オスのハイタカにはコノリ(兄鷂)という名が与えられていたのです。「鷂」は「ヨウ」と読む字です。「兄鷂」なら「ケイヨウ」となるはずでしょうが、実際にはそうした読み方はありません。あくまでコノリと呼ばれ、その語源は「小鳥ニ乗リ懸クル意」であるともされます。「読み」と「字面」とのあいだに関係がない鳥名は他にもいろいろありますが、なんともややこしいですね。

いにしえの名称がオスとメスで異なることは、同属のオオタカ、ツミでも同様でした。オオタカのオスはセウ(勢宇/兄鷹)、メスがオオタカ(大鷹/蒼鷹/弟鷹)。ツミのオスはエッサイ(悦哉)、メスはツミ(豆美・雀鷹)というように。それにしても「悦哉」と書いて「エッサイ」とは、いったいどういう由来でこのような変わった名が付いたのでしょうか。ハイタカによく似るツミのメスにも「雀鷹」の名が見えます。もともとはこちらの名称だったのかもしれません。

このグループのタカ類は、いずれもオスとメスのサイズが大きく異なり、オスよりもメスの方がかなり大きいのが特徴です(♂<♀)。また、ハイタカやツミなどは、デザイン的にも時に別種に見えるほど差異のある個体が多いことから、このように雌雄それぞれに異称が与えられたのでしょう。オスとメスで大きさや色彩に差のある鳥は他にもたくさんいますけれど、それを理由に名称が異なるという例はあまりありません。このグループに、特にこうした異なる名称が与えられたのは、ひとえに古くから「鷹狩り用のタカ」として扱われてきた文化的な背景によるものでしょう。文化としての鷹狩りは、その対象とするタカの名を、その性差だけでなく、年齢によっても細かく分けていたほどです。そして現在の標準和名では、どれもメスの名前が選ばれています。これは鷹狩り用には、大柄のメスの方がより尊ばれてきたことが影響しているのかもしれません。

このハイタカ属3種は、いずれも八甲田山麓の森に生息しています。しかし目にする機会はそう多くもありません。オオタカはどちらかといえば里山や雑木林、田園などの鳥でありますし、ツミにしてもハイタカにしても、その生息環境の幅はとても広く、いろいろなところに棲んでいるだけに、そのぶん分散しているような気もします。比較的ふつうに出逢えるのはハイタカで、奥入瀬渓流では馬門橋が観察のポイントのひとつです。翼をパタパタとうちながら上空を飛翔している姿が、四季を通じてしばしば観察されています。

8月の空のディスプレイ・フライト

そんなハイタカのオスとメスが、8月の空のもとでさかんにディスプレイ・フライトを行っているシーンを目にしました。ディスプレイとは「誇示」を意味する言葉です。鳥の行動においては、求愛や威嚇、攻撃、なわばり宣言などの各種行動にともなう誇示行動全般を指しています。おもに繁殖シーズンの初期に求愛や防衛行動に伴って見られるのが主であることから、繁殖期に特有の行動との印象も強いのですけれど、初秋から晩冬といった、子育てには直接関係のなさそうな時期にも、なぜか突然見られることもあります。つがい(ペア)の新たな形成が、あるいはこの時期に行われるのでありましょうか。それとも居つきの個体は、シーズンに関係なく、時おりこうやって各ペアごとに「愛の確認」をしているのでありましょうか。それともそれとも、単なる「戯れ」「遊び」の範疇に属する行動なのでしょうか? そのあたりのことはよくわかりません。

2羽で連れ立って飛んでいると、サイズの性差がよくわかります。トップの写真は上がオス、下がメスです。下の写真は上がメス、下がオスです。下を飛んでいたメスが、いきなり急上昇してオスの上にあがったところです。なんだか翼の動きを二羽でシンクロさせているようにも見えます。

メスはオスの上にあがったかと思うと、いきなりそこから身を反転させて急降下しています。鳥の行動で「突っかかり」などと呼ばれているもの。その際、尾羽と両翼を大きく広げ、鷹斑(たかふ)と呼ばれる羽の黒い紋様を、強く相手に誇示しているように見えます。対するオスも、そのメスの動きに応えるように、尾羽と両翼を大きく開いていますね。

これらは「対面ディスプレイ」などと呼ばれる行動ではないかと思われます。空中でオスとメスが停飛して向かいあい、開いた翼と尾羽をパッ、パッとフラッシュさせるように見せあうのです。この2羽の場合、それまでの動きを通じて、なわばりへの侵入個体に対する威嚇や排除のディスプレイではないように感じられました。根拠なしの、ただの感想です。でも、「争う」というよりは、どう見ても「たわむれあっている」という印象なのです。ケンカの相手と翼の動きをシンクロさせたりなんてするかしら。突っかかっていく時の感じも、どこかじゃれあっているような雰囲気。うむ、これはきっと居つきのペアが互いの気持を高めあっている行動なんだろうな。と、勝手に理解したというわけです。単なる想像ですが、それほど的外れでもないような。

ディスプレイは、くんずほぐれつという感じでからみあいますので、見ているうちに時々どっちがどっちなのか、わからなくなってしまうことがままあります。特に上のような写真では、奥行きの違いが明確に捉えられないと両者の大きさが同じに見えてしまいます。また、雌雄のデザインにあまり顕著な差の見られない場合には「大はメス/小はオス」という唯一の識別点さえ曖昧となり、ますます混乱していまいます。もちろん、観察技術と経験値が未熟なゆえのことですが。

「雌雄のデザインにあまり顕著な差の見られない場合」とはどういうことなのかというと、一般に図鑑などでは、ハイタカのオスはたいてい腹部が朱色に描かれています。しかし実際にはかなり個体差が激しく、あまり赤味のない個体もいるのです。年齢差(成熟度)も関係しているかもしれません。なので、雌雄判別に当たっての腹部の色具合は、あくまでも目安に過ぎないのです。腹がうっすらと朱色を帯びているメスもおります。ああ、ヤヤコシヤ。上の写真では、右がメス左がオスです。オスがメスよりもカメラに向かって手前を飛んでいるために、平面的にはちょうど同じくらいの大きさに見えてしまっています。

初めはメスの方の「突っかかり」から始まったディスプレイでしたが、上の写真の段階ではオスの方が上空から「お返し」しています。この応酬のさまが、あたかもダンスを踊っているように見えるのです。この写真でもオスとメスの大きさの違いが顕著にわかります。メス個体は、大きいものではオオタカのオスくらいのサイズに近いものもあり、遠方を飛ばれますと識別も困難となってしまうことがままあります。かなりのホーク・ウオッチャー泣かせです。

想像たくましくスカイダンスを愉しむ

ハイタカは、基本的に一年中見られることから「留鳥」とカテゴライズされています。その一方で、春と秋には各地で「渡り」が見られることでも知られています(オオタカとツミも同じです)。したがって、晩秋に目にしたハイタカが、はたして目撃地に居つきの個体であるのか、あるいは北方から移動してきたものなのか、そのあたりは判然としないわけです。このオスとメスのからみあいにしても、エリアにずっと棲んでいる個体であるのか、それともどちらかが移動・侵入個体なのか、あるいは両方とも違うのかで、その行動の意味するところもまた大きく異なってくるでしょう。しかしながら、その「真意」ということになりますと、思い込みや先入観、そして推察の域をどうあっても脱し得ないのではと思います。

でも、それだけにいろいろと個人的な「思い」を自由にめぐらせる楽しみがあるというもの。空中で華麗に繰り広げられるタカ類のディスプレイ・フライトはスカイ・ダンスとも呼ばれます。豪快にして、優雅。ときにユニーク。ふだんの森のランブリングでは、めったに見られないタカ類ではありますけれど、もし幸運にも目にするチャンスを持てたならば、ぜひゆっくりとカンサツを愉しんでみてください。そして、そこからあれこれと勝手な想像をふくらませてみてください。面白いですよ。

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