サワグルミの種子にはなぜ大小があるのだろう サワグルミの種子にはなぜ大小があるのだろう ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

サワグルミの種子にはなぜ大小があるのだろう

たくましき先駆者(パイオニア)

その日の森のランブリングで見つけたものは、雪の上に落ちていたサワグルミのタネでした。サワグルミという樹は、渓流沿いにつづく森、いわゆる「渓畔林」を代表する樹木のひとつです。ここ奥入瀬渓流でも、カツラやトチノキなどと共に、渓畔林を構成するポピュラーな樹種となっています。

また、この樹はパイオニア的な存在としても知られます。すなわち先駆者です。攪乱を受けた荒れ地で、いち早く芽を出し、森の基礎をかたちづくっていく、その最初のメンバーです。河川の氾濫(はんらん)などで高木が倒れ、明るく開けたような場所では、特に旺盛に育ちます。また、遊歩道の際などの、ちょっとした空間を利用して、たくましく実生(みしょう)を出している姿を、よく目にします。

「翼」を持ったタネ

そんなサワグルミのタネですが、なかなか個性的なカタチをしています。クルミはクルミでも、私たちが口にする「クルミの実」とは、かなり違っています。というより、ぜんぜん似ていません。薄くて、両側にまるでダンボの耳のような「翼」が付いています。

なぜ、サワグルミはタネに「翼」をつけているのでしょう。それはタネが落下する時の様子を観ていると、よくわかります。「翼」の付いているタネは落ちていく時、クルクルと回転しながら落ちていきます。「翼」はプロペラの役目をはたしているようなのです。

そのため、「翼」を持つタネは、持っていないタネよりも、ゆっくりと落ちていくことになります。また「翼」が付いていることで、全体の面積が大きくなります。面積が大きくなるということは、落下していく時に受ける空気の抵抗が大きくなりますね。するとそのぶん、落ちる速度がゆっくりになっていくわけです。

風を待つ

では、なぜサワグルミはそうまでしてタネをゆっくり落としたいのでしょう。樹と地上のあいだに、タネをなるべく長くとどめておけば、すなわち「滞空時間」が長ければ長いほど、それだけ風を受ける確率が高くなっていきます。そこでタイミングよく強い風を受けることができれば、そして運がよければ、それに乗じて、より遠くへと飛ばされる(=運んでもらえる)確率も高くなるというわけです。

先に御紹介したように、サワグルミはパイオニア植物ですので、その実生は荒地や森の中の空間などの明るい所を好みます。大きな母樹のそばでは、陽が樹冠にさえぎられてしまって暗く、光が不足して大きく育つことができなくなってしまいますから、子供たちにとっては、母樹から少しでも遠ざかることが大事なのです。

しかし生育に向いた「明るい場所」がどこにあるか、それはわかりません。それならば、少しでも遠くに飛ぶタネの方が、より「理想の地」へ到達できる確率はやはり高くなる──サワグルミは、きっとこのように考えたのでしょう。ゆえにタネに「翼」をつけることで風の力を効率よく利用し、タネを少しでも遠くへ散布できるようにと進化してきたわけです。

サワグルミの他にも、樹木には「翼」あるタネを持っているものがたくさんあります。カエデの仲間などもそうですし、カツラもそうです。カエデ類のような、大きなプロペラ型のタイプは、きっと「翼」の持った種子たちの進化の結果なのでしょう。

<1本の軸に何個もの「ダンボの耳」が付いて短冊のようになっています>

大きなタネの方が有利

地面に落ちたサワグルミの実をいくつか拾ってみると、タネにも大きいものや、小さいもののあることがわかります。そしてタネのサイズが大きい(=重い)ほど、速く落ちる傾向にあり、小さな(=軽い)方が、母樹から離れた地点まで飛んでいることが林業試験場の実験の結果などによってわかっています。それならば、飛ぶ距離の長い小さなタネばかりつければよいのに、なぜ、タネのサイズには大小が生じているのでしょうか。

このことには、タネが地面に着地してからのことが関係しています。無事に発芽し、実生が成長する段階になると、大きなタネの方が、それだけ栄養分が多いので、実生の生長もよく、また菌などに侵されて死亡してしまう確率も低くなるといわれます。栄養が豊かなら、病気への抵抗力も強くなるということですね。

話を整理すれば、タネが小さければ、より遠くまで飛べて、よりよい環境にたどりつける可能性は高くなります。けれど、その後は元気に成長できるかどうかはわからない。反対に、タネが大きければ、あまり遠くまで行くことができず、親木の下の暗い環境で、なかなか成長できないかもしれない。けれど、もし幸運にも条件のよい場所へ着地できれば、その後は元気に生育できる可能性が高くなる、というわけです。

サイズのバラつきに意味がある

サワグルミは、このように我が子(=タネ)の大きさを決めるのに悩んでいるのです。大にすべきか小にするべきかのジレンマです。ならば妥協して、その中間くらいのサイズで統一すれば? 考えてみれば、そういう結論に落ち着いてしまう気もするのですが、しかしサワグルミは、あえてタネのサイズに差をつけたままです。

なぜなら、決まったサイズのタネばかりだと、どれもがおおむね同じような場所に落ちてしまう確率が高くなってしまいます。もしそれがタネの発育にあまりよろしくない条件の場所であったら、どうなってしまうでしょう。ヘタをすれば、全滅です。

そんなことになるよりは、それぞれ長所・短所があり、あたりはずれも大きくなるかもしれないけれど、異なるサイズのタネをそれぞれ用意しておけば、もしそれがうまくいけば、母樹から遠い場所から近い場所にまで、まんべんなくタネをまくことができます。その方が、まったく同じ条件の場所に全部集中しているよりは、着地後のさまざまなリスクからタネの生き残る確率は高くなるハズだ──サワグルミは、きっとそのように思いをめぐらせたのでしょう。いやあ、たったひとつのタネにも、こんな深い母樹の思い、もとい生き残りのための戦略があるのですね。

タネに「翼」をつけ、大きさにバラつきを持たせ、滞空時間と飛散距離をそれぞれ変えてから、風が吹くのを待つ。最終的には、運を天にまかせるわけです。しかしそこへ至るまでには最大限の努力をする──なんとなく、チトお説教くさい結論のような気もしますが、サワグルミの特徴的なタネを目にするたび、やっぱり植物というものはいろいろと考えているエラい存在なのだなあ、と感心してしまうのです。

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