クズは木なのか草なのか? クズは木なのか草なのか? ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

クズは木なのか草なのか?

なまなましいほどの存在感


見つけてすぐ、そのなんともいえぬ味のあるデザインとたたずまいに「これはオモシロイ!」と胸が高なりました。くるくると螺旋(らせん)を描いた姿は、どこか幾何学的な印象を見る者に与えますが、そこにびっしりと生えた毛が、植物という、このまごうことなき「生きもの」の、ちょっとなまなましいほどの存在感を強烈にアピールしています。そうした奇妙なアンバランスさが、それだけになんだかえもいわれぬ不思議な魅力となっているのです。これも自然界の創り出す、多種多様なデザインと向きあう楽しみのひとつですね。でもコレ、いったいなんの蔓(つる)なのでしょう。

自然散策で面白いものを見つけてしまうと、撮ることに夢中になってしまって、撮影対象の「正体」がぜんぜん気にならないという状態によく陥ってしまいます。自然界の造形のユニークさを追及する、ということであれば、ここで完結してもよしだとは思うのですが、自然案内人が自身で撮影したものを「不明」のままにしておくのも、ちょっとおさまりがよろしくないような気もします。お尻のすわりがチトよろしくない、というやつですね。だったら最初から撮りっぱなしにせず、きちんと確認しておけばよいのに……とは、毎度の反省点なのではありますが──これがね。いやはや。

左巻き・右巻き


はじめは、ヤマブドウの巻きひげなのかなあ、などと思っていました。その後はだいたいのアタリはつけながらも、なかなか確信が持てませんでした。特徴のひとつ。蔓の巻いている方向は、左から右です。蔓植物の右左については研究者や本の執筆者によって解釈が異なるようですが、「支柱を左手で握って親指を立てた時、親指の方向は右上を向く」ことから、これを「右向き」に、「支柱を右手で握って親指を立てた時、親指の方向は左上を向く」ことから、これを「左向き」とする定義が、おおむね一般化しつつあるそうですが、左手が右で右手が左というのは混乱しそうです。いっそわかりやすく、右手を握った時の親指方向を「右巻き」、左手を握った時の親指方向を「左巻き」にすればいいじゃないかと思うんですが、調べてみたら、かの牧野富太郎博士の指導はこの通りであったそうで。時計回り・反時計回りだの、右ネジ左ネジだのいわれても、当方のようなバカにはピンとこないので、以降はこの指標を自分の基準にしています。

さて、この「左巻き」の蔓、全体に褐色の粗い毛が生えている点も顕著な特徴です。生育環境は林縁(りんえん)でした。ただ、このテの写真だけで図鑑などから「種」を判別するのはなかなか容易ではないのです。日頃から、いろいろな植物をよく観ていなければなりません。経験不足の露呈を恥じつつ、何人かの方がたにお尋ねしてみました。正体は、やっぱりクズの蔓でした(……誰だ、ヤマブドウとかいってたのは)。身近なものをきちんと観ていない、という怠慢の証左でありました。

きわめて身近な存在


クズといえば、ごくごく身近な蔓植物。ハート型をはじめとする、いろいろな形をした大きな葉。夏の終わりから秋にかけて咲く、蝶形をした赤紫色の花。垂れ下がる「さや」と、豆形の種子。森や林のきわを外套のように覆うさまは、マント群落とも呼ばれます。特に森へ行かなくても、ちょっとした林や空き地の草むらなどでも目につきます。日本のいたるところに生えている、きわめて身近な存在です(奥入瀬ではたとえば石ケ戸駐車場、蔦の森では西館裏側の森の際などで繁茂しています)。和菓子の葛餅をはじめ、葛切や葛素麺、漢方薬(葛根湯)、でんぷん、籠や布、草木染の材料、肥料や飼料としても利用されています。また御存知の通り、万葉の時代から「秋の七草」としても親しまれてきました。人の暮らしに、これだけに深いかかわりを持ち、いつもそばにある植物なのに、その「巻きひげ」を、きちんと意識することが、これまでほとんどありませんでした。

蔓と巻きひげ


……ところが、実はこれ「巻きひげ」とはいわないのですね。見た目には、いかにも「巻きひげ」という印象のオブジェではあります。毛がたくさん生えているところも、ヒゲっぽいですしね。でも「蔓(つる)」と「巻きひげ」は、実は区別されているものなのです。蔓とは、茎が変形したもの。巻きひげとは、葉の変形したもの。クズは、フジなどと共に、本体(茎=幹)で巻きつくタイプ。でもヤマブドウは有名な蔓(つる)植物ですが、こちらは巻きひげを持っていますよね。ややこしいなあ。いずれにせよ、この”巻いている先端部分”(テンドリル=蔓状のもの)は実に不思議な存在感のある、独特の植物器官であると思います。

クズは木なのか草なのか?


茎=幹とあえて記しましたが、そもそもクズは木なのか草なのか?「草」とは、茎が樹木のように太くならないもの。「木」は、毎年成長を続けて伸びるうえに、幹も太くなります。クズは、図鑑によっては樹木にも、草にも分けられていますが、手許の本の多くでは「多年草つる性の草本」ということになっています。クズの蔓には、当年生と多年生があります。当年生とは、その年に発達した茎です。多年生は冬を越した茎です。地上を這っている当年生の蔓は緑色で軟らかいので、いかにも草という感じがします。しかし越冬した多年生は硬化(木質化)していて、どう見ても木の幹です。

陽の光を求めて巻き上がり、高い木の樹冠部にまで到達、ついには林縁をマントで覆ったような状態にまでなるさまは、木というより草です。旺盛に繫茂する藪です。茎の伸長が最も活発なのは夏の間です。1日平均10センチも伸び、1昼夜にして30センチも成長した例もあるといいますから、凄まじいですね。とはいえ、その後、幹の太さが直径10センチにも20センチにも肥大して、高さが10メートル以上にもなっている様子は、やっぱり木です。なにせこうなると、もはや草の「茎」とはいえません。木の「幹」です。その「樹皮」はゴツゴツしていて、蔓性の樹木であるフジとそっくりです。

森のきわで見つけたクズの、細くて小さなテンドリルは、いまだ草とも木ともつかぬ様子でありながら、その立ち姿をじっと見つめていると、さあ春になれば、さっそく何かに巻きついてデカくなってやる、といわんばかりのちょっと不気味なほどの「意思」を感じ、つい、ぞくりと背筋に震えを覚えてしまうのでした。

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