「蜂を食べる鷹」を知っていますか? 「蜂を食べる鷹」を知っていますか? ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

「蜂を食べる鷹」を知っていますか?

東洋の「蜂蜜タカ」

今夏もまた、南国から奥入瀬の森にハチクマが渡って来ています。森の上で「ピィーヨー、ピィーヨー」という甘い鳴声がして、はっとして見上げると、ブナの緑葉の隙間から、ゆったりと空を飛ぶやや白っぽい姿が目に入ってきました。黄色い両の脚には、しっかりと大きなハチの巣が握られています。巣で待つヒナたちに、今日もせっせと御馳走を運んでいるようです。

ハチクマとは、またずいぶんと変わった名前です。知らない人が耳にしたら、ヒゲ面の「熊八」を連想しそうな響きです。むかし、ある新聞の連載記事にハチクマのことを書いた折、担当記者の付けたキャプションがハチクマではなくクマハチになっていたこともあります。無理もありません。ハチクマというのは「蜂(ハチ)を食べる、熊鷹(クマタカ)に似たタカ」という意味です。英名では「オリエンタル・ハニー・バザード」で、すなわち「東洋の蜂蜜ノスリ」。海外ではノスリの仲間と見なされているようですが、日本では「のんきそうなノスリ」ではなく、勇壮なクマタカになぞらえた名称となっています。

なるほど一見したところ、ハチクマのデザインはクマタカにやや似ています。クマタカほど大きくはありませんが、遠方上空を飛翔する大中型猛禽類のサイズ感はつかみにくいもの。翼の下面や尾羽の黒い鷹斑(たかふ)がくっきりしているあたりは、確かにクマタカチックです。見慣れないうちは誤認しそうです。猛禽類調査を始めたばかりの頃には、筆者もよく見間違えていました。慣れてくると、遠目にもなんとなくその違いに気づくようになってくるものですが、最初のうちはまず全体の色彩の感じから種の判断をしがちなので、どうしても早とちりしてしまうのです。

ハチクマは、個体によって色彩のパターンが豊かで、「暗色型」と呼ばれる黒っぽいタイプのものから、うんと白っぽい「淡色型」と呼ばれるものまでさまざまです(その中間タイプはそのまま「中間型」と呼ばれます)。オスとメスでもかなり印象が違います。オスは顔が青灰色でのっぺりとしていて、目が黒く、爬虫類っぽい感じが強いのです。メスは目が黄色いので猛禽っぽい印象で、キリリとした感じです。尾羽の黒帯がオスでは太く明瞭で、メスでは細く曖昧な感じがします。幼鳥は翼の先が黒いという特徴があります。初心者には、ちょっと見分けがメンドウくさい鳥なのですが、その個性的なデザインの面白さがわかってくると、観察の楽しみもまた深まってきます。

<ハチクマのオス中間型。顔が青灰色で、目が黒い。尾羽の黒帯が太く、ぱっと見には2本に見える。撮影/諸橋 淳>
<ハチクマ中間型メス。顔は白っぽく、目が黄色い。尾羽のバンドが細い。撮影/諸橋 淳>

ハチを食べることに特化

クマタカの名が付けられていますが、「森の忍者」と呼ばれる森林潜行性の本家クマタカに較べると、ハチクマの方は、ふらふらと森の上空に出てくることが割と少なくないので、そのぶん目にしやすく、またちょっとのどかな雰囲気をただよわせているあたり、やっぱりノスリに近いような気もします。

このタカの特徴は、なんといっても「ハチを食べる」という、その食生活にあります。かくも特異な嗜好を持った猛禽類は、ほかにはちょっと見当たりません。ミツバチやコガタスズメバチなども食べますが、いわゆる「ジバチ」と俗称されるクロスズメバチが大好物であるとされています。地中に作られた巣を、その頑丈な脚で掘り出し、中にいる幼虫やさなぎを器用に引きずり出しては、ばくばくと食べてしまうのです。ヒナに与える餌も同じで、採掘したハチの巣を、そのまま自分の巣へと持ち込みます。もちろん100%ハチ・オンリーというわけでもなく、カエルやヘビ、トカゲなどの両生類や爬虫類なども食べていますが、ある調査では、巣に持ち込まれた餌の約6割以上がハチの巣であったという報告もあります。

毎年5月下旬に東南アジア方面から飛来、その後わずか1週間ほどで卵を産み、ヒナの誕生は7月上旬。そして巣立ちは8月下旬。なんと、わずか一ケ月半ほどでヒナを育てあげてしまいます。いかにも栄養価の高そうな天然ローヤルゼリーを主食に育てられたヒナは、そのぶん成長も早いということなのでしょうか。9月にもなると、早くもその年生まれの若鳥たちが、遠く海の向こうの越冬地へと集団で渡っていきます。

地バチことクロスズメバチは「蜂の子」として珍重される特産品。その味はスズメバチの仲間でもピカイチであるとか。日本産スズメバチでは最も大きな巣を作ることでも知られ、またさまざまな昆虫類や哺乳類の死体などを餌とするポピュラーな存在です。それゆえに、ほぼ日本全国に分布するハチクマの「主食」として選ばれているのかもしれませんね。養蜂業界の方がたにとって、ハチクマはちょっと手ごわいライバルなのかも。

養蜂場の常連

養蜂といえば、初夏の奥入瀬渓流にはトチノキの花蜜をもとめ、養蜂家の方々が訪れます。渓流沿い国道から脇へと延びている、ちょっと目立たない横道は、たいていその奥の広場に設けられた養蜂場へと通じています(期間中には入口にロープが張られています)。

そんな養蜂広場にハチクマの姿がありました。ずらりと並べられた四角い養蜂箱のあいだを、なにかがすたすた歩いているのです。初めは、てっきり獣かと思いました。おそらくはタヌキかアナグマであろう、と。ところがあにはからんや、それは獣ならぬ猛禽ハチクマだったのです。タカの仲間が二本脚で、しかも結構な速さで地上を移動していくようすを見るのは、それが初めてのことでした。いつも優雅に大空を舞っている彼らが、こんなふうに地上を自在に闊歩できるとは。それまで想像したこともありませんでした。もちろんキジ類やツグミ類、クイナ類などなど、歩行性の鳥類は他にもたくさんおります。ですがことタカとなると、やはり「飛翔」のイメージが強かったのでしょう。地上をワガモノ顔に歩きまわっている健脚ぶりに、ハチクマの別の一面を見る思いでした。しかし考えてみれば、地中に埋没している大きなハチの巣を脚で掘り出して採食する生態をもっているわけですから、やはりその「脚力」は相当なものなのでしょう。

広場を駆け回っているハチクマは、蜜を求めて養蜂箱を荒らしまくっているのでしょうか。そうだとしたら、その損害は決して小さなものではないのでは? そう思いました。時どき蜂箱を荒らしにやってくるツキノワグマ対策として、広場の周りには電気柵が設置されているのですが、空から飛来するハチクマに柵を設けてもなんの効果もないでしょう。しかし様子を見ていても、ハチクマが蜂箱を突つきまくったり、また破壊しているような動きは見られませんでした。ミツバチはしばしば巣を大きく作りすぎ、箱からはみ出させてしまうのです。養蜂家の方々は、そういう「はみ出した巣の部分」を削り取り、周辺に放置します。どうやらハチクマは、その「余りもの」を狙ってやってくるようなのです。ある地方の養蜂場での観察では、わずか一ケ月ほどの間に、なんと30羽ものハチクマが養蜂場に現れたそうです。

ハチを忌避させる臭気?

養蜂場のみならず、地バチの巣を掘り起こす際にも、ハチクマのまわりにはぶんぶんとハチたちが群れをなしています。この折、ハチクマはたくさんのハチたちに刺されていると思うのですが、彼らは平気なのでしょうか。実は、この点についてはいまだに解明されていないようなのです。大いなるナゾであります。ハチの針の通らない、硬い皮膚をしているため、ともいわれます。なるほど確かにハチクマの顔面を見ていると、なんだか爬虫類の鱗(うろこ)のような感じで、いかにも頑丈そう。また、ハチの毒に免疫があるため。さらには、ハチを寄せつけない独特の臭気を出すため、という説もあります。

この「ハチクマの分泌するハチを忌避させる匂い」という考えは、昆虫の専門家にも支持されているようです。もし、この仮説が正しく、その成分が解明されれば、人間にとってたいへん有益な、スズメバチ忌避材ができるかもしれません。

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