冬の森の紅い装飾品
雪が降りました。どっさりと降りました。透き通るような青空のもと、スノーシューを履いて、森の雪景色を楽しむ散歩に出かけてみました。静かな森ですが、歩幅を小さく、少し進んでは足を止めて耳を澄ますというスタイルを繰り返していると、どこからかチッチッというかすかな鳥の声。コツコツというキツツキが木を突く小さな音。そんなものが冷たい森のしじまをたわませます。
ふと、目を引かれるものがありました。すっかり雪に覆われた、ともすれば味気なくも映る白い森で、それは華やかな紅い彩を放っていました。コマユミの果実です。熟したのはもちろん秋のこと。真冬のいまでも、枝先にしっかりぶらさがっているのです。その鮮やかな朱色は、白い森のブローチのようでした。
ごく地味な衣装となった枯淡の森のなか、その紅いブローチはひときわ優雅なワンポイントアクセントといった感じ。ひかえめな、上品なおしゃれといった印象です。雪面から頭だけ出した低木の枝先にある、ごく小さなもの。つい見過してしまいそう。でもいちど目に留まれさえすれば、それは森の底にひろがる白を背景に、とてもとても目を引きます。
マユミとは別種
コマユミは「小真弓」と書きます。字義的には、小型のマユミという意味です。なので、同じマユミ(真弓)の木の、その大きくならないもの。いわば「小型版」なのだろう。そう思っていた頃がありました。実際、マユミという木は大きくなると、かなり太い高木になります。かたやコマユミはその名の通り、せいぜい1メートルから2メートルくらいの低木です。
ところがコマユミは「大きくなれなかったマユミ」なのではなく、れっきとした樹種のひとつなのでした。それも、ニシキギ(錦木)の姉妹なのでした。似た仲間にはツリバナ(吊花)もあります。ニシキギもマユミもツリバナも、いずれも同じニシキギ科の樹木です。この仲間に共通しているのは、初夏に咲く、ごく小さな花はあまり目立たないこと。そして秋も深まる頃、鮮紅色の実を細長い柄と共に吊り下げること──です。豆の殻が弾けたように、ぱかりと二ツに裂けて現れる、橙赤色の実のぶらさがりを目にして初めて、アア、ここにもこの樹があったんだなあ、とようやく認識することもあるくらい、緑期の花は目立ちません。
コマユミかニシキギか
コマユミはニシキギの「姉妹」と紹介しました。実際、樹木図鑑をひいてみると、コマユミはたいていニシキギの項に併記されています。その違いは、茎にコルク質の翼(よく)が発達しているものがニシキギで、その翼がないものがコマユミ、と記されています。翼とは、枝や茎に生えた板状の突起物で、ヒレみたいなものです。
コマユミというのは、いうならばニシキギの別バージョンみたいなものなのです。翼があればニシキギ、なければコマユミ。翼がない、という立派な違いがあるのなら、そりゃ違う種類なんでしょう? シロウト考えでは、ついそう思ったりもするわけですが、コマユミの学名は基本的にはニシキギと一緒です。ただ、後に「品種」を表す「f」が付いています(品種というのは、些細な変異を持った個体のことです)。
ちなみに学名の意味は「翼のある評判の良い(もの)」で、やはり、その翼の存在が特徴とされています。評判が良い、とはニシキギの名の由来ともなっている、錦のように美しいとされる秋の紅葉のことでしょうか。それにしても「評判が良い」とは、なんだかオカシナ感じもしますね。
ともあれ、コマユミとニシキギは、非常に近い仲間なので、厳密には区別する必要なんかないんだ、という考えもあるようなのです。つまり広義では、コマユミはニシキギと一緒だ、同一種なんだ、そう言ってしまってもよい、ということですね。実際、ニシキギには翼が発達しないものも多いですし、中途半端に翼があって、どちらかよくわからないような場合もあります。
なので、図鑑には「翼のないものをコマユミと呼ぶ場合がある」というような書き方をしているものもあります。それに、庭木としてよく植えられている翼を持ったニシキギは、翼が発達する個体をわざわざ選んで、それを人為的に増やしたものである、ともいわれます。そちらの方が造形的にユニークだからでしょう。こうなると、なんだかニシキギの方が逆に園芸品種みたいな感じもしてきます。
個人的には、変種だの品種だのという分類には、さほど興味が持てません。メンドーくさい、とさえ思ってしまいます。そんなこというと叱られてしまいそうですが、やっぱりシンプルなのがベストです。なので「ニシキギとコマユミは一緒だ」というような意見には、やすやすと与してしまう方なのであります。ところが、これまた個人的に、私はコマユミという名前のひびきが大好きなのです。こういう名称は、きっと樹木に明るくはない方に、マユミという別種の樹木との混同のおそれを誘うだろうなとは思いつつも、やはりニシキギとコマユミを「姉妹」として分け愛でたいと思ってしまうのです。
シラミの駆除薬
さて、冬の森の愛らしいアクセサリーであるコマユミの実。その楕円形のカタチも、なんとなくおしゃれっぽいですね。この紅いサインでコマユミらニシキギ科の樹木は、タネを森のあちこちに撒いてもらうために野鳥を呼んでいるのだ、とされています。
ツグミやヒヨドリ、ジョウビタキなどのほか、カラ類やエナガ、それに小型のキツツキであるコゲラなども口にするそうですが、少なくとも奥入瀬や蔦の森では、あまり鳥たちにウケがよさそうにも思えません。むしろそれゆえに、いつまでも枝先に残っているのではないでしょうか。それはともかく、この色を見ていると、私もつい口に入れてみたくなります。けれどこの木の実には毒性があります。食べられせん。愛らしい見た目とは裏腹に、食すると下痢や運動障害を起こすといわれます。
ただ、その毒性を利用して、人とコマユミは古くからのつきあいがありました。かわいらしいひびきの名称とは真逆にも、この木にはなんとシラミコロシ(虱殺し)という別称があるのです。いやはや。その名の通り、頭髪のシラミ駆除薬として知られていたのです。ちょっと意外ですよね。実を細かく砕いて、水や油でよく練ったものを頭髪に塗って、シラミを追い出したといいます。コマユミのブローチは、森の装飾的価値のみならず、その実利的価値も大いに認められていたというわけです。
もちろんニシキギやツリバナの実も同様に用いられたといいます。面白いのは、このシラミコロシという別称は、地方によってはニガキやヘクソカズラ、そしてサイカチなどを指すものでもあったことで、こうした樹木の実を利用した天然の民間薬は、ニシキギ科に限らず、いろいろあったことがわかります。
そんなことをつらつらと頭に浮かべながら、冬の森でコマユミの紅い実と向きあっておりますと、森の素敵なブローチも、なんだか呪術的な存在にも見えてくるのですから、面白いものです。冬の森にも不思議なものがいっぱいです。