コケのはなし(その1) コケのはなし(その1) ナチュラリスト講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

コケのはなし(その1)

コケみたいだけど、コケじゃないもの

遊歩道をガイド中に、ワカメのかたまりみたいな、緑色のぐにゃぐにゃしたものを目にすることがあります。ゲストに感想を聴くと「コケの一種ですか? なんだか、すごく汚らしい印象です」とか「こういうのは退治しなくちゃ」と冗談交じりに口にする方もいます。こういう「ちょっとワケのわからないもの」を「コケ」の一種だと考える(感じる)人は、結構少なくありません。いってみれば、京都の苔庭に生えているような植物としてのコケ(←美しいもの)を認識する一方で、その他の「正体不明のもの」もコケ(←薄気味悪いもの)とカテゴライズしてしまう場合が少なくないということです。

よい機会です。素通りしてしまわずに、立ちどまって、その気味の悪い対象を、あえてよく観てもらいます。いかがでしょう。きちんとした「かたち」がありますか? そう、ありませんね。実は、植物としてのコケにはというものには必ず<かたち>があります。茎があって、葉があります。一方、こうした不定形のものは、だいたいが藻類です。というか、概ね藻類であることが少なくないです。ラン藻の仲間ですね。イシクラゲという名前で呼ばれています。イシクラゲの「イシ」は陸(おか)という意味です。藻類のくせに、クラゲみたいにブニョブニョしている。雨が降ると、水を吸って、ブヨブヨになります。それがクラゲみたいに見えるのでイシクラゲと呼ばれているわけです。


<イシクラゲの一種>

遊歩道沿いの擁壁—特にコンクリート護岸の壁に、明るいオレンジ色をした、ぽやぽやしたものが張り付いて、広がっていることがあります。こちらも、多くの人がコケの一種であると認識しています。でも、こちらもコケではありません。こちらはスミレモと呼ばれる生きものです。観察してみると、糸状の構造をしていて、茎とか葉っぱとか、全然はっきりしません。ということは、コケではないということですね。では何か。緑藻です。緑の藻なのに、なんでオレンジ色なんだと思われるかもしれませんが、体内にちゃんと葉緑素を持っているんですね。だから基本的には緑色なんですけれど、それ以外にもいろいろな物質を作り出しているために、全体にオレンジ色に見えるというわけです。スミレモという名の由来は、乾いた時の匂いがニオイスミレというスミレの仲間の香に似ているというのですが、これまでそういう経験をしたことはありませんので、本当なのかな? と眉唾の思いです。あるいは、この仲間には実はいろいろと似た種類があって、その中にはスミレの香がするものもあるのかもしれませんが。


<スミレモ>

地衣類という生きものがいます。チイルイなんて、聞いたこともないし、見たこともない、という人がいますが、耳にしたことはなくても、目にしたことのない人はいないと思います。ただ気づいていない、認識していないだけのことです。地衣類というのは、菌類の仲間と藻類の仲間が合体したものです。名前には「~ゴケ」と付いたものがほとんどですけれど、実はコケではないのですね。地衣類の構造を見てみると、本体は菌糸でできていて、その中に埋め込まれるようにして緑藻がポツポツと挟み込まれていることがわかります。緑藻は光合成をします。その栄養を菌類が得ています。一方、菌類は水や、さまざまな無機物を吸収して、それを藻類に与えています。こうしてお互いやりとりしながら生きています。

ハナゴケという地衣類がいます。北欧では、トナカイが蹄で雪を掘って、その下にあるコケを食べているという話がありますよね。それがハナゴケです。実は植物としてのコケではなく、地衣類です。トナカイは胃の中に地衣類を分解してくれる細菌を一緒に棲まわせているんです。菌類、藻類、細菌が、あの大きな体のトナカイの糧となっているというわけです。


<地衣類の一種>

スパニッシュ・モスという観葉植物があります。もともとは南米原産。よく温室なんかで上から垂れ下がってる、白い、サルオガセみたいなものです。「モス」というのは英語でコケのことですから、これは「スペインのコケ」という意味になるわけですが、実はこれもコケ植物ではなく、しかし地衣類でもありません。パイナップル科の、れっきとした植物です。エアープランツという名前でも売られてますね。空気中の湿度だけで水分が足りるような、特別なパイナップルの仲間です。別名はサルオガセモドキです。その他にも、コケサンゴとかアワゴケ、カワゴケ、それからコケモモなど、花が咲く植物(顕花植物といいます)でも、小さいものには「コケ」という名が付けられていることが結構あります。

蘚類のいろいろ

コケ植物は、蘚(セン)類と苔(タイ)類に分けられます。合わせて蘚苔(せんたい)類です。蘚類はミズゴケ、クロゴケ、ナンジャモンジャゴケ、マゴケに分けられます。ミズゴケは湿原を作るコケです。湿原というのは、ミズゴケが創り出した環境。ひと口にコケといってもたくさんの種類がありますけれども、自ら適した環境を創出しているコケは、基本、他の植物が入って来るのを押しとどめているようなコケはミズゴケしかありません。国内にはおよそ50種近いミズゴケが生育していて、ウロコミズゴケという葉が鱗のように反り返っているものもあります。ミズゴケ類は一見フニャフニャしているような印象がありますけれど、ちゃんと芯が通っていて、野生のものは立ち上がっています。園芸屋さんで売っている乾燥したミズゴケは圧縮したやつを広げたものでますから、クシャクシャになって内部組織は壊れてしまっているので、水に戻しても立ちあがってくれません。立って生育しているのは生きてるミズゴケだけです。

京都・龍安寺などに代表される、いわゆる「苔庭」でよく使われているのがスギゴケです。正確にいうとウマスギゴケという種類。苔庭とは、室町時代に作られた枯山水ですので、本来ならば植物は植えない。石と砂だけで「自然」を表現するのですが、なぜかコケだけは許容されているんですね。つまり、あの世界においてコケは植物であるとは認識されていないのかもしれません。スギゴケは密集して生えると、とても綺麗な群落を作ります。だからコケ庭によく使われるわけです。敷石の白さとスギゴケの緑とのコントラストが素晴らしく、見る者の目を引くわけです。ただ、その美しさを存分に味わうためには、雨の日に訪れなくてはなりません。日照りの時に出向いても、コケが全部縮んでクシャクシャになっています。見るも哀れな姿で、しかも緑色ではなく茶色になってしまっている。よって梅雨の時期に訪れてみるのがよく、その頃にはお客さんも少ないですから、じっくり、ゆっくり観ることができます。

奥入瀬にはコツボゴケが多い。これはチョウチンゴケの仲間です。蒴(さく)が垂れて、まるで「小田原提灯」のような胞子体が付くので、それでチョウチンゴケと呼ばれるのです。蒴が下向きに付くものを「点頭」といいます。


<コツボゴケの蒴(胞子体)>

<タマゴケの蒴>

タマゴケの蒴は、鬼太郎の「目玉おやじ」のイメージです。まだ熟してない頃には、まるで青リンゴみたいな、まん丸な形状なのです。これは比較的普通に見られるコケですから、初めに紹介すると、多くの人がファンになります。小さな鉢にタマゴケだけの群落を拵えて、盆栽に仕立てたりもします。半球状の盛り上がりが愛らしい上に、季節になるとユニークな胞子体がポコポコ頭を出してくるので、それもすごくかわいい。育てやすいので、コケ盆栽の本などを見てみると、タマゴケはよく使われているのがわかります。

光るコケ

一般によく知られているヒカリゴケも蘚類です。奥入瀬には分布していないようです。標高がやや低すぎるのかもしれません。ご存知の通り、ヒカリゴケは自ら発光しているわけではなくて、太陽の光を反射しているだけで、それが光っているように見えるんですね。細胞が丸く固まってるところがあり、そこがレンズの役割を持ち、入ってきた光が何回も屈折して戻っていきます。その時に光合成が行われる。弱い光を何回も屈折させることによって光合成に利用しています。そのようすを人間が見ると、発光しているように見えるわけですね。もともと光があまり届かない洞窟の入口みたいな薄暗い場所に生育しているコケなので、弱い光を利用して生きる術を身につけている。

苔類の一種にジンガサゴケというコケがいます。裏側が虹色に見えます。実は単なる緑色なんですが、それが虹色に見えてしまう。こういうものを構造色といいます。色素があるのではなく、構造によって色が見える。タマムシの翅の色、カワセミの羽衣もそうですし、身近なところではシャボン玉、CDやDVDの裏側なんかもそうです。太陽光が薄い膜上で複雑に屈折して、結果として色が見える。シャボン玉とは、シャボンの液ですから透明なんだけれど、薄膜がプリズムの役割を果たすことで、あのような色が見えるわけです。車のオイルなどもそうです。地面や水面上に零れるとギラギラ光って、虹色に見えることがありますね。でもオイルには本来、色がありません。そういうふうに見えてしまうだけです。それが構造色です。タマムシの場合は、多層膜によるものです。薄い膜をたくさん重ねると、そこを光が通る際、複雑な屈折の仕方をします。それで色が見える。タマムシというのは、実はとても地味な色をしている昆虫なんですが、それが見る角度によってタマムシ色に光る。蝶の羽もそうです。狭い範囲に微細な溝を何本も掘ると、そこが光を屈折させることによって色が見えてしまうのがCDやDVDの裏面です。こういう構造色を持ったコケがいるということです。

一方で、「光るきのこ」というものがあります。あちらは本体が本当に発光しています。ゆえに、真暗なところでも光って見える。ピカッという光り方ではなく、ジワッという光り方です。例えばツキヨタケ。暗いところで割いてみると、内部がほんのり光っているのがわかります。また、光る生きものといえばホタルが代表的ですが、こちらは酵素の反応によって、熱を発しない発光現象を起こしています。実はきのこも似たようなメカニズムで発光しているのではないかともいわれています。

造精器のひみつ

造精器が集まってカップ状になっているコケがあります。雌雄異株のコケの場合、雄株では茎の先に星形の花のような造精器の集まりを付けるのです。これを雄花盤(ゆうかばん)といいます。このカップ型の形状は、雨と関係があります。雨粒が当たると、跳ね返る。カップ状であると、より強く、高く、遠くに跳ね返ります。成熟した造精器に雨粒が落ちた場合、跳ね返る水滴と一緒に精子を飛ばせます。精子というのは、わずか数センチすらも泳げないぐらいの微小なエネルギーしか持っていません。コケの精子も同じで、卵子との距離が遠いと受精できない。奥入瀬でポピュラーなコツボゴケも、造精器はカップ状になっています。雨粒をポーンポーンと跳ね飛ばせる構造になっている。ジャゴケの精子が空中に煙を噴き上げて、より遠くへ跳ばそうとしているように、カップ状のものは雨粒の力を利用して、数十センチは飛ぶ……場合によっては1メートルくらい飛散させる、ということをやっています。


<コツボゴケの雄花盤>

植物の形状と繁殖の関係は、とても面白いです。「いったい、なんだってこういう形になってるんだろう?」そんなふうに、じっくりと考える機会、あれこれ想像する愉しみを与えてくれます。自分が考えだした(思いついた)回答は、もしかしたらすごく独りよがりで、実にトンチンカンなものかもしれません。でも、それでいいと思います。安易にネットで回答を求めるより、とりあえずにせよ、あれこれ自分の頭で考えてみることの方が大切だと思います。それが面白ければ、楽しければ、なおのこといい。小さな生きものを前に、あれこれと思いめぐらせる。現代人に最も必要な時間かもしれません。自然のことで分かっていることなど、あまたのナゾや疑問に較べればわずかなもの。もしかしたら、あなたが想像したその回答が正しいことだって、あるかもしれないのです。

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