フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(2) フィールドミュージアムとしての奥入瀬―そのあるべき姿(2) エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

安全管理体制がより充実すること

バイパスが完成することで創出されるであろう「歩行者優先環境」については、安全管理体制のあり方についても改めて検討が行われる必要があります。奥入瀬における危険性は、崩落や土砂崩れ、倒木や落枝、落雪のほか、下流域では豪雨時の増水もあります。これらは自然災害であるため、自然公園である以上、その発生を未然に防ぐ、あるいは根本的に解決する方法はありません。自然の側を人の都合に合わせようとしても無理なことであり、人が自然に合わせていかなくてはならないことです。

<落枝は奥入瀬の散策における最も身近な危険です>


こうした自然災害・緊急時の救急体制については、焼山・石ケ戸・雲井林道・子ノ口の主要4箇所に「救急連絡ステーション」を設けることで、災害や事故発生時の速やかな対応が可能となるものと思われます。また、緊急車両による怪我人や病人の搬送のため、一般車両通行規制の後にも、舗装道路の維持管理体制は必要です。

法令およびマナー違反、迷惑行為および資源盗掘への対策がとられること

奥入瀬におけるエコツーリズム環境整備の充実化をはかる上で、自然公園法の遵守は最も重要な課題です。自然保護意識の低い観光客や地域住民の中には、当地が「国立公園内の特別保護地区」であり、国指定の天然記念物(天然保護区域)および特別名勝であるという認識を、完全に欠いてしまっている人も少なくありません。

地域住民のなかには、古くからの慣例であるという、ただそれだけの理由で、山菜やキノコ等の採取をビジターの目前でも当然の権利のように行い、また、こうした悪しき慣例が公然として行われていることについて、管理者側も見て見ぬふりをしているという現状があります。これまでずっと放置されてきた問題ですが、やはり看過してはならない課題であると思います。奥入瀬はあくまでも天然記念物(天然保護区域)であり、特別保護地区なのです。焼山派出所の警察官も国道をパトカーで巡視しておられますが、違法採取者への取り締まりについては実際のところほとんど行われていないのが実情です。山菜・きのこといった「山の恵み」の採取ならばまだしも、灌木(かんぼく)やラン類など草花の盗掘まで、やりたい放題です。環境省による監視体制だけでは、人員不足もあり、十分な対応は望めません。厳しい罰則の伴った管理体制の再構築と、低意識者層への普及啓蒙システムの新たな構築が望まれるところです。

それほど数は多くないものの、物見遊山で訪れるビジターの中には、平気でゴミを捨てていく人もいます。近年はツキノワグマの出没も目立ってきており、特に弁当がらなどの放置は野生動物の誘引にもつながり、人身事故の原因ともなります。山林地におけるタバコの吸い殻のポイ捨てなどは言語道断です。現在のところでは、地元ガイドなどが中心となって観光シーズン前と後にゴミ拾いをボランティア活動として実施して対応しています。

<森に投げ捨てられたゴミ。景観を損ねるだけではなく、弁当がらなどの食べ残しはクマやハチなどを誘引してしまいます>
<コケの上にポイ捨てされたタバコの吸殻。もはや言語道断>

釣りの問題もあります。奥入瀬渓流は天然保護区域であり、特別保護地区でありながら、河川の漁業権から遊漁が認められています。「景観の維持」とは、単に視覚としてとらえられる自然景観のみを意味するものではなく、「生態系の維持」を意味するものであり、ここから落葉・落枝の採取、たき火などが厳禁とされています。遊歩道の石ひとつ持ち出せないと法律で定めながら、その保護区内で釣りが認可されているというのは、やはりどこかおかしな状態であるといわざるをえません。わざわざ保護区の渓流に降り立ち、ビジターの目前でこれみよがしに竿を振る必要があるのでしょうか。どうして保護区において遊漁が許されているのだろうかと疑問に感じる人は少なくありません。渓流の中を歩きまわり、岩上のコケやその他の植物を踏み荒らしていく行為も、ゆゆしき景観棄損(きそん)です。もちろん、そういった心無いアングラー(釣り人)ばかりではありませんが、マナーの悪い人となると、枝に絡まったルアーや浮き、釣り針などを平気で放置していきます。景観を損ねるだけではなく、カワガラスなどの野鳥たちが、これに絡まったり呑み込んだりして無駄に命を落としています。

<枝に引っかかったまま放置されたウキ>
<放置されたルアー>

かかる課題は、管理管轄や体制の問題でもあり、すぐに解決できるものではありません。しかし奥入瀬をフィールドミュージアムとして位置づけ、エコツーリズムをこの地の基幹としていこうとするならば、天然保護区域ならびに特別保護地区における生態的景観の維持を念頭においた、新たなしくみ(体制)づくりが求められます。まずは現状の掌握という意味でも、現場(環境)監視スタッフの新たな雇用を創出する必要があるでしょう。もちろん、それに伴う教育(監視スタッフの育成)システムの構築も同時に望まれるところです。特に、自然観賞型の観光地として植物関連の情報が一般化することに対応して、盗掘に対する監視システムは十分に検討されるべきであるでしょう。

効果的かつ快適なエコツーリズムのための環境整備がなされること(その1)

【自然解説ボードのメンテナンス】

現在、奥入瀬の遊歩道沿いには環境省による自然解説ボードが設置されています。ところが、解説内容が既に現状に即していないものや、植生環境の変化によって位置的にそぐわないものなどが見られます。また、経年によるボードの汚れなどメンテナンスが十分ではありません。解説を要すると思われる箇所にボードが設置されていない、などの課題もあります。

<汚れたままの解説ボード。ビジターによって種名のところだけ拭かれています。これは本来どなたがやるべき仕事なのでしょうか>

【遊歩道際の草刈りへの配慮】

遊歩道の維持管理にも課題があります。特に下流側で顕著なのですが、歩道脇の草刈りのずさんさは目に余ります。多くはササ類の繁茂によって歩道が歩きづらくなることへの対処なのですが、歩道脇のトクサほかシダ類も乱暴に刈り取られてしまっています。真直ぐに生長するトクサを刈る必要性はありません。ササ類にしても、自然公園における歩道なのですから、街の歩道管理とは対処の程度が異なって当然です。また、これまでの主流であった一般の観光客のニーズに自然の状態合わせるのではなく、エコツーリズムを主体としたフィールドミュージアムを訪れているのだという自覚のあるビジターのニーズに合わせた管理が求められます。外来種の抜き取りも含め、実際の作業にあたる方がたが地元ガイドなどと共に、どのような管理をしていくべきか検討・勉強していく「議論のテーブルづくり」が必要なのです。

<遊歩道管理の草刈時にトクサなどのシダ類までが無闇に刈られてしまっていました。ここはどういう場所で、したがってここではどういう管理をするべきなのか、という意識がぬけおちているようです>

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