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リサーチの方法―どんなことを、どんなふうに記録するのか

調査対象の概要を整理することができました。それの知見・情報を基に、奥入瀬における「自然観光資源」の分布状況を、実際に遊歩道を歩きながら調査してみることにしました。奥入瀬の自然観光資源の現況(どこに・何が・どのくらいあるのか)を「エコツーリズムの観点」から大局的に整理することを目的とした、資源分布の概況リサーチです。「エコツーリズムの観点」とは、ビジターに対するネイチャーガイドのインタープリテーション活動(どこで・何を・どのように案内するのか)をプランニングするのに役立つ現場の情報と知見の収集です。したがって、必ずしも学術的な手法や成果を意味するものではありません。

本来であれば、このような調査は地域のネイチャーガイドが主体となり、可能な限り連携して実施することが望ましいのですが、残念ながら地域団体のまとまりに欠けた現時点では、そちらに注力していても先に進むことができません。そこで有志のガイドで試みることにしました。まずは自分たちでやってみることにしたのです。実施にあたっては、必要に応じて専門家の指導・協力を依頼することにしました。

<現場リサーチの様子>

リサーチの方法は、奥入瀬渓流遊歩道を、ネイチャーガイドが調査日ごとに、あらかじめ決められた調査範囲(遊歩道区間)を、できるだけ五感を働かせながらゆっくりと歩き、路傍や任意の幅内(歩道に立って視認できる両側の林内や谷の上空)に出現した動植物の種類を判別し、分野ごとに白地図上に情報を記載していくルート・マッピング法としました。線状の調査経路を用いて記録していくやり方なので、ライン・トランセクト法(line transect method)とも呼ばれます。要するに、歩いていて、気づいたことをどんどん白地図上に落としていくだけのことです。難しいことではありません。調査範囲内における、自然観光資源(=ネイチャーガイドがビジターに案内するべき・案内したい・案内しやすい対象)の位置を明らかにすることが目的です。

<調査用の白地図>

記録する内容は、主に植物の生育地点やその群落の位置や状況、鳥類・昆虫類など動物の出現(確認)地点、その個体数や行動(採食・囀り・争いなど)などです。鳥類や一部昆虫類、動物、両生類などは目視に加え、鳴声で確認されものもすべて記録していきます。哺乳類に関しては、昼間の目視確認が困難であるため、特に糞・足跡・食痕・爪痕・営巣跡等の痕跡(フィールドサインと呼ばれるもの)に注意して記録します。
※ただし痕跡調査のみでは情報不足を補えませんし、個体の写真撮影も困難なため、将来的には専門家の指導と協力による無人撮影システム(カメラトラップ)を調査敷地内に設置し、自動撮影による調査も実施も考えておくべきでしょう

<記録位置がスピーディにまたできるだけ正確にわかるように、目印となる樹木とその着生種を抜き書きした調査地図を次年度以降に使用しています>

調査経路の内外で視認できる立枯木や腐朽木、倒木、樹洞の存在にも留意します。腐朽木や倒木は、菌類(キノコ)の生育の場であり、やカミキリムシやキクイムシといった甲虫類、キツツキ類など鳥類といった生物の生息環境であり、食糧であり、またシダ類・蘚苔類などの着生植物、つる植物の生育の重要なベースとなっています。樹洞は、ムササビ、モモンガ、テン、オオコノハズク、フクロウ、オシドリほか各種鳥類、コウモリ類などの住処環境として利用されるほか、ファイトテルマータ(Phytotelmata)と呼ばれる、小さな生物の生育する止水環境の出現場所ともなります。朽木も樹洞も、その大小を問わず多様な森林生物にとっての依拠環境となっていることからも、その位置情報は重要なのです。そして倒木・崩落等、全体の環境変化についても記録していきます。

<特徴的な樹洞の位置を記録しておくことは、その場所のメルクマール(指標)となるだけでなく、それを利用する生物の観察ポイントにもなります>
<自然観光資源を記入した調査地図>

このような点に留意して、視認できる対象は可能な限り、細かく正確に記録していきます。1日(1回)の調査範囲は、概ね2~3キロ程度が適当でしょう。これ以上になると、見落としや見過ごしてしまう確率が高くなってしまいます。また2,3人の複数メンバーでのぞむことで、視点が増え、発見率も高まります。

現地で種名の確認が困難な場には、必要に応じて写真撮影を行い、持ち帰って同定(種名や科名・属名などを調べること)します。同定困難なものに関しては、必ずしもすべて掌握する必要はありません。必要に応じて、専門家の指導・協力を依頼します。なお、奥入瀬渓流は「紫明渓~子ノ口水門下流」までが特別保護地区に指定されているため、同区間内においての採集を行うことはできませんので、すべて直接観察および写真撮影のみにとどめます。

調査時期は無積雪期5~11月(7ケ月)と積雪期(残雪期を含む)12月~4月(5ヶ月)に分けて実施し、特に積雪期は、冬季の自然観光資源の掌握に務めます。また、自然は常に動態であることに留意し、環境や動植物の分布状況等の経年変化、開花時期や胞子体の形成時期、各種鳥類の飛来飛去シーズンなどに生物季節(フェノロジー)ついても継続的に観察・記録(モニタリング)していく必要があります。

知見の共有が必要

地域の自然への理解に基づいた、深みのあるネイチャーガイディングのための基礎調査を、以上のようなスタイルで、2015年および2016年の2ケ年、試験的に実施してみました。ネイチャーガイドが「ガイドの視点」から、奥入瀬の自然観光資源を実際にどの程度まで調べることができ、その結果をどのような形で共有できるのか。その具体的なモデルとして2017年に『奥入瀬フィールドミュージアムガイドブック』という刊行物に集約し、社会還元(情報知見の共有)を行いました。

<『奥入瀬フィールドミュージアムガイドブック』2017年>

<調査結果を整理・抜粋して読みやすくデザインした誌面>

どれだけよいことを調べても、その得られた結果をビジターならびに地域住民に対して適切な形で還元するための基礎知見としなければ意味がありません。奥入瀬観光の一般的イメージである「新緑と黄葉の美しい森と渓流の景観観光地」は、これまで奥入瀬の魅力を「美しい景観」としてしかプロモーションしてこなかった結果であるともいえます。「景観を見流していく」観光地ではなく、「景観を読み解いていく楽しみ」に適した観光地であるというイメージは、現在のところまったく定着していません。そうしたイメージ醸成をはかる努力の継続が、奥入瀬にエコツアーを根付かせるためにいま最も必要な課題です。

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