ビジョンとしての「奥入瀬フィールドミュージアム」構想 ビジョンとしての「奥入瀬フィールドミュージアム」構想 エコツーリスム講座 奥入瀬フィールドミュージアム講座

地域の自然の魅力と価値を伝えるしくみづくりの必要性

エコツーリズムの目的とはなんでしょうか。それは地域の景観、およびそれを構成する生態系を適切なかたちで保全すると共に、それらを調査・研究・解析し、ツーリズムを通じて啓発・教育していくこと。そして、それが結果的に地域の持続的な発展に寄与していくことではないかと考えます。

自然の魅力と価値を、ビジターが「体感する・思考する・観想する」という、知的な愉楽にこそエコツーリズムの楽しみがあります。単なる美しい景観観光地としての国立公園が、「旅行商品」として機能していた時代は、既に過去のものとなりつつあります。少なくとも「国立公園であること」それ自体は、いまや個人の個性的な旅を誘引するための「魅力」としては、ほとんど機能していない、といってもよいのではないでしょうか。

こうした状況の中で、エコツアーの楽しさに開眼している人たちは、景観をただ眺め、ただ歩くという楽しみ方よりも、見ること・歩くことを通じて、その背景にある地域の魅力の構成要素(=自然のしくみやなりたち・歴史・人びとの暮らしにおける文化や民俗など)との「つながり」を、体感や思考を通じて求めはじめているのではないかと思います。

奥入瀬が、こうした客層のニーズに対し十分に応え、「エコツーリズムの推進地」のひとつとして広く認識されるようになるためには、公園利用者に「優れた自然を単に観賞してもらう」というだけにとどまらず、その魅力と価値を適確に伝えていくための「しくみ」を備えねばなりません。

●自然志向のビジターに「奥入瀬を訪れてみたい」と思わせるためのしくみ
(=奥入瀬がどういう場所なのかを知ってもらうためのしくみ)

●利用者に知的満足感を与え、再訪してみたいと思わせるためのしくみ
(=リピーター創出のためのしくみ)

●優れたエコツーリズム環境としての発展性を維持するためのしくみ
(=知見の集積と利活用およびガイドの育成システム)

これらを具現化するための将来ビジョン。それが、奥入瀬を「天然の野外博物館」とみなし、景観の構成物を「作品鑑賞」(自然物には「観賞」の字をあてます)するように学び・楽しむ場としての『奥入瀬フィールドミュージアム構想』です。

フィールドミュージアムという考え方

フィールドミュージアムという言葉は、近年、あちこちでよく目にし、耳にするようになりました。地域おこしにも関連して、全国各地で「フィールドミュージアム」という名称が用いられています。

まだ広く公認・共有された「定義」はないものの、いずれも地域マネジメントの手法として、ある特定のフィールドを「博物館的」なものとして認識し、位置付けることによって、「保全」「展示」「教育」「情報発信」といった博物館の役割にプラスして「参加・交流・コミュニティ」といった地域活性化効果を期待しているものが主流です。

観光ビジターのみならず、地域住民が、地域の資源の魅力と価値を再認識し、環境の保全・伝統文化の継承といった行動につながることなどが期待されています。

とはいえ、汎用性の高い言葉ゆえにイメージの拡散や混乱もあるようで、現状では「何でもあり」の使われ方という印象も弱くありません。

フィールドミュージアムという概念の原型は、1970年代のフランスで生まれたエコミュージアム運動(エコ・ミュゼ)におけるひとつの形態といってもよいと思います。博物館という従来の「箱もの」に、ただ展示物が並べられているというスタイルではなく、地域の自然そのものを「野外博物館」として捉える発想です。

そして野外博物館自体を、調査研究・保全・教育・情報発信(=エコツーリズム)の拠点として機能させることで、社会的・経済的活用を図ろうという構想です。特に、行政・研究者・地域住民が一体となって発想し、形成し、共に学びあい、運営していくことで、地域社会の発展に寄与するという点を第一の目的としています。

日本におけるフィールドミュージアムという考え方は、ほとんどエコミュージアムという言葉と同義ではないかと思います。ここではより「野外博物館」的機能を重視するという意味あいをもって、フィールドミュージアムという言葉を選択しています。

原生的な森林環境に抱かれながらも、登山に代表されるような体力的負荷を強いられることなく、人為改修をほとんど受けていない渓流に沿った、緩勾配で適度な整備を受けた自然遊歩道を通し、豊かで多様な景観の構成物をあたかも博物館や美術館で「作品鑑賞」するような感覚で味わうことのできる奥入瀬は、まさに天然の野外博物館(フィールドミュージアム)にふさわしい場所であると思います。

下の写真は、奥入瀬遊歩道の路傍の森林景観を「構成物」に着眼して捉えたものです。倒木を中心として、さまざまな天然の「展示物」が居並んでいるのが見て取れると思います。「森林生態系」という名の「作品群」であるという見方です。

「森林生態系」という名の「作品群」

そして次の写真は、渓流沿いにおけるひとつの森林景観を「テーマ」の集合体として捉えたものです。「景観生態学」的な視点で、奥入瀬の風景の一部を解析したものといってもよいと思います。

奥入瀬という野外博物館でエコツアーを行うにあたっては、一ケ所でこれだけの話題提供が可能なのだということをも示しています。

これをさらに具体的に細かく仕分けたものが、前稿(第10回)で示した「馬門橋~雲井の滝間」におけるガイディングテーマにつながっていくわけです。

景観生態学的視点によるガイディングのテーマ

このように奥入瀬の景観を、その「構成物」や「テーマ」の集合体としてとらえるかたちで観賞し、観想していく。これがフィールドミュージアム的発想による楽しみ方であるといえるのではないかと思います。

青橅バイパス完成後に奥入瀬に出現するであろう、車のない静穏な環境は、奥入瀬の野外博物館的魅力と価値をますます高めることが予想されます。
奥入瀬の特質を最大限に生かした利活用のスタイルこそが『奥入瀬をフィールドミュージアム構想』なのです。

フィールドミュージアムセンターの必要性

フィールドミュージアムの主な目的は、ビジター(来訪者)に地域の自然の「しくみ」と「なりたち」を理解してもらうための場です。

よって、一定の区域をそれと定め、名称付けを行い、そこに案内標識や解説ボードを設置すればそれでOKというものではありません。範囲内の自然状況を詳しく調査・解析した上での基礎知見・基礎情報と、それらをビジターに知らしめるためのしくみづくりが必要なのです。

そのためには、そうした役割を担うミュージアムの中核施設(センター)が必要になります。そこには「調査研究成果の集積」と「情報の提供」機能が求められます。奥入瀬という地域の自然に関する知見の集積と、その利用システムを備えたセンター施設を、ここでは『奥入瀬フィールドミュージアムセンター』と称したいと思います。

通常の博物館にせよ、フィールドミュージアムにせよ、重要なのは、そこが「知見の集積」がなされる場であるという認識ではないでしょうか。そして集積された知見は、多方面に利用・活用されなくてはならないことへの理解が必要です。常に動態である自然の変化に対し、人は往々にして無頓着です。特に、地方の自然に関する記録の集積は、よほど着目されている地域をのぞいて、ほとんどなされていないのが実情ではないかと思います。

日本の国立公園や自然公園には「ビジターセンター」という形での自然情報普及施設が設けられていることが多いのですが、知見の集積と、その「利用の場」として十分な機能を果たしているところは非常に少ないのが実情でしょう。

フィールドミュージアムセンターの情報提供機能には、よって通常の博物館やビジターセンターのように生態系・歴史文化・民俗産業などを展示する場のほか、「発見を見い出す小径(ディスカバリートレイル)」としてのネイチャートレイル(自然遊歩道)の整備保全、専門ガイドによるインタープリテーション活動などが求められます。

地域の自然や文化を積極的に理解したいビジターに対応するシステムである一方、地域研究や保護活動に住民の参加をうながし、地域の自然・歴史・民俗などについて、地域住民が多角的に理解・認識する場としても機能するものでんければなりません。外部の研究機関との連携や協力や、その分野の専門家を育成することも必要となってくるでしょう。

もちろん、研究者や学芸員等の単なる「詰め所」であってはならず、行政は資金を、そして住民は知識と能力を提供しつつ、共に構想し、運営していくものとしなくてはなりません。

調査研究による解析は、地域の自然の「資産管理」であるといってもよいでしょう。「野外博物館」の中のどこに何が収蔵されており、それがどのような価値を持つのか調べ、「台帳」に記すことで、博物館全体の資産を管理するという考え方です。

そして調べた結果をどのような形で人に伝えるのか。すなわち、「素材」をどのような「商品」として発展させていくのか、という点も重要です。これは集積された現地データ(知見)の「ツール化」といってもよいでしょう。すなわち、エコツアープログラムの構築や、ガイディングの知見技術の向上、オリジナリティにあふれた商品開発などです。

そして、こうした活動の「広報」も重要となってきます。巷間にできるだけ広く知らしめていかなくてはなりません。「フィールドミュージアムとしての奥入瀬」という地域ならではの「特色」を明確にしたマーケティング活動です。

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